悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

32地下射撃場

公開日時: 2022年6月18日(土) 08:05
文字数:2,053

 夏の暑い日差しも、日が沈んだ後の肌に張り付く空気も、邸宅地下に造られた射撃場には無縁だ。

いままで沈黙を保っていたその場所は、ご令嬢が寝静まるような頃に、ようやく賑わいをみせる。

幾重もの銃声が響くも、当然上層の屋敷にその音色は届かない。


 銃声の中心に立つ少女エリヌスは、弾を撃ち終わると銃を置きヘッドフォンを外す。

軽く汗ばんだ額を、周囲の武骨な様子と似合わぬ薄い桃色のハンカチで拭う。

そして静かに言葉を放った。



「足音を消して近づいても無駄でしてよ?」


「デュフッ……。さすがご令嬢殿、敵いませぬなぁ」



 振り向くことなく、背後に立つ桃色の髪をなびかせる少女に話す。

相手もまた、気づかれていることを察していたように、驚きのない返答だ。



「さすが必中でござるな。どんなターゲットも見逃さない、素晴らしい鷹の目にござる」


「褒めいただき光栄、ということにしておきますわ」



 エリヌスは言葉こそ好意的だが、振り向き目を合わせる事は無い。

ただただ仕方なく、必要であるから声を出しているに過ぎない、そのような反応だ。

そんな反応を意にかえさず、セイラも言葉を続ける。



「して、その目での判定はいかがでしたかな?」


「ミー先輩ですわね? いつも通りでしたわ」


「セーフだったと?」


「ええ。しばらく避けられていたので心配いたしましたけれど、それはオズナ王子が居たせいですの。

 私と鉄の死神の関係に気付いて避けていたなら、一人で近づいたとしても逃げるはずでしょう?」


「普通なら、そうでござろうなぁ」


「ですから大丈夫、そう考えておりますわ。

 そのうえ、恋愛相談みたいなこともされましたもの。問題ないはずですわ」


「公爵令嬢に相談事……。ミー殿もなかなか大胆というか、図太いですなぁ……」



 異世界からやって来た者にとっても、平民と公爵の子息がそのような関係を築くことが、本来異常であることは重々承知していた。

彼は異常さに苦笑いをしつつも、そんな様子に少しうらやましさを感じていた。



「しかし、問題はそこではございませんでしてよ」


「ふぁい?」


「今回は……、ええと、なんでしたかしらあの道具……。

 そう、ドローンを着てパワードスーツで飛べたから問題ありませんでしたが!」


「ご令嬢、逆でござる」


「え? 逆?」


「パワードスーツが着てた服で、ドローンが飛ぶやつでござるよ。あと、光学迷彩スーツのことも忘れては……」


「名前なんてどうでもよろしいでわ! 

 ともかく、それらがあったからミー先輩を助けられましたけれど、屋根から落ちて最悪の場合命まで落としていた可能性があったんですのよ!?」


「銃を奪われて追いかけたって話にござりましたな。

 銃を奪われたご令嬢が悪いのではござぬか?」


「くっ……、それを言われると……。いえしかし、私にだって限界がありますの。

 ヴァイスとミー先輩を相手に、完璧に逃げ切るのは難しいことくらい、あなただって理解しておりますでしょう!?」


「まあ、そうかもしれませんなぁ」


「ですから、あなたも下見と道具の準備だけでなく、二人の足止めへの協力を検討していただけないかしら?」


「そう言われても、こちらにも事情があるのでござるよ」



 セイラに振り向きキッと力強い視線を送るも、無表情にぼんやりと目をそらされはぐらかされる。

これはいつもの行動だ。手に負えなくなる事態を避けるため、彼はいつでも彼女の要求をはぐらかし、自身のスキルによって生み出される、この世界の安定を破壊するであろう道具の数々を生み出すことを避けようとしていた。


 それは彼がこの世界を好いており、平和を乱したくないからというわけではない。

自身が異世界から来た者であり、自身の知見がなんらかの形で外部に漏洩することで、自身の立場を危うくする可能性を考えているからこその慎重な行動なのである。

だからこそそのような道具を貸し与えたエリヌスに対しても、絶対に武器自体を奪われることがないようにと厳命していた。



「下見ですら、パンの配達という口実でもって行っているのであり申して、これ以上の不審な動きは父上に怪しまれる危険があるでござるよ」


「そんな適当な理由で誤魔化されるとお思いでして?」


「本当なんでござるがなぁ……」


「ま、もとよりあなたに期待してなどおりませんわ」



 エリヌスはふいと向き直り、銃に弾を込める。そしてヘッドフォンを掛け直し、引き金を引いた。

一発、また一発と弾は的の中央に引き寄せられ、全く同じ場所に小さなくぼみを作り続ける。

それはいずれ壁に細い管を通したような形状になるであろうほどに、寸分の狂いもなかった。


 セイラはその様子を眺めながら、発砲の反動で揺れる金色になびく髪を見つめ、思いを馳せる。

鉄の死神の名を彼女に着せなければ……。ただ彼女の楽しみのためだけに、この地下射撃場を提供するならば……。

彼女の身を危険に晒すことも、友人に隠し事をさせることもなかったのではないか……。


 しかしその「もしも」の話の行き着く先は、彼女の破滅しか用意されていない。

ならばこの道を進むしかないのだ。鉄の死神という、血塗られた道を。

この章は今回で最後です。

次回更新は七月中を予定しています。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート