悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

21身代わりエージェント

公開日時: 2022年5月6日(金) 21:05
文字数:2,178



「ただいま戻りました~」


「おうミーちゃん、お帰り」



 カランカランと鳴るドアベルの音とともにカノさんの店に戻ると、すでにお客さんはおらず、セイラさんとカノさんが二人で片づけをしているところだった。そりゃ、もう閉店時間なんだから当然よね。



「急に出て行ってすみませんでした」


「いいさいいさ。ちょうどセイラも戻ってきたところだったしな」


「セイラさんもありがとう」


「大丈夫……。そっちは?」


「あのハト、ミーちゃんが世話してたヤツだろ? なにがあったんだ?」



 突然出て行ったのに、カノさんんもセイラさんも私を咎めるどころか、私の心配をしてくれているほどだ。

けど、最近巷で噂の暗殺者と鬼ごっこをしていたなんて言えるはずもない。というか、ヴァイスにしっかり口止めされたのよね。


 どう誤魔化すって話だけど、そこはやっぱあの情報屋。無駄に頭の回転はいいというか、悪知恵の引き出しは無数にあるみたいだったわ。



「えっと、お世話していた猫が木から降りられなくなってたみたいで、それをあの子が教えてくれたんです」


「へー。そんでその猫を連れてきたってわけか」


「すみません、店の外に出しておきますね」


「いいさいいさ。それよりも、ソイツ怪我してねえか?」


「いえ、怪我はないので大丈夫です」



 この言い訳のために、エージェントNを帰り際に探し出して、抱っこしていたのよね。

エージェントNは、カノさんの所に行くことに若干嫌な顔していたけど、今じゃ目を瞑って必死に耐えている様子。うん、逆に大変な目にあった感じが出てて、説得力は上がってるかも?



「まあ、一応俺が大丈夫か様子を見てだな……」


「待って……。怖がるから、お父さんは近づいちゃダメ……」


「くっ……」



 セイラさんにガシっと腕を掴まれ、完全に撫でたいだけという内心が表情に出ていたカノさんは行く手を阻まれる。さすが親子、本音も見破れば、制止もスムーズだ。

目を瞑りながらも、私の腕に抱かれてびくびくしていたエージェントNがナイス制止に、ほっとため息を漏らすのが感じられたわ。



「えっと……。とりあえずこの子は寝かせて、お店の片づけ手伝います」


「ああ、いいよいいよ。もうすぐ終わるからさ」


「え?」


「珍しくセイラが早めに帰ってきただろ? だからほとんど終わってんだわ」


「あ、そういえば今日は配達終わるの早かったですね」


「うん……。迷わなかったから……」


「配達なんざ、いつもそう変わらねえはずなんだがなぁ……」


「今日は……、人が居なかったから……」


「人?」


「コイツ、前歩いてるヤツについて行っちまうクセがあるらしくてな。

 交差点で前のヤツが右曲がったら、つられて曲がっちまうらしいんだよな」


「よくそれで配達任せられますね!?」


「まあそれでも遅いなりに配達はできてるし、帰って来られてるからな」


「配達は得意……」


「それを得意と胸を張れる方が、私はすごいと思っちゃいますけどね!?」


「ドヤァ……」


「一応言うけど、褒めてないからね?」



 褒めてないという言葉に、ドヤ顔というか、じっさいドヤと言っていたセイラさんはちょっとしゅんとなる。ほぼいつもの無表情なので、他の人は気付かない程度だろうけど。

でもこれで、長年の謎がひとつ解けた。いや、長年でもないんだけど。


 いつもそれほど多くの配達のパンを持って出るわけでもないのに、なんでか店に全然戻ってこない理由だ。

そりゃ、前の人について行ってしまう、カルガモの子供みたいな子だったら、道に迷うのも当然だ。

方向音痴というよりも、外に出しちゃいけないタイプだよ……。


 それでもこの街は城壁に囲まれているのもあって、城壁外にさえ出なければ、さすがに街で遭難するなんてことはないだろう。それもあって、カノさんは配達を任せているのだと思う。

だってセイラさん、レジ打ちする方が愛想がない上に、作業も遅いんだもの……。適材適所というよりは、比較的マシな作業を任せているというのが実情らしい。



「ま、ともかくだ。ミーちゃんも猫助けたりと疲れただろ? 今日はゆっくり休んでくれ

 あ、あとこっちはそのネコチャンのごはんに……」


「私が渡す……」


「くっ……。どうしてみんなして俺の野望を阻止するんだっ……!」


「猫が怖がるから……」


「くそぉぉぉぉぉ!!」



 再びセイラさんに制止され、カノさんは袋に入ったソーセージを渡すという、猫撫でチャンスをまたも失うのだった。カノさん……、不憫。



「それじゃ……、今日はこれで……。猫ちゃんも……、お疲れ様……」


「ありがとうございます」



 セイラさんは袋を私に渡すと、いつもと変わらぬ無表情でエージェントNを撫でる。

もしかして、セイラさんも猫好きなのかな? まあ、それ以上に後ろで悔しそうな顔をするカノさんの方が気になるんだけどね……。


 それにしてもちょうどよかった。これで帰れるのなら、このあと動きやすいというものだ。

なにせこの後、あのヴァイスをなだめるという大仕事が待っているのだから。


 いつもなら気の乗らない予定ではあるけれど、ちょっとへこんでるアイツを見ちゃったから、今回ばかりはそこまで嫌って感じでもないのよね。

まあ、その原因を作ったのは、ほぼ私なんだけど。



「では、お先失礼します。お疲れ様です」


「おう、気を付けてな」


「お疲れ様……」



 私は二人に見送られ、お土産に喜ぶエージェントNのぶらつく尻尾をなだめながら、カノさんのパン屋をあとにした。

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