悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

30お昼の終わり、疑いの始まり

公開日時: 2022年6月6日(月) 21:35
文字数:2,641

 オズナ王子のことは、ただ親が決めた政略結婚の相手だ。

そんなふうに言い切るエリヌス様は、その運命を憂いたり嘆いたりするわけでもなく、ただ淡々と語っていた。

けれど私は、そんなふうにただただ将来の相手を受け入れるなんて、信じられないでもいる。


 私だって学園を卒業して、スキル次第では仕事に就くこともあるだろう。

けれど動物と話せるだけのスキルなら、国王直属の組織はおろか、そのあたりの商店で働くのにだって、重用されたりはしないと思う。

だから他の同年代の子がすでにそうであるように、親が探してきた相手と適当に結婚して、子をもうけ、家庭を守る役目につく。そうなるだろう。

実際、スキルのおかげで学園に入れたことが奇跡なだけで、そちらの方がこの国での標準的な人生というものだもの。けれど……。



「エリヌス様は、納得されているんですか?」


「納得、ですか?」


「ええ。エリヌス様は、貴族としての義務などをちゃんと考えておられるようですけど……。

 けれど、惹かれない相手と一生を添い遂げることに、ちゃんと気持ちは納得されているんですか?」


「…………。どうでしょうね。それが当然のことだとずっと思ってましたから、考えたこともありませんわ。

 それに、好きだという気持ちなんて、そのうち変わってしまうかもしれないじゃありません?

 だったら、ただ合理的な理由を並べておいた方が、安心して進めるというものですわ」


「そんなのって……」


「ミー先輩の言いたいことはわかりますわよ? もちろん、尊敬できて、好きになれる方と、皆が祝福する円満な状態で結ばれるのが最善ではあります。

 けれど完璧を望んでばかりでは、チャンスを逃してしまうばかりで、何も掴むことはできませんもの」


「そうですけど……」


「それに、オズナ王子だって他に気になる方ができたなら、側室の一人や二人持つでしょう。

 そうなれば私も同じように、他の方と関りあいになることも、誰も咎めないでしょうね。

 もちろん、貴族としての振る舞いに問題がない程度ではありますでしょうけれど」


「…………」


「まあ、そのような方が現れればの話ですけれどね?」



 悪戯っぽく笑うエリヌス様のその顔は、今はそんな相手がいないことをそれとなく示しているようだった。

もしかすると、そうであって欲しいという私の気持ちが、そんなふうに見せただけかもしれないけど……。

でもそれは、きっとお互いにそんなふうにならないと信じているようにも見えてしまって、私は意地悪な質問が頭をよぎってしまった。



「エリヌス様は、もし好きな人が何人もいたらどうしますか?」


「へっ……?」


「いえ、その……。もしオズナ王子が了承したとして、他の方と交友を持ったとして、その相手が一人だとは限らないなって思って……」


「あー、なるほど……。たしかにそれは、考えもしませんでしたわ」



 エリヌス様は結婚を貴族としての役目としか考えていなかったのか、まさか自分が複数の人を好きになる可能性なんて、思いもよらなかったみたい。

ん-、と小さく唸りながらしばらく考えこむ姿は、もしもの話なのに考えすぎではと思うほどだった。



「想像できませんわね……」


「ごめんなさい、意地悪な質問して」


「いえ、想定しておくべき問題ですわ。それに、想像できないというのは、私が誰かを好きになるという前提のほうですのよ」


「えっ……?」


「考えてみれば、今まで私は誰かに好意らしい好意を抱いた事がない気がしましたの。

 それこそ前に話したことがあるように、幼い頃はオズナ王子が唯一の歳の近い相手でしたから、彼以外居ないと思っていた時期もありましたわ。

 けれどそれも今となっては、好意ではあるものの、どちらかと言えば親愛であり、友情でしかないような気がいたしますの」


「あの、エリヌス様……?」


「少々お待ちくださいまし。考えをまとめますので……」



 顎に手をやり、真剣なまなざしで地面を眺める姿は、それはそれで凛々しく目に焼き付けねばと思うほどに美しいものの……。

やっぱりそこまで考えこむことでもないんですよ!? だってただのたとえ話なんだし!



「あの、エリヌス様……。ただのちょっとした世間話といいますか、たとえばの話でして……」


「…………。ええ、そうですわね。では好意とは何かというのは、あとで一人になった時にでも考えるとして、先ほどの疑問にだけお答えしましょう。

 もし二人以上の方に好意を抱いたとしたとして、私でしたら私自身がどちらかを選ぶことなんていたしませんわ。

 優劣を付けられないなら、せめて相手の方にそれを打ち明け、それでもいいと言ってくださるのなら、全員とお付き合いを続けますわね」


「さすがにそれは、都合が良すぎるのでは……」


「ええ、もちろんそうですわね。けれど相手がそれを受け入れられないと言うのなら、その方とはそれまでの関係だったのでしょう。

 関係を打ち切る理由を見つけられたと割り切って、きれいさっぱりなかったことにするのが後腐れないと思いません?」


「うーん……。そうなんでしょうか……」


「ふふっ、なんてね。実際のところは、本当にそういう事態にならないと分かりませんわ。

 けれどその程度のように、軽く考えておくのが悩まず生きる簡単な方法かもしれませんわよ?」


「なるほど……」


「だからミー先輩も、あまり考えこまないでくださいませ」


「へっ!?」


「最近お見掛けしても、暗い表情のことが多かったですわよ?

 もし同じような悩みでしたら、選択肢のひとつとして考えてみてくださいね?」



 そこまで言われてはっと気づく。さっきの意地悪な質問、完全に私が悩んでた事じゃん!

えっ? でも私が悩んでたなんてこと、一言も言ってなかったよね!?

だいたい私は、エリヌス様一筋で……。



「えっ!? いやっ、全然そんなことはなくっ! 私は……」


「ふふっ……。そういうことにしておきますね。では、そろそろ失礼いたしますわ」



 いつの間にか食べ終わっていたランチボックスを持ち、すっとベンチから立ち上がる。

そして風になびく髪をかき上げ、エリヌス様は少し意地悪な笑みを浮かべながら、小さく手を振って歩き出した。


 かき上げられた髪がきらめき風に揺られれば、またあのふわりと優しい花の香りが鼻をくすぐった。

あっ……、思い出した。この香り、確か鉄の死神が……。



「あのっ、エリヌス様っ!」


「どうされました?」


「…………。お暇でしたら、また昼食をご一緒に……」


「ええ、ぜひとも」



 この時私は、優しい笑みを返してくれたエリヌス様に対し、私はどんな表情を浮かべていたのだろう。

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