悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03ミーとヴァイスの取引

公開日時: 2021年7月15日(木) 21:05
文字数:3,322



「それが悲劇の始まりとも知らずにな」



 昼休みの出来事に、まったく身の入らない授業を終え、放課後に情報屋ヴァイスは、私の部屋へと来ていた。

彼は出されたお茶とお菓子を、遠慮することなく平げながらも、絵本を子供に読み聞かせるよう、流暢に語った。



「二人は、元々仲が良かったんですか……。

 あんなのを見てしまったので、考えられないですよ」


「つっても、入学してすぐの頃だから、三ヶ月ほど前のことだぞ?」


「えっ……。あ、そっか。入学の時なんだから、そうなりますよね。

 でも、出会って、仲良くなって、険悪になるのに三ヶ月しか経ってないって……。

 いったい、二人になにがあったんですか?」


「ここから先は有料になりまーす」



 ニヤつきながら、ヴァイスさんはそう告げた。

気になるところで話を止める、なんて汚いやり口だ……。



「さすが情報屋ですね」


「お茶とお菓子で出せる内容は、さっきのところで終わりってことだぜ?」


「そんなにお金にがめついなんて、本当に貴族なのか疑わしいわ……」


「準男爵なんて、平民と貴族の線の上を、落ちないよう綱渡りしてる程度の立場さ。

 いざという時のためにも、せこせこ稼がねえとな」



 口調といい態度といい、やはり彼は貴族の家系とは思えなかった。

なのに、そんな彼が公爵家の令嬢と顔見知りだというのもまた、信じ難い。

彼が情報屋という、信用を売っている人物でなければ、彼の口から出る言葉なんて、信じてなかっただろう。



「情報料はいくらなんですか?」


「そうだな、この程度はもらわねえとな……」



 手帳を取り出し、手書きの価格表ページを開く。

その中に羅列された数字の中のひとつを、彼はペンで指し示した。



「そっ、そんな額、払えるわけないでしょう!?」


「ま、平民の収入を考えれば、半年くらい飲まず食わずで、やっと払える額って程度か」


「ボッタクリもいいところですっ!!」


「じゃ、取引はなかったことに……。

 なんたって、公爵令嬢の秘密だぜ? 高くて当然だろ?」


「ちょっ……。もう少し、なんとかならないんですか?」


「俺は安売りはしない主義なんでな。ま、他の奴から聞けばいいんじゃないか?

 もちろん、公爵令嬢のゴシップをベラベラ喋るような、命知らずが居ればの話だが」


「そんな……」



 くっ……。結局、面白半分に遊ばれただけだ。

平民に払えない金額を提示した時点で、からかわれているのは間違いないのだから。



「なんだよその顔は。文句あんのか?」


「ありますよ! 最初から教える気なんてなかったんでしょう!?」


「おいおい、俺がそんな悪魔みたいなヤツに見えるか?」


「見えますよ!」


「これはひどい言われようだな……。

 まーしかし、んなこと言われちゃ黙ってられねえな。

 もし、俺の出す条件を飲めるってんなら、無料にしてやってもいいぜ?」


「条件……?」


「そうさ。カネで払えないなら、カラダで払ってもらおうか」



 思わず平手打ちをした。

けれど、彼はさっと身をひるがえし、私の手は空を切る。



「最低ですねっ!!」


「おいおい、なに誤解してんだよ?

 お前の貧相なカラダじゃ、俺は満足しねえっての」


「最低を最低で塗りつぶしてんじゃないですよ!」


「キーキーうるせえな……。腹でも減ってんのか?

 ほら、茶でも飲んで落ち着けって」



 ぐいっとお茶を飲み干すけれど、苛立ちは治らない。

厄介な相手と関わってしまったと、いまさら後悔したのだ。



「なんですか! ホントあなたって人は!!」


「まぁまぁ、俺も言い方が悪かったかもな。

 ちょっとばかり、手伝いが欲しいって話なんだよ」


「最初からそういいなさいよ! どうせわざとでしょう!?」


「お、よくわかってんじゃん。やっぱ、見込み通りだな」


「それで褒めてるつもりですか!?」


「褒めてる褒めてる。なにせ、これは重要なことだからな。

 相手の言葉の裏を理解できるヤツじゃなきゃ、意味ねえんだわ」


「勝手に納得してますけど、私手伝うなんて言ってませんよ!?」


「へー。じゃあ、エリーちゃんの話はもういいんだ?

