私とセイラの関係に違和感を持ったエイダ。
さて、台本にない名探偵の登場に、私はいったいどうすべきか……。
まあ、はぐらかすしかないわね。
「ふふっ……。想像力が豊かね。
いったい私に、なんの理由があってそんなことをする必要があるの?」
「理由……。そうですね、これが関係しているかと、わたくしは考えておりますが……」
「それは……」
彼女がゆっくりと歩いて向かうのは、本棚の一角。
そして一冊の本を取り出した。
「少々悪趣味な、お嬢様を主人公とした小説。
これに関わっているのではないかと考えたのです」
「あなた、それを読んだの?」
「はい。見慣れぬ本でしたので……」
「まったく……。勝手に私物を覗くなど、メイド失格よ」
「申し訳ございません」
深々と頭を下げるが、問題はメイドとしての資質うんぬんではない。
取り出した本は、セイラに渡された本なのだ。
そんなものを、どうやって誤魔化せというのか……。
「それは、私の書いたものよ。
恥ずかしくて見られたくなかったから、そうやって隠しておいたのよ」
「木を隠すは森。本を隠すは本棚と……」
「ええ」
「であれば、手書きでないことがおかしいですね。
この本は、活版印刷されております。いえ、活版印刷ともまた違う……。
わたくしの見たことのない印刷法によって作られた、本として完成されたものです。
個人で制作したものにしては、少々立派すぎるかと考えます」
「…………。お小遣いを使って、業者に頼んだのよ」
「挿絵も依頼したということでしょうか。
まるで似顔絵のような、わたくしも描かれておりますね。
似顔絵師に、私をこっそり見せて描かせたのでしょうか」
「…………」
あの本は、私でも見抜けるほどの異質な本。
観察眼が鋭く、些細な変化も見逃さない彼女が、その異常性に気付かないはずがない。
そんなものの言い訳を、一体どうやってしろというのだ……。
「お嬢様、わたくしはお嬢様の味方です。
わたくしども父娘を、こうして拾ってくださった御恩は、一生かけてお返しするつもりです。
不都合があるというのなら、絶対に口外などいたしません。
ですが、お嬢様の未来がこの本のようにならないために、真実を知っておきたいのです」
真っ直ぐに見つめられ、そう説かれては返す言葉がない。
どれだけ敵に回すと危ない相手だと直感が発信していようとも、今までの彼女の行動は、私を裏切ることなど一度としてなかった。
ならばこれからも対立することはないと信じるべきだと、そう思えたのだ。
「はあ……。まったく、あなたには敵いませんわね。全てお話いたしますわ」
◆ ◇ ◆
「この世界がゲーム……。ですか……」
「ええ。彼の話によればね」
「まさか、信じたわけではありませんよね?」
「もちろん、全てを信じてはいませんわ。
けれど、全てが嘘であるとも言い難いと思いません?」
「スキルを言い当てた以外に、何かそう思う根拠があるのでしょうか?」
「勘……。と言いたいところですが、一応他にもありましてよ」
「お聞かせ願えますか?」
「この本の存在ですわ」
未来が書かれているという本を手に取る。
貴族ですら見たことのない本。それを平民が作れるとは思えない。
けれど、それ以上に説得力のある仮説を、私は母のお説教中に思い至ったのだ。
「彼は言ってましたの。自身のスキルは、物体を思い描いた物へと変化させるものだと。
けれど、想像上のものに変化させられるほど、万能ではないとも言っていましたわ。
つまり、これは彼の空想上のものではなく、実際に存在していたものということ。
それが別の世界のものなのか、もしくは未来を記した書物を作るスキルを持つ、この世界にいる誰かが作ったものか。そのどちらかと思い至りましたの」
「誰かが作った作り話の本を、彼女が生成したという可能性もあるのではないでしょうか」
「でしたらその方は、私のことをよく知り過ぎているのではないかしら?
本の中には、あなたも、ヴァイスも、そして他に様々な方が出てきましたわ。
それも、誰も彼もが本物、本人のような行動を取りますのよ?
そのような方がいらっしゃるとすれば、観察眼が鋭過ぎて、少々恐怖を覚えますわね」
「…………」
考え込み、思案するエイダ。おそらく反論の言葉を探しているのだろう。
けれど、出てきたのは小さなため息だった。
「まいりましたね。考えを巡らせても、お嬢様を納得させるような……。
いえ、わたくし自身が納得できる反論が、思い浮かびませんでした」
「私だって同じよ。信じられないし、これが未来を記した本だなんて信じたくありませんわ。
けれど、前提として受け入れなければ、先に進めませんのよ。
もちろん、疑いの心は、常に少々持ち合わせていないと危険ですけどね」
「ええ。相手の手の内が全て見えているわけではありませんので、警戒するに越したことはありません。
万一のことがあれば、わたくしが処理いたしますので、なんなりとご命令下さい」
「処理だなんて物騒ね。しょせん相手は平民の、無能力者でしてよ?」
「わたくしは、お嬢様を守る盾であり、仇なす物へ向ける刃にございますので」
「そう……。ま、そんなことにならない事を祈るわ」
いつもながら、エイダは大袈裟だ。
仕事に対して真面目すぎるのが、長所であり、短所でもあるのよね。
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