「ねえ、もしよかったら、ちょっと付き合ってくれない?」
「えっ……」
突然の話に、セイラさんは戸惑っていた。
そりゃそうよね、初めて会った人に、いきなりこんなこと言われたら、普通は驚くだろう。
けれど、無理矢理でもなんでも、私は彼女との距離を詰めておきたかった。
もしかすると、エリヌス様との仲を修繕できるかもしれない。
たとえそれがお節介だったとしても、私には見て見ぬ振りはできなかった。
「せっかくこうして外で会えたんだから、お話ししたいなって」
「あの……、おつかいじゃなかったんですか……?」
「私はおつかいじゃないよ? ちょっと気分転換に、散歩しようかなって。
で、客引きにあって困ってたの。買いたいものも別にないしね」
「そうだったんですか……」
色々と無理がある気がするけど、ここは押し通そう。
二人で居れば、客引きも多少かわしやすくなるだろうしね。
それにしても、状況的に仕方ないとはいえ、露骨に困った顔をされるのは、少し残念なんだけどなぁ……。
「あ、家の人に確認とかいるもんね。でも、また引き留められると困るのよね……。
家まで一緒に付いて行っちゃダメかな?」
「いい……、ですけど……」
「やった! あ! 自己紹介してなかったね。
私、二年のミー。よろしくね」
「私は、マ……。セイラです……」
「ふふっ。嬉しいな、特待生の平民の生徒の知り合いが増えて。
やっぱり、ちょっと学園は場違いな感じがして、息苦しいのよね。
愚痴れる相手が欲しいって、あなたも思わない?」
「えっと……、その……」
「あっ、ごめんね。いきなり喋りまくっちゃって」
「いえ、あの……。どうして私が平民だと……?」
「えっ……」
しまった、うっかりしていた。
私はこの子のことをよく知っているけど、本来はなにも知らないはずなのだ。
しかもいきなりバカみたいに饒舌になるなんて、何かあると思われても仕方ない。
うまく、なんとかうまく誤魔化さないと……。
「あー……。だってほら、この商店街にさ、貴族が来るはずないなって!
それにね! 家が近くだって言ってたから、多分そうだろうなって!」
「そう……、ですか……」
なんとか誤魔化せたようね……。
それにしても、元々そういう性格なのか、それとも私を怖がっているからなのか、声の小さい子だな。
あまり存在感がないというか、今にも消え入りそうな雰囲気がある。
そんな風に眺めていると、すっと歩き出して行ってしまう。
そのまま人混みに呑まれれば、きっと見失うと私は手を取った。
「ひっ!?」
びくりと身体を震わせ、信じられないといった表情で、私へと振り向く。
そんなに嫌だったのかな……。それはそれでショックだわ。
「ごっ、ごめん。迷子になりそうだから……。どこ行くの?」
「あのっ……。家……、こっちです……」
「あっ、そうだったね」
「ゆっくり歩くので……、ついてきてください……」
「うんっ!」
静かに歩くセイラさんのあとを、トコトコとついてゆく。
短い桃色の髪は、ゆらゆらゆらめき、時々私へ振り向いた。
そして辿り着いたのは、商店街の一角にあるパン屋さん。
香ばしい匂いが店の前まで広がり、しっかりごはんをたべたのにお腹がすいてくる。
「ここ……」
「え? ここ? あなたの家って、パン屋さんだったの?」
「はい……」
「へー、そうだったんだ」
だから家が近くと言っていたのね。
店を構えてるなら、商店街に住んでいて当然だ。
扉を開ければ、カランカランという来客を知らせるベルの音が響く。
「ただいま……」
「おう、おかえりセイラ。ん? お客さんかい?」
店主のおじさんは、愛想よく笑いながら私を見てそう言った。
セイラさんのお父さんだと思うのだけど、こう言ってはなんだが、似ていないなって思う。
気さくで、明るい雰囲気の人だ。
そしてパン職人らしい、どっしりとした体つきの人だった。
「はじめまして! セイラさんと同じ学園に通う、ミーです!
たまたまセイラさん見かけて、一緒になったんです」
「ほー、セイラにも友達がいたのか。
ま、たいしたもんはねえが、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます! おじゃまします!」
挨拶をしている私たちをよそに、セイラさんはポケットから小袋を取り出し、父親の前のカウンターへとおいた。
「父さん、これ……」
「お疲れさん。今日の配達はこれで終わりだからよ、ミーちゃんと一緒に遊びに行ってもいいぞ?」
どうやら、セイラさんはパンの配達の帰りだったようだ。
ちゃんと店の手伝いをしているなんて、とってもいい子だなぁ……。
そんな子が、本当に公爵邸に忍び込むようなことをするのだろうか。
なんだか、彼女のことを見ていると、聞かされた事件が本当にあったのか疑問に思えてくる。
まじまじと見られていることに気づいたのか、セイラさんも私を見返してきた。
あ、やっぱり変に思われてるのかな?
そう考えていたら、小さな声が耳に届く。
「どうする?」
「え? どうするって?」
「どこか行く?」
「あー! えーっと……。
お邪魔じゃなければ、お店見させてもらえませんか?」
「ん? 別に構わねえが、ウチはただのパン屋だぞ?」
「セイラさんがどんなところで暮らしてるのか、知りたいなって……」
「そういうことかい。ま、散らかってるが、上がってくれや」
「ありがとうございます」
うっかり忘れそうになっていたけど、商店街に来たのは噂の収集のためだ。
その点、この店は都合がいい。なんたって、パンは誰もが必ず買いに来るものなのだ。
パン職人の組合が強い力を持つため、個人が家庭でパンを焼くことはまずない。
昔はパン焼きで火事が多発したとか、そういうので基本的には禁止されているからね。
なので、パン屋は多くの人が出入りする店だし、そういうところには、噂話も多く入ってくる。
ここにいれば、悪徳商人や貴族に対するボヤきってのは、効率よく集められるはずだ。
叶うならば、ここに入り浸れるほどの仲になれればいいのだけど……。
私が打算的なことを考えているなど知るはずもなく、セイラさんはカウンター奥の扉を開け、住居スペースへと案内してくれた。
そして、水とパンのミミのラスクを差し出し、お茶会を開いたのだ。
お茶会なのにお茶はない。庶民のお茶会とは、こういった質素なものである。
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