悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

04夜の来訪者

公開日時: 2021年8月7日(土) 02:05
文字数:2,188



「エリヌス様……。セイラさんのこと、許してあげられませんか……?」



 その言葉が発せられた瞬間、中庭の一角では時が凍りつく。



「いったい、なんのお話かしら?」


「あの……。私が働いているパン屋さんが、一年のセイラさんのお父さんがやっている店でして……。

 それでその……、お二人にも仲良くしていただけたらと……」


「へえ……」


「あの子、悪い子じゃないんです! きっと、何かの思い違いとか、そういうのだと思うんです!

 だって、一緒にいても全然……」


「なるほど、色々と話は聞いてらっしゃるようですわね……」



 そーっと気配を消し、逃げ出そうとするヴァイスの腕を力一杯掴む。

そのまま引き込んで組み伏せ、逆海老固めをキメてやれば、ヴァイスは情けない声を上げた。



「ぎゃぁぁぁあ!! ギブギブ!! 死ぬ死ぬ!!」


「いったい何を吹き込んだか、ご説明いただけますわよね?」


「無理無理!! 骨折れるっ!!」


「説明が無理なら、折ってしまいましょうか!!」


「わかった! わかったから! 説明するから!!」



 素直に喋るつもりになったようなので、固め技から解放してやると、ヴァイスはぐったりと芝生の上で横たわる。



「まったく……。余計なことを言わなければ、こんなことにもならずに済んだのに」


「だからって、謎の技をかけるな……。んなもん、どこで習ったんだよ……」


「秘密ですわ」


「そうですか」



 その後ヴァイスは、言った通りミー先輩に吹き込んだ、私とセイラの件を白状する。

とはいっても、彼の知る情報は、表に出ているものだけだ。

懸念していた、知られてはいけない情報は、どうやらヴァイスでさえまだ掴んでいない。

ならば、この世界にそれを知る者は居ないといって問題ない。


 少しの安心感と、この場をどう乗り切るか、その方法を私の頭はフル回転で探っていた。




 ◆ ◇ ◆ 




 ヴァイスの知る情報、それはセイラが夜中の屋敷に忍び込み、私に危害を加えようとしたという内容。

けれどそれは、事実とは異なっている。


 あの夜、私はいつも通り寝る準備をし、専属メイドのエイダにおやすみの挨拶を終えた。

彼女は廊下と私の部屋の間に挟まれた、メイドの待機室で他のメイドと共に、交代で仮眠を取りながら、警備を兼ねた世話をする。


 けれど、夜に彼女らを呼ぶのは、幼い頃に悪夢でうなされた時くらいだった。

今では朝まで彼女らを呼びつけることもなく、闇が覆う夜は、お互い深い眠りにつくだけだ。


 静かな月明かりがさす部屋の中、私はベッドへと横たわり、明日も楽しい的当てができることだけを考えて、眠りへと落ちようとしていた。

けれど夢とうつつの間を漂う瞬間、窓から聞こえるコンコンという音に、私は暗い部屋へと引き戻される。


 虫か鳥か、何かが当たっただけだと思いながらも、身体を起こし、音のする方へと目をやった。

そこには月を背に立つ、少女の姿があった。


 突然のことにびくりとなり、掛け布団を抱きしめる。

少女は窓を開け、そして静かに部屋へと足を踏み入れた。



「こんばんは」


「だっ……、誰ですの!?」



 人差し指を口の前で立て、静かにのジェスチャー。

そして静かにこちらへ歩み寄り、目の前へとやってきた。



「あっ……。あなたは……」


「遊びに来ちゃった」



 いつも通りの無表情で、ピンク髪の少女、セイラは悪戯っぽく言い放つ。

表情と声色が釣り合わず、月明りしかない闇も相まって、私は少々不気味さを感じた。



「驚かさないで下さいまし。

 それに、遊びに来たいならそうと……」


「なんてね。これを渡しに来たんだ」


「え? なんですの?」



 手渡されたのは、一冊の本。

つるりとした光沢ある表紙と、薄いながらも丈夫な紙でできた、手のひらより少し大きい本。

色々な本を目にしたことはあるけれど、このように製本されたものは、今まで見たことがなかった。



「本? これを私に?」


「そう」


「それなら学園で渡していただければ……」


「それはダメ。他の人に見られちゃいけないから。

 この本は、未来が記された本。だから、二人だけの秘密」


「未来を記した本?」




「そう。この世界は……」




 突然のことに、理解が追いつかない。

けれど、多分突然じゃなくたって理解できなかったと思う。

だって、意味のわからない言葉が多過ぎたんですもの。



 この世界がゲーム? 私が悪役令嬢?



 ただただ混乱し、理解できるはずの単語の意味を、ちくいち考え直していた。けれど、何も繋がらない。

言葉の点と点は互いに引き合わず、星座のように結ばれることはなかったのだ。



「私が悪役令嬢? それって何ですの?

 それにゲーム? ゲームって、チェスのような?」


「説明が難しいな……。

 ゲームは、読んでいる人が選ぶ選択肢によって、内容が変わる本みたいなもの。

 そして、その本では読者が主人公。主人公を邪魔するのが、悪役令嬢」


「意味がわかりませんわ。もしかして、この本がそのゲームですの?」


「違う。その本は、ゲームのエンディングのひとつ、バッドエンドの先を書いた小説。

 君が女王となった、この国の未来が記された本」


「私が女王に……?」



 ふと視線を落とす。

本の表紙には確かに、私と似た人物が描かれていた。

少し大人びていて、そしてその頭には、クラウンが乗せられている状態で。



「今はまだ信じなくてもいい。

 けれど、それを読めば本当だとわかるはず」



 言葉を残し、彼女は窓の外へと飛び立ってゆく。



「お待ちになって!」



 追いかけ窓の外を見ても、そこに彼女の姿はなかった。



「ここ、二階ですのに……」

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