悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

秘密の依頼

公開日時: 2021年7月11日(日) 21:05
文字数:2,751



「こんな時間に呼び出してすまないね、ヴァイス君」



 夜もふけ、数刻もすれば朝陽が顔を出す頃、俺はエリーちゃんの親父さんに呼び出された。

寝ていた俺を起こした執事は、俺がなにかやらかしたのかと、挙動不審の極みにあったが、俺には身に覚えがありすぎて、逆に落ち着いていた。

ま、消されそうになったら、逆に追い詰めてやるつもりだ。


 だが、今はまだ敵対するとは決まっていない。

いつも通りの営業スマイルで乗り切ってやるさ。



「いえいえ、御用とあらば駆けつけますとも」


「そうか。それは頼もしいな。だからこそ、君を頼ろうと考えたのだ」


「公爵様が、準男爵の息子でしかない私をですか?」


「なにを言うか。君の働きは、身分では計れないものだよ」


「それは身に余る光栄にございます」



 どうやら、俺をどうこうしようって話ではないらしい。

薄暗い部屋に入ったと時から、少々表情が硬かったので、無駄に緊張してしまったぜ……。

だが、公爵に気に入られているのは、今後の活動からしても好都合だ。

なにを言われるかは知らないが、うまくこの立場を活かしたいものだな。



「そこで、君に頼みがあるのだ」


「頼み、ですか……」


「あぁ……。単刀直入に言おう、鉄の死神の正体を暴いてくれ」


「それはまた……。なかなか難しいかと……」


「もちろん分かっている。専門の調査班が調べても追えない犯人だ、簡単なことではない。

 だが、君ならもしくはと考えているのだ。

 君の能力、気配を完全に断つ力をもってすれば、犯人を捕らえることも可能だろうと」


「おっと……。手の内を知られていましたか……」


「当然だ。国政の一端を担う者なれば、知っていて当然。

 もちろん、君が私の弱みを握ろうと嗅ぎ回ったことも把握している」



 まいったな、気配を完全に断てる俺相手に、なんでコイツは嗅ぎ回られていることに気づいたんだ?

まあ、なぜか俺に気付けるエリヌスの父親だ、不可能ではないのかもしれないがな。



「なるほど……。断るという選択肢はないのですね」


「断らせる気はない。だが、タダでとは言わん。

 犯人を特定したあかつきには、相応の報酬と立場を用意しよう。

 もちろん、調査に必要ならば、その費用もこちらが負担しようではないか」


「至れり尽くせりですね……」



 なにか裏があると、俺の勘が言っている。

俺が死神を嗅ぎ回れば、とばっちりで溺愛する娘に被害が及ぶ可能性を考えないはずがない。

俺は、エリヌスと距離が近すぎる。死神がターゲットを取り違えるとは考えにくいが、コイツの親バカ具合からすれば、どんな些細な危険も排除するはずだ。

なのに、いまさら俺を使おうなんて、どう考えてもおかしい。



「なんだ。何か言いたげな顔だな。まさか、断るとでも言うつもりか?」


「いえいえ、そんなつもりはありません。

 ですが、今になって私を使ってでも調べるとは、不思議に思いましてね……。

 お嬢様の安全のために、近い位置にある私を、今まで使わなかったのでしょう?

 何か心変わりでもあったのかと……」


「うむ……。事情が変わったのだ」


「事情、ですか……。聞かせていただけますか?」


「フェリックス・リバーが死んだ」


「なるほど……。わかりました」



 つまり、親父さんは愛娘が危険だと判断したわけだ。

死神の標的の周りを嗅ぎ回った人間、それは暗殺者にとっちゃ邪魔に違いない。

その上、それが公爵令嬢ってんなら、公爵もろとも消しちまおうって考えても不思議じゃない。


 なにせ、エリーちゃんの親父さんは、金融業を取り締まる立場であり、ついでに国の予算を一手に握る立場だ。

それは、庶民の敵税金徴収人の頭。恨まれたって仕方のない人間。



「察しが良くて助かる」


「しかし、でしたら動かず静観した方が良いのではないでしょうか。

 少なくとも、エリヌス様はまだ学生の身。相手が積極的に狙うとは考えにくいかと……」


「エリヌスが静観してくれるといいのだがな……」


「なるほど……」



 たしかに、エリーちゃんが黙って見てるとは考えにくいな。

アイツはあれで、情に厚いヤツだ。きっとお節介にも嗅ぎ回るだろう。

なにも知らず、興味をそそられ、いい匂いかどうかに関わらず、子犬のように追いかけるのだ。

その先が危険な場所かどうかもわからずにな……。


 しかし、親父さんもそう考えたってのは意外だったな。

いつまでも、病弱なか弱い娘だと認識してると思っていたんだが……。

ま、これは親離れ子離れの第一歩と思って、喜んでやるべきか。

少々コイツらは、ベタベタしすぎだしな。



「話は以上だ。何か聞いておきたいことはあるか?」


「いえ、調査に関してはお任せください。ただ、少々気掛かりなことが……」


「なんだ、言ってみよ」


「お嬢様の護衛の強化はされるのでしょうか?」


「当然だ。屋敷には魔術の妨害陣を張り巡らせる手筈になっている。

 学園にも、今までのメイド兼護衛に加え、新たに人を割り当てるつもりだ」



 あー、やっぱ過保護だわコイツ。

ま、娘の命がかかってるってんなら、わからんでもないけどな。

だが、護衛を増やされて、あのお嬢様がまたご機嫌ナナメになるのは遠慮願いたい。



「…………。それは、得策とは言えませんね」


「なに!? まだ足りぬと言うか!?」


「いえ、人を多く付けるとなると、逆に目立ってしまい危険かと……。

 守りを厚くする。それすなわち弱点だと、相手に伝えるようなものです」


「む……。そうだろうか……」


「少なくとも私は、相手の情報を探る場合、守りの厚いものを狙います。

 経験から、絶対に奪われてはいけないものほど、必死に隠すと知っていますからね。

 ですので、身直に置くのは最小限。その上で、見えない守りをおくべきかと」


「あらゆる貴族の弱みを握っている君が言うと、説得力が違うな」


「お褒めいただき光栄です」


「褒めたつもりはないが……。うむ、いずれそうやって仕入れた情報を買うときが来たなら、その時は改めて褒めてやろう」


「ふふっ……。イクター様も、おもしろい冗談を言うのですね」


「たまにはな」



 静かな笑いが、冷えた部屋を通り過ぎた。

腹のうちを明かさない二人の談笑ほど、冷たく沈んだ笑いはないな。



「では、学園にも魔術妨害の陣を要請しよう。

 それまでは今まで通り、メイド兼護衛のエイダを置く」


「それが良いかと思います。

 あのメイドは、あれでかなりの手慣れですからね。

 下手な護衛を数置くよりは、ずっと有用でしょう」


「うむ……。そういえば、あれを私の元に呼び寄せたのも君だったな。

 つくづく、君には色々と動いてもらっているな」


「イクター様のためならば、なんなりと……。

 どうかこれからも、ご贔屓にお願いいたします」


「うむ。期待しているぞ」



 ふぅ、なんとかこれで「家庭の事情からブチギレるお嬢様」に振り回されることはないだろう。

いくら俺が丈夫だからって、あの頃のように荒れられちゃ、体がもたないからな……。

諸事情で専属メイドの名前を変更しました。


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