悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

11風呂場にて

公開日時: 2021年12月6日(月) 22:05
文字数:2,058

 エリヌスの勘は鋭い。それこそ「全ての勘が必中する」ほどに。けれど、彼女は賢すぎた。

勘が冴えていたとして、勘がもたらした考えの理由を探ってしまうのだ。

そのため、彼女は「必中のスキル」で正解がもたらされる勘を曲解し、誤解するのだ。

王子に睨まれた。その事実もまた、彼女の勘の曲解からくるものだった。



「だいたい、私から離れていく方の相手なんて、面倒にも程があると思いません?

 それに場所が宮廷内。周りの目もあって、気が抜けませんの。

 ホント、肩が凝ってしかたありませんわ」


「では、マッサージをさせていただきますよ」


「なんだか催促したみたいになってしまいましたけど……。

 でもせっかくですし、お願いしましょうかしら」



 二人では寂しいと思えるほどに広い湯船に浸かり、エイダはその凝り固まったきめ細やかな白い肌に触れる。

エリヌスの言葉に嘘はないと、その双肩にのしかかる重圧を跳ね返すよう、ひどく硬くなってしまった肩がそこにはあった。


 なんの地位もなければ責任もない、庶民であるならば「考えすぎだ、肩の力を抜け」と言えば済むことかもしれない。

だが、公爵令嬢という立場と共に、彼女の真面目な性格が重圧となっていたのだ。



『君も知っての通り、御令嬢は真面目すぎる子だからね。

 母親の期待に応えるため、王妃になるため……。

 離れてゆく王子を必死に引き留めようと、そして邪魔者を排除しようとするのさ。

 けれど運命ってものか、もしくは神様の気まぐれか。

 僕と彼女が出会ってしまってせいで、筋書きが変わってしまったようだ』



 まるで他人事のように言ってのけた異世界人だったが、普段の様子を見ているエイダにとって、その言葉には信憑性があった。

今やもう、エリヌスは王妃の座にこだわってはいない。

その結果、悪役令嬢としての役目を、半ば放棄してしまっているのだ。



「お嬢様……。お嬢様は、オズナ王子をどうお思いなのでしょうか」


「え? いきなりどうしたのよ?」


「いえ、いつもお嬢様は、相手の都合を語っているように感じます。

 しかしお嬢様自身がどうお考えかは、聞いたことがないように思いまして」


「私がどう思うか? うーん……。なんとも思ってないわ。

 ずっと離れ離れだったし、好きとかそういう感情も、いまいちピンときませんのよね。

 優しい方ですし、嫌いになる要素はないのですけど……」


「王子をセイラという娘に取られてしまう、そのような考えも浮かばないのでしょうか」


「んー……。『二人が幸せならそれでOKよ!』くらいの感覚かしら?」


「そう、ですか……」



 あまりに脈のない反応に、エイダは少しばかり王子へ同情心を抱いた。

異世界人づてであるとはいえ、王子の想いは聞いていたのだから。



「ところでエイダ、なぜあなたは王宮へは着いて来ないのかしら?

 あなたがいてくれるだけで、多少は気が紛れるというものなのだけど」


「それは……。お嬢様がどういうお考えであれ、周囲の者からすれば許嫁同士。

 お二人の間を邪魔する者がいるというのは、いささか不自然にございましょう」


「なによそれ。やっぱり、お母様がそのように言っているのかしら!?」


「はい。お嬢様の立ち振る舞いには、ご当主様のご指示が多くございます。

 ことオズナ王子に関しては、よりいっそう事細かに……」


「まったく、お母様も何を考えているのかしら。使用人なんて、人形劇の黒子と同じですわよ?

 居るけれど居ないものとして振る舞う、それが貴族ならば当然の振る舞いでしょうに」


「それはごもっともですが、わたくしは少々特殊ですので……。

 雇われた経緯からして特殊であり、イクター様のご配慮でお嬢様との遊び相手も兼ねるという、黒子に徹するには目立ちすぎております。

 ご当主様もまた、そのあたりの事情を考えてのことかと存じます」


「はー……。ほんっと貴族って、どうでもいいことにこだわりますわよねぇ!」



 揉まれていた肩をぐりぐりと回し、大きく背伸びをするエリヌス。

彼女にとって、貴族社会とは窮屈で仕方なかったのだ。

そしてヴァイスという存在が、その窮屈なだけだと思っていた貴族という者たちの裏側を知らせるがゆえに、よりいっそう嫌悪することとなった。



「はー……。私もヴァイスみたいなスキルだったら、もっと気楽に暮らせましたのに」


「…………」



 ふと漏らした言葉に、エイダは静かに眉を顰めた。

彼女が最も嫌悪する相手のようならよかったなどと、嘘であっても聞きたくなかったのだ。

だがその思いを口に出すほど、彼女は愚かではない。



「ところでお嬢様、かの情報屋は、最近動きがありましたでしょうか」


「あら、あなたがヴァイスのことを聞くなんて珍しい」


「いえ、わたくしにはあの情報屋の動きはおろか、存在すら感知できませんので……」


「ああ、そうだったわね。でも言われてみれば、王子と学園に行って以来、アイツの姿を見ないわね……」


「それは、最も危険な状態ではないでしょうか」


「そうよね。アイツがのんびり夏休みを楽しんでるとは考えにくいもの」



 二人のヴァイスへの印象には差があれど、その行動への評価は妙な一致を見せるのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート