素早く帰り支度を済ませ、セイラさんと共に商店街を歩く。
赤い空は、インクをこぼしたような黒が、ゆっくりと領土を広げ続けている。
店もすでに閉店時間を過ぎていて、戸を閉め、人けも明かりもありはしない。
けれど道の脇にはぽつぽつとランプが灯り、中の炎の揺めきが照らす地面を波うたせていた。
「街灯があるとはいえ、ちょっと暗いね。
光球魔法で照らした方がいいかな?」
「そうしてもらえると……、助かります……」
「あっ……。もしかして、セイラさんって……」
「うん……」
うっかりしていた。確か彼女は「無能力者」と呼ばれる人。
それは、普通は誰もが使えるはずの低級魔法すら使えない、魔法能力のない者。
昔、隣国と戦争していた頃、何の役にも立たないからと「無能力」と呼ばれた人達。
けれどそれは、スキルに能力の全てを取られたようなもので、魔法が下手であるほど協力なスキルを持つ証でもある。
つまりセイラさんは、かなり強力なスキル保持者ということだ。
けれど同時に、魔法を使えない人ということだ。
「そっか、ごめんね。色々大変だよね」
「そうでもない……。慣れてるから……」
「あー……。それが普通なら、苦労とも感じない的な?」
「うん……」
それこそ、ヴァイスのしていた話と同じだ。
自分にとって「できること」が普通と感じるように、「できないこと」もまた、突然そうならない限りは、本人にとっては普通なのだ。
もしかすると、私にとっての「普通」も、誰かにとっては羨ましかったり、もしくは可哀想なんて思われてるのかな……。
そんな事を思いながら、光球魔法を出す。ほんのり明るい光の球が、足元を照らした。
「私は、魔法自体は使えるんだけどね、ランクはDなのよ。
だから照らせるのもこの程度。ちょっと暗いのよね」
「十分だと思う……」
「そう? ならよかった」
言葉には出さなかったけれど、魔法が使えてもあまり嬉しくはないのよね。
Dランクというのは、基準となるCのひとつ下ということ。
それは逆にいえば、スキルもまたその程度の対価分の能力になる。
魔法がちょっと弱くなるかわりに、ちょっと便利なスキルを持つなんて、帯に短しナントカカントカってやつよ。
スキルを自覚できたって、他の一般人と何ら変わりはない程度なのが約束されているのよね……。
「ねえ、セイラさんは、どうやってスキルに気づいたの?」
「えっ……? スキル……?」
「あっ、ごめんね。お父さんに、体術のスキルがあるって聞いて……」
「体術のスキル……?」
「えっ……?」
心底「何言ってんだ」と言いたげな顔に、戸惑ってしまう。
配達中にしていた話は、多分スキルの話よね? もしかして違うのかな?
「あの、男の人三人をコテンパンにしたって話聞いてね。
それで、セイラさんは体術のスキルがあるんだって思ったんだけど……」
「それは……。独学……?」
「独学!? 体術を!?」
「うん……」
「えー……。むしろ独学で技を編み出す方が、体術のスキルより、よっぽどスキルっぽさがあるんだけど……」
「うーん……。違うと思う……」
「違うって言うってことは、すでにスキルは分かってるの?」
「一応……」
「なになに? 教えてよ」
「それは……。秘密……」
「ちょっとー! 教えてくれてもいいじゃない!」
「だめ……」
「ケチー! いいもん、私のスキルが分かっても、教えてあげないんだから!」
「ごめん……」
「なんてね、うそうそ! 教えてあげるから!
セイラさんも、気が向いたら教えてね?」
「うん……」
光球魔法に照らされたセイラさんは、やっぱり変わらず無表情。表情筋さん、息してる?
でも、セイラさんはすでにスキルを自覚できてるのか……。
一年生で分かるのもすごいんだけど、まだ7月よ?
そんなのこの後の学園生活、遊んでても問題ないんだから羨ましいわ!
あー、私も早くスキルが何か調べないとなぁ……。
なんて、また羨ましがっちゃったけど、そればっかりじゃだめね。頑張らないと……。
気合を入れ直そうとした瞬間、何か変な臭いを鼻が察知した。
「ん……? なんか、焦げくさくない?」
「そう……、かも……」
「気になるわね。ちょっと行ってみましょうか」
「うん……」
「方向は……、んー……。こっちの方かな?」
「鼻、いいね」
「なんとなくだけどね」
二人で臭いの元を辿る。商店街の十字路を曲がった時、発生源はすぐに見つかった。
それは、セイラさんと出会った場所。強引な客引きの八百屋さんだ。
その店は今まさに、大きく燃え広がろうとしている最中だった。
「ちょっ!? 火事!!」
「どっ……、どうしよう……」
「私は水魔法をかけるから、セイラさんは人を呼んできて!!」
「わかった……」
駆け出し、近所の人たちに火事だと伝えるセイラさん。それを確認し、私は精一杯の水魔法を繰り出す。
けれど私はDランク。出せる水の量など、たかが知れている。
学園で魔法適正を測る時の記録は、一時間頑張って3リットルちょっとだったと思う。
そんなの、まさに焼け石に水。火事を消すなんて、とてもできる量ではないのよね。
「もうっ! ホント、必要な時に使えないんだから!!」
そうぼやきながら、霧程度の水を周囲に撒くのが精一杯だった。
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