暗く、長い洞窟。それは、屋敷の地下に造られた、秘密の部屋へ続く道。
私は一人歩き続ける。背にライフルを背負いながら。
木でできた扉は軽く、すんなりと私を部屋へと招き入れた。
中は薄暗く、壁一面に「写真」が貼られている。
そのなかのいくつかは、すでに赤いバツ印が付けられていた。
「戻りましたわ」
ガスマスクを外し、大きく息を吸ってから告げる。
地下特有の、湿気を多く含んだ空気でさえ、マスク越しの空気よりは新鮮だ。
身体を隠す厚手のローブとガスマスク。重く、息苦しい装備を私は取っ払った。
「お疲れ様でござる。デュフフ……」
「はぁ……。あいかわらず地下室にお似合いの、辛気臭い喋り方ですわね」
「お褒めにあずかり、光栄でござるよ」
「褒めてないわ」
薄暗い地下室では、相手の表情も読めはしない。
けれど、写真の壁の前に置かれたデスクに腰掛ける人物は、いつもと変わらぬ顔をしているだろう。
「初めての昼の任務、どうでござったか?」
「どうもこうもないわ。ヴァイスに追いかけられて、ヒヤヒヤしましてよ」
「デュフフ……。そのために、色々と渡したでござろう?」
「ええ。ガスマスクも、催涙スプレーも、役には立ちましてよ?
けれど……。まさかあなたは、あの場にヴァイスが来ることを知っていらしたのかしら?
いわゆる、ゲームの知識というもので」
「残念ながら、鉄の死神は、ゲームにはまだ登場してないでござるよ。
今回は、念のために用意したのが役立っただけでござる」
「そう……、ならいいわ。ええ、考えてみればそうですわね。
昼に行動するなら、誰かに見られる可能性は上がってしまうもの。
ならば、その対策をするのも当然ですわ」
「そうでござろう? 相手がヴァイス殿だというのは、想定外でしたがな」
「まったく、厄介な相手に追われたものですわね……。
今後うまくかわし続けられるか、心配になってきますわ」
「では、こちらの装備もグレードアップさせた方が良さそうですな」
「あら、まだ出し惜しみしてるものがあるのね。
最悪の場合、ヴァイスの脳天を撃ちぬく覚悟が必要だと思ったのだけど」
「冗談にしたって、それは少々可哀想でござるよ。
なによりヴァイス殿には、我らの役に立ってもらう必要がありますのでな。
それと、協力者であるエイダ殿にも……」
滑舌の悪い喋り口調と、ねっとりとした笑いが地下室に響く。
全身をゾワゾワと悪寒が走るものの、いっそ早く慣れてしまいたいものだ。
「それで、なぜ今回は白昼堂々と始末する必要があったのかしら?
いつも通り夜にやれば、こんな重苦しい格好をしなくてよかったでしょう?」
「フフッ……。エイダ殿のアリバイを作っておく必要があったからでござるよ」
「エイダの? どういうことかしら?」
「皆、鉄の死神は魔術師だと思っているでござる。
ゆえに、強力な魔法を使える者に、疑惑の目が向けられるのは不可避。
我らは無能力者ゆえ、そのようなことありはしないけれえど、彼女は疑われるに足る人物でござるよ」
「なるほどね。だから彼女を、トーテスの元へ行かせろと……」
「これで、確実にエイダ殿は容疑者から外れるでござるよ。
元より、公爵家の使用人を疑う者がいるかは、甚だ疑問でござるがね」
「公爵令嬢を疑う人も居ないでしょうね」
「完全犯罪にござる」
「ホント、地味な顔してエグいこと考えるわね」
「デュフフ……」
口の中にキノコでも生えているのかと思うほどの、湿っぽい笑い声を上げながら、彼は席を立つ。
背面へと振り返り、数多くの写真の中から一枚はずし、デスクの上へと置けば、再び座りなおした。
ライトのスイッチを入れ、写真に光を当てる。そこには、高そうな服と装飾品で着飾った男が写っていた。
「次の標的は、コレなのね?」
答えは、静かでゆっくりとしたうなずき。またも豪商か……。
どうやら彼は、金に目がくらんでいる奴らを目の敵にしているらしい。
だが、私はそれでも彼らが改心するチャンスは与えたいと思う。
「標的に一度会いに行きますが、問題ありませんわね?」
「どうぞご自由に。ただし……」
「まだ狙わない方とも面識を持つ。それが条件ですわね?」
「阿吽の呼吸、というやつでござるな」
「あなたとそんな仲になるなんて、遠慮したいものですわ」
「つれない反応にござる……」
ターゲットだけと面識を持てば、私が関わっていることに気付かれてしまう。
そのため、他の狙われるに足る人物とも関わりを持てというのが、前回の金貸であるフレックスの件から付け加えられた条件だ。
いずれ全員を始末することになるだろうから、最終的には意味がないと思うのだけど……。
彼は写真と共に壁から外された封筒を差し出し、私の手にある写真を回収する。
写真など、この世界にないものをこの部屋から出す訳にはいかないため、相手の顔を覚えたあとは壁に戻すのがルールだ。
渡された封筒を開け中を確認すれば、紙にはびっしりと英数字が並んでいる。
「標的の情報は、いつも通りの状態でござるよ」
「はあ……。暗号の解読、めんどくさいんですのよね……」
「万一流出した時の備えにござる」
「わかってますわ。それでも面倒くさいんですのよ」
「我慢してほしいでござる……」
「仕方ないものね。それじゃ、今日は解散でいいかしら?」
「デュフフフ……。お疲れ様でござるよ」
「ええ、お疲れ様。また明日、学園で会いましょう。
セイラ……。いえ、今は正良さんと呼んだ方がよかったかしら?」
返事はない。そして湿っぽいあの笑い声も、部屋に響くことは無かった。
不審に思い手に持つライトを当てれば、彼はいつもの無表情ではなく、少しニヤついていた。
そんなに昔の名前で呼ばれるのが嬉しかったのかしらね。
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