悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

04操り人形

公開日時: 2021年11月19日(金) 21:05
文字数:2,116

 噂をすればなんとやら……。

なんて言い回しが情報屋の頭の中をめぐる。

彼にとってのキーアイテムであるセイラ。その父に協力を仰ぎにゆき、野望を語れば、張本人がやってきたのだ。



「ただの腐れ縁。それだけの仲」



 その言葉に、ヴァイスは表情こそ変えなかったが、少々の苛立ちを募らせた。

必ずあの女を手に入れる。再度決意させるには、十分な言葉だったのだ。

その思いと共に、男は次の手を打つ。



「こんばんは、オズナ王子」



 静かな王子の寝所に、低く声が響く。

ベッドに座り、窓の外を眺めていた部屋の主は一瞬びくりと体を震わせる。

だが声の主を確認すれば、再び窓の外へと視線を移した。



「君か……」



 肩を丸めた王子の返答は、漏れ出る空気とさして変わらなかった。

その後は会話をつづけることなく、ただ小さくため息をつく。



「おや? ご加減がよろしくないのでしょうか? それとも、何かお悩みでも?」


「…………。君には関係ない」


「そうですか……。では、ご依頼いただいたエリヌス様の情報は、また日を改めて……」


「待て」



 すっと消えかけた情報屋を王子は引き止める。

それは男から出てきた名に、思わず口をついた言葉だった。



「はい、なんでしょうか?」


「…………。話を聞こう」



 王子はベッドサイドの引き出しから、事前に用意してあった報酬の金貨が入った小袋を取り出す。

それを情報屋に放り投げれば、小袋は吸い込まれるように情報屋の手に収まった。


 見た目によらずずっしりと重い袋を受け取り、ヴァイスは営業用の笑みをより濃くする。

それは、袋の中に多くの金貨が入っていることを喜ぶ顔ではない。


 信用ない情報屋に多くの報酬を渡すものはいない。

つまりその重みこそ、情報屋としての王子からの信頼の重みなのだ。

少なくとも、「信用できる情報屋として動いてほしい」という、王子のすがる気持ちがそこにはあった。



「では、どこからお話いたしましょうか……。

 王子が留学されてから10年のことですから、時間的にも全て話すわけにはいきませんね」


「エリヌスが変わった理由。それを知りたい」


「ふむ……。少々難しい質問ではありますが……。

 やはり、交友関係の変化が大きいでしょうか」


「交友関係?」


「ええ。王子がロート連邦へ旅立たれた年の冬、新たにメイドを雇ったのです。

 それが今でもエリヌス様に付いている、エイダという者ですね。

 歳は書類上同じとなっており、飛び抜けた魔法の才から、学園にも正当な手続きで入学しております」


「その者が、エリヌスとどう関わるのだ?」


「調べたところによりますと、エリヌス様はオズナ王子が旅立たれてからしばらく、塞ぎ込んだ生活をしておられたようです。

 しかし、しばらくしてからは元気になっていったようですね。それがちょうど、メイドを雇う時期と近いのです」


「専属メイドができてから、変わったというのか?」


「専属メイドではなく、友人ができてから……。そう表現した方が的確かと、愚考いたします。

 もちろんこれは情報から導き出した、私めの考察ではありますが」



 言葉を選び、与える情報を選び、ヴァイスは話を作り上げた。けれど、その中に嘘はない。

ただただ、自身もその時期に接触しているという事実だけを、あえて取り除いて語ったにすぎないのだ。


 しかしそれは、実際に周囲の者に聞いて回ったとしても同じだっただろう。

なぜなら、彼の存在は誰にも感知できない。つまり、エリヌスの隣に立つ者は、周囲の者たちの目からも、エイダただ一人に映っていたのだ。


 嘘はない。しかし意図して誤解させ、操る。

それがヴァイスという権力を持たぬ男の、行き着いた答えだったのだ。



「それはつまり……。そのメイドが、僕の居場所を奪ったと……」



 静かに、けれど腹に響く突然の言葉に、ヴァイスは押し黙った。

だが、それは驚きよりも、喜びを表に出さぬためのものだ。


 オズナ王子の留学先での様子、そして幼き頃の様子。それらを、ヴァイスは調べ尽くしていた。

そこから導き出した答えは、王子にとって許嫁のエリヌスは、政略目的の相手ではないというものだ。

それだけではない。彼にとっての柱であったのだ。


 唯一王子ではなく、オズナという人物として接した少女。それがエリヌス。

その純心たる行動は、彼にとって彼女を、最も近い存在へと変えた。

見かけ上助けていたのは王子だった。しかしその実、依存していたのは王子の方だったのだ。


 それを知っていたからこそ、ヴァイスは誘導を試みた。

変わってしまった彼女、その原因が全てメイドにあると。

しかしまさかこれほど早く思い通りに動いてくれるとは、思ってもみなかったのだ。

少々早く訪れたチャンスに、ヴァイスは思案する。

このまま計画通りに動かすには、どのようにするべきかを。



「王子、そう思われても仕方ないかもしれませんが……。

 なんと言いましょうか、少々物言いが乱暴かと」


「だからどうした。ここには私と君以外居ないのだ。気にすることはない」


「ええ。もちろん口外はいたしません。王子のお考えも理解できます。

 しかし王子は、今のエリヌス様に対してはどうお考えなのですか?」


「私は……」



 燃え上がった嫉妬心に、突然冷や水をかけられた王子。

ふっと冷静になり、言葉に詰まる。それが情報屋の策略とも知らずに。

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