 残念だなー。手伝ってくれるなら、もうちっとくらいサービスしてやってもいいんだけど」


「どうせ手伝いなんて言いながら、ロクなことじゃないんでしょう!?」


「いんや、あんたが思ってるよりは、人の役に立つと思うぜ?」



 からかって遊んでいるような、ニヤついた顔がスッと真面目な表情に変わる。

これも相手の作戦のうち、そう思いながらも、もしかすると本当に……。

半信半疑に気持ちは揺れるが、今の段階では結論は出せないでいた。



「内容だけ聞きましょう。本当に人の役に立つのなら、手伝うのもやぶさかではないですし……」


「なに、簡単なことだ。平民の間で広まっている噂の収集。ただそれだけだ」


「噂の収集? あなたほどの地獄耳なら、知らないことはないでしょう?」


「ま、大抵はな。けど、それは貴族に限った話。

 平民の情報なんて多すぎて、身体ひとつじゃ集めきれねえぜ」


「違法性は、聞く限りはなさそうですね……。

 でも、あなたの目的がわかりませんね」


「ま、仕事のうちのひとつさ。鉄の死神を追いたい。できれば捕まえるつもりだ」


「鉄の死神……」



 噂は聞いたことがある。貴族や豪商を狙う暗殺者。

それも私腹を肥やすために、他人を踏み台にするような相手を狙う、庶民にとってのヒーローだと……。



「つまり、あなたは貴族側ってことですね。

 人のためというのは、貴族のためという意味だったんですね?」


「そりゃ、俺もまがりなりにも貴族ですし?

 けどな、平民の間でどんなふうに言われてるかは知らないが、相手は所詮犯罪者だ。

 暴走して、誰彼構わず消して回る危険性だってある。

 そうなる前に捕まえるのは、平民のためにもなるんじゃないのか?」


「…………」



 彼の言うことももっともだ。

たとえヒーローだとして、その刃がこちらに向かない保証なんてない。

曲がりなりにも法に則った、拡大解釈のすえ、自らに有利になる法を盾にした、そんな貴族の方がマシだと思える未来が来ないとも限らないのだ。



「なにを悩む必要がある? あんたはただ噂を集めるだけ。

 その中身の精査と、追跡調査は俺の仕事さ」


「でも……。それが、結果的に鉄の死神を追い詰めるのは、助けられた人たちへの裏切りでは……」


「なら考え方を変えればいい。

 俺が庶民の不平不満を調べるために、あんたを頼った。そう考えれば問題ないだろう?」


「え? それはいったい……」


「鉄の死神が狙うのは、いわゆる庶民の敵だ。

 つまり、あんたに集めてもらう噂は、庶民の不平不満。

 準男爵家が、泥臭くも庶民の不満を集めてくださってる。

 その手伝いをさせてもらえるなんて、光栄だとは思わねえか?」


「詭弁、というものですね」


「建前なんて、なんだっていいんだよ。貴族様ってのは、舌を何枚も持ってるもんさ。

 万一のことがあったとして、あんたはまんまと、その詭弁とやらに騙されて、使い捨てられたって言えばいい」



 たしかにただの建前とはいえ、そのように弁明すれば、鉄の死神が捕まった時責められたとしても、私はいいように使われただけの被害者でいられるかもしれない。

だが、なぜ彼がここまで譲歩するような提案をしたのだろう。



「そうですね。私はそれで逃げられるでしょう。けれど、あなたに悪い印象が付きますよ?

 妙に自己犠牲的ですけど、あなたってそんな人でしたっけ?」


「お前が俺の何を知ってんだよ」


「噂はかねがね耳にしてますから。自己の利益最優先の、優秀な情報屋だと」


「ま、それだけ鉄の死神の首には価値がある。そう思ってくれて構わないぜ」


「なるほど、平民の印象など関係ないと」


「てーか、元々貴族が平民の印象なんざ気にしねえだろ」


「準男爵に何があるか分からない、さっきはそう言ってませんでしたっけ?」


「吹けば飛ぶような爵位、いつ平民落ちしても不思議じゃねえな。

 ま、そんときゃそん時で、国外にでも飛ぶつもりさ」


「ふふっ……。したたかな方ですね」


「そりゃどうも。それで、どうすんだ? この話、乗るか、乗らないか」



 おそらく、私の知らない裏がまだあるはずだ。けれど、内容を考えれば悪くない。

たとえ、吹けば飛ぶような準男爵であっても、貴族との繋がりを持てるのだから。



「もちろん、手伝いますよ」



 その繋がりの先がエリヌス様へと続くなら、私は悪魔とでも取引するわ。

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