公爵である私が、わざわざ平民をいじめる必要なんてあるはずがない。
そう思っていたけれど、彼からは意外な発言が飛び出してきたのだ。
「オズナ王子はご存知ですな?」
「オズナ王子? もちろん存じ上げておりますわ」
「現在隣国であるロート連邦へ留学生として出向いている、現国王の御子息でござる」
「ええ。学園へ通うため、四月にはこちらに戻ってくるはずでしたが、問題があって遅れているそうですわね。
もしかして、それが何か関係ありますの?」
「遅れていることに関しては、直接は関係ないでござる。
しかし御令嬢、なぜ一番大事なことを言わなかったでござるか?」
「何のことかしら?」
「オズナ王子が、貴女の許嫁であることでござるよ」
「…………。やはりそれも、存じてましたのね」
「もちろん」
念のため伏せた情報を、彼はさも当然のように知っている。
もちろん、公に伏せているような事柄ではないけれど、それでも平民が知っているのは不自然な内容だ。
「ともかく、許嫁であるオズナ王子でござるが……」
「なんですの? 早くおっしゃいなさいな」
「落ち着いて聞いてほしいでござる……。
多分聞くと、激昂する可能性が……」
「激昂するなら、夜遅くにやって来ることにすでに怒ってますわ」
「それもそうでござるな」
クツクツと笑う彼だが、前置きをしないといけないような話なのだろうか。
私が怒るような、王子に関する話? 思い当たる節がないのだけど……。
「それが、オズナ王子は、拙者に惚れることになるのでござる」
「…………は?」
「だから、オズナ王子が帰ってきて、拙者と恋に落ちるんでござるよ」
「窓から故意に落としましょうか?」
「恋と故意がかかってるんでござるな!
って、笑いを取るところではないでござるよ!?」
「あなたから笑いどころを作ったんではなくて?
だって、王子はまだ帰国しておりませんのよ?
それなのに、会ってもないあなたと恋に落ちるなんて、ありえませんでしょう?」
「それこそ、ゲームでそうだったから知っているということでありましてな」
「すでにあなたは、ゲームというもので未来を見ていると?」
「そうでござる」
いやはや、とっぴ押しのないことばかり言う人だと思っていたが、ここまでとは……。
平民が王子に見染められるなど、寝る前の妄想であってもおこがましいというもの。
けれど、未来を書いた本の存在が、ありえない話だと切り捨てるには早いと告げていた。
「なるほど……。ゲームというのは、未来を見せる道具ということなのね」
「正確には違うけれど、間違っているとも言えない現状なのがなんとも……」
「ま、なんでもいですわ。それでは、オズナ王子のことお願いいたしますわね」
「へぁっ!? ちょっと待つでござるよ!?」
「え? 二人が結ばれるのでしょう? お祝いいたしますわよ?」
「あれー? なんでそうなるかなー?
本来の話では、嫉妬した令嬢がいじめてくるという流れのはずでござるが……」
「私、王妃なんてめんどくさいって思ってましたのよ。
貴族としての振る舞いを求められていましたけれど、それを手放せるなら万々歳ですわ。
なので、あなたが王妃をやっていただけるなら、私は軍人にでもなろうかしら?
必中のスキルも活かせますし、あなたも平民から大出世ですわ。
ええ、両者にとって素晴らしい選択ですわね!」
うんうん、完璧な未来ね!
王子から結婚の話をナシにされるのなら、いくらお母様が意を唱えたとして、覆せるはずがない。
ならば私はスキルを公表し、国王軍に登用してもらおう。
そうすれば、誰にも文句をいわせず、弓を引けるというものだ。少なくとも平時のうちは。
「あっ……。もしかして、必中のスキルを教えてしまったから、未来が変わってしまった……?」
「なんですの? 王妃になることに、あなたも不服ですの?」
「不服でござるよ! 今でこそこんな姿でござるが、心は男ですゆえ、王子に見染められるなど……」
「あー。確かにそれは……。ま、でも安心なさい。
オズナ王子はお優しい方ですもの。優しくエスコートしてくださいますわ」
「そういう問題ではないでござるよ!?」
「では、どういう問題かしら?」
「純粋に嫌だということでござる」
「贅沢言いますわねぇ……」
彼にとっては、平民でいる方がよっぽど居心地がいいらしい。
まあ、私も貴族社会ってものに息苦しさと、堅苦しさを感じているから、否定するつもりはないけれど。
「ともかく、ゲームではそのせいで、拙者はいじめられるはずだったのでござる!
なので、その通りいじめてもらわないと困るんでござるよ!」
「えー。めんどくさいですわ。
それに、王子に見染められるのが決まっているなら、私という障害はない方がいいでしょう?」
「とも限らないでござる」
「あら、どういうことかしら?」
「御令嬢が関わるイベント、それが発生しなければ、ゲームであった未来と変わってしまう可能性があるでござる。
それはつまり、拙者が王妃になる場合の未来とも繋がらなくなるということでござる」
「なるほど……。確かにそれは、厄介ですわね」
つまり彼は、彼の知る未来へと続くよう協力しろというのだ。それに関しては、私も反対する理由はない。
王妃を押し付けられるのであれば、利害は一致しているのだから。
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