悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

09くらがりかえりみち

公開日時: 2021年7月22日(木) 21:05
文字数:2,080

 素早く帰り支度を済ませ、セイラさんと共に商店街を歩く。

赤い空は、インクをこぼしたような黒が、ゆっくりと領土を広げ続けている。

店もすでに閉店時間を過ぎていて、戸を閉め、人けも明かりもありはしない。

けれど道の脇にはぽつぽつとランプが灯り、中の炎の揺めきが照らす地面を波うたせていた。



「街灯があるとはいえ、ちょっと暗いね。

 光球魔法で照らした方がいいかな?」


「そうしてもらえると……、助かります……」


「あっ……。もしかして、セイラさんって……」


「うん……」



 うっかりしていた。確か彼女は「無能力者」と呼ばれる人。

それは、普通は誰もが使えるはずの低級魔法すら使えない、魔法能力のない者。


 昔、隣国と戦争していた頃、何の役にも立たないからと「無能力」と呼ばれた人達。

けれどそれは、スキルに能力の全てを取られたようなもので、魔法が下手であるほど協力なスキルを持つ証でもある。


 つまりセイラさんは、かなり強力なスキル保持者ということだ。

けれど同時に、魔法を使えない人ということだ。



「そっか、ごめんね。色々大変だよね」


「そうでもない……。慣れてるから……」


「あー……。それが普通なら、苦労とも感じない的な?」


「うん……」



 それこそ、ヴァイスのしていた話と同じだ。

自分にとって「できること」が普通と感じるように、「できないこと」もまた、突然そうならない限りは、本人にとっては普通なのだ。


 もしかすると、私にとっての「普通」も、誰かにとっては羨ましかったり、もしくは可哀想なんて思われてるのかな……。

そんな事を思いながら、光球魔法を出す。ほんのり明るい光の球が、足元を照らした。



「私は、魔法自体は使えるんだけどね、ランクはDなのよ。

 だから照らせるのもこの程度。ちょっと暗いのよね」


「十分だと思う……」


「そう? ならよかった」



 言葉には出さなかったけれど、魔法が使えてもあまり嬉しくはないのよね。

Dランクというのは、基準となるCのひとつ下ということ。

それは逆にいえば、スキルもまたその程度の対価分の能力になる。

魔法がちょっと弱くなるかわりに、ちょっと便利なスキルを持つなんて、帯に短しナントカカントカってやつよ。

スキルを自覚できたって、他の一般人と何ら変わりはない程度なのが約束されているのよね……。



「ねえ、セイラさんは、どうやってスキルに気づいたの?」


「えっ……? スキル……?」


「あっ、ごめんね。お父さんに、体術のスキルがあるって聞いて……」


「体術のスキル……?」


「えっ……?」



 心底「何言ってんだ」と言いたげな顔に、戸惑ってしまう。

配達中にしていた話は、多分スキルの話よね? もしかして違うのかな?



「あの、男の人三人をコテンパンにしたって話聞いてね。

 それで、セイラさんは体術のスキルがあるんだって思ったんだけど……」


「それは……。独学……?」


「独学!? 体術を!?」


「うん……」


「えー……。むしろ独学で技を編み出す方が、体術のスキルより、よっぽどスキルっぽさがあるんだけど……」


「うーん……。違うと思う……」


「違うって言うってことは、すでにスキルは分かってるの?」


「一応……」


「なになに? 教えてよ」


「それは……。秘密……」


「ちょっとー! 教えてくれてもいいじゃない!」


「だめ……」


「ケチー! いいもん、私のスキルが分かっても、教えてあげないんだから!」


「ごめん……」


「なんてね、うそうそ! 教えてあげるから!

 セイラさんも、気が向いたら教えてね?」


「うん……」



 光球魔法に照らされたセイラさんは、やっぱり変わらず無表情。表情筋さん、息してる?


 でも、セイラさんはすでにスキルを自覚できてるのか……。

一年生で分かるのもすごいんだけど、まだ7月よ?

そんなのこの後の学園生活、遊んでても問題ないんだから羨ましいわ!

あー、私も早くスキルが何か調べないとなぁ……。


 なんて、また羨ましがっちゃったけど、そればっかりじゃだめね。頑張らないと……。

気合を入れ直そうとした瞬間、何か変な臭いを鼻が察知した。



「ん……? なんか、焦げくさくない?」


「そう……、かも……」


「気になるわね。ちょっと行ってみましょうか」


「うん……」


「方向は……、んー……。こっちの方かな?」


「鼻、いいね」


「なんとなくだけどね」



 二人で臭いの元を辿る。商店街の十字路を曲がった時、発生源はすぐに見つかった。

それは、セイラさんと出会った場所。強引な客引きの八百屋さんだ。

その店は今まさに、大きく燃え広がろうとしている最中だった。



「ちょっ!? 火事!!」


「どっ……、どうしよう……」


「私は水魔法をかけるから、セイラさんは人を呼んできて!!」


「わかった……」



 駆け出し、近所の人たちに火事だと伝えるセイラさん。それを確認し、私は精一杯の水魔法を繰り出す。

けれど私はDランク。出せる水の量など、たかが知れている。

学園で魔法適正を測る時の記録は、一時間頑張って3リットルちょっとだったと思う。

そんなの、まさに焼け石に水。火事を消すなんて、とてもできる量ではないのよね。



「もうっ! ホント、必要な時に使えないんだから!!」



 そうぼやきながら、霧程度の水を周囲に撒くのが精一杯だった。

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