悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

ヴァイスも知らないセカイ

01エリヌスと秘密の部屋

公開日時: 2021年8月3日(火) 21:05
文字数:2,289

 暗く、長い洞窟。それは、屋敷の地下に造られた、秘密の部屋へ続く道。

私は一人歩き続ける。背にライフルを背負いながら。


 木でできた扉は軽く、すんなりと私を部屋へと招き入れた。

中は薄暗く、壁一面に「写真」が貼られている。

そのなかのいくつかは、すでに赤いバツ印が付けられていた。



「戻りましたわ」



 ガスマスクを外し、大きく息を吸ってから告げる。

地下特有の、湿気を多く含んだ空気でさえ、マスク越しの空気よりは新鮮だ。

身体を隠す厚手のローブとガスマスク。重く、息苦しい装備を私は取っ払った。



「お疲れ様でござる。デュフフ……」


「はぁ……。あいかわらず地下室にお似合いの、辛気臭い喋り方ですわね」


「お褒めにあずかり、光栄でござるよ」


「褒めてないわ」



 薄暗い地下室では、相手の表情も読めはしない。

けれど、写真の壁の前に置かれたデスクに腰掛ける人物は、いつもと変わらぬ顔をしているだろう。



「初めての昼の任務、どうでござったか?」


「どうもこうもないわ。ヴァイスに追いかけられて、ヒヤヒヤしましてよ」


「デュフフ……。そのために、色々と渡したでござろう?」


「ええ。ガスマスクも、催涙スプレーも、役には立ちましてよ?

 けれど……。まさかあなたは、あの場にヴァイスが来ることを知っていらしたのかしら?

 いわゆる、ゲームの知識というもので」


「残念ながら、鉄の死神は、ゲームにはまだ登場してないでござるよ。

 今回は、念のために用意したのが役立っただけでござる」


「そう……、ならいいわ。ええ、考えてみればそうですわね。

 昼に行動するなら、誰かに見られる可能性は上がってしまうもの。

 ならば、その対策をするのも当然ですわ」


「そうでござろう? 相手がヴァイス殿だというのは、想定外でしたがな」


「まったく、厄介な相手に追われたものですわね……。

 今後うまくかわし続けられるか、心配になってきますわ」


「では、こちらの装備もグレードアップさせた方が良さそうですな」


「あら、まだ出し惜しみしてるものがあるのね。

 最悪の場合、ヴァイスの脳天を撃ちぬく覚悟が必要だと思ったのだけど」


「冗談にしたって、それは少々可哀想でござるよ。

 なによりヴァイス殿には、我らの役に立ってもらう必要がありますのでな。

 それと、協力者であるエイダ殿にも……」



 滑舌の悪い喋り口調と、ねっとりとした笑いが地下室に響く。

全身をゾワゾワと悪寒が走るものの、いっそ早く慣れてしまいたいものだ。



「それで、なぜ今回は白昼堂々と始末する必要があったのかしら?

 いつも通り夜にやれば、こんな重苦しい格好をしなくてよかったでしょう?」


「フフッ……。エイダ殿のアリバイを作っておく必要があったからでござるよ」


「エイダの? どういうことかしら?」


「皆、鉄の死神は魔術師だと思っているでござる。

 ゆえに、強力な魔法を使える者に、疑惑の目が向けられるのは不可避。

 我らは無能力者ゆえ、そのようなことありはしないけれえど、彼女は疑われるに足る人物でござるよ」


「なるほどね。だから彼女を、トーテスの元へ行かせろと……」


「これで、確実にエイダ殿は容疑者から外れるでござるよ。

 元より、公爵家の使用人を疑う者がいるかは、甚だ疑問でござるがね」


「公爵令嬢を疑う人も居ないでしょうね」


「完全犯罪にござる」


「ホント、地味な顔してエグいこと考えるわね」


「デュフフ……」



 口の中にキノコでも生えているのかと思うほどの、湿っぽい笑い声を上げながら、彼は席を立つ。

背面へと振り返り、数多くの写真の中から一枚はずし、デスクの上へと置けば、再び座りなおした。

ライトのスイッチを入れ、写真に光を当てる。そこには、高そうな服と装飾品で着飾った男が写っていた。



「次の標的は、コレなのね?」



 答えは、静かでゆっくりとしたうなずき。またも豪商か……。

どうやら彼は、金に目がくらんでいる奴らを目の敵にしているらしい。

だが、私はそれでも彼らが改心するチャンスは与えたいと思う。



「標的に一度会いに行きますが、問題ありませんわね?」


「どうぞご自由に。ただし……」


「まだ狙わない方とも面識を持つ。それが条件ですわね?」


「阿吽の呼吸、というやつでござるな」


「あなたとそんな仲になるなんて、遠慮したいものですわ」


「つれない反応にござる……」



 ターゲットだけと面識を持てば、私が関わっていることに気付かれてしまう。

そのため、他の狙われるに足る人物とも関わりを持てというのが、前回の金貸であるフレックスの件から付け加えられた条件だ。

いずれ全員を始末することになるだろうから、最終的には意味がないと思うのだけど……。


 彼は写真と共に壁から外された封筒を差し出し、私の手にある写真を回収する。

写真など、この世界にないものをこの部屋から出す訳にはいかないため、相手の顔を覚えたあとは壁に戻すのがルールだ。


 渡された封筒を開け中を確認すれば、紙にはびっしりと英数字が並んでいる。



「標的の情報は、いつも通りの状態でござるよ」


「はあ……。暗号の解読、めんどくさいんですのよね……」


「万一流出した時の備えにござる」


「わかってますわ。それでも面倒くさいんですのよ」


「我慢してほしいでござる……」


「仕方ないものね。それじゃ、今日は解散でいいかしら?」


「デュフフフ……。お疲れ様でござるよ」


「ええ、お疲れ様。また明日、学園で会いましょう。

 セイラ……。いえ、今は正良タダヨシさんと呼んだ方がよかったかしら?」



 返事はない。そして湿っぽいあの笑い声も、部屋に響くことは無かった。

不審に思い手に持つライトを当てれば、彼はいつもの無表情ではなく、少しニヤついていた。

そんなに昔の名前で呼ばれるのが嬉しかったのかしらね。

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