悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

10挑戦状

公開日時: 2022年8月19日(金) 21:05
文字数:2,097

 ただの学園のイベント、その言葉につっかかってきた人物を見た瞬間、色々な情報が脳裏を駆ける。

その理由は、少なくとも彼はこの場に居るべき人物ではなく、そして私たちの間に割って入ることもないはずだったからだ。



「ごきげんよう、オイゲン様」


「よっ、エリヌス」



 どんな下級貴族であっても取らないような、軽い言葉遣い。そして、おそらく世の女性たちならばすぐさま恋に落ちるであろう、爽やかな笑顔。彼こそが王位継承権第三位の男、オイゲン・アルガスだ。

つまり、あの幼稚な嫌がらせをする保健医、フリードの弟である。

面倒事を避けるため、顔を合わせないよう行動していたというのに、あちらからやって来るのは想定外だ。



「オイゲン様、私どもに何か御用でしょうか?」


「いや、お前らに用があって来たわけじゃねえ。けどな、さっきのはいただけねえな」


「と、いいますと?」


「お前にとっちゃ取るに足りねえ行事かも知んねえけどな、俺たちにとっちゃ順位を決める大事な試合ってコトさ。

 今回の球技大会、俺たちが勝つことで、棚ぼたで貰った順位の愚かさを証明してやる」



 ギラギラと目を輝かせ、暑苦しい廊下がさらに暑苦しくなる。

真っすぐで、曇りなく、目標しか見えていない暴走馬車のような人物。それがオイゲンという男だ。

昔から勝負事となればアツくなり、必死に勝ちを狙ってくる性格であり、かつ勝った場合はそれを鼻にかけ、高圧的な態度を取る。


 貴族としては三流以下の振る舞いではあるけれど、その思考も行動も分かりやすく、そのうえ正々堂々と勝負することを良しとするため、陰湿な嫌がらせをする兄のフリードとは対照的で、それよりはずっとマシな人だ。


 まあそれでも、こんな貴族だらけの中で本音と建て前を使い分けられない時点で、社会的に負けていることを自覚できないのは致命的だ。

万一彼が政権を握ってしまったなら、他国との交渉の腹の探り合いに失敗して、大変な目に遭うことは想像に難くないわ……。



「そうですわね。王位継承権の順位は動かせませんもの、せめて勝てる見込みのある勝負をしたいというのは理解できますわ」


「ホントお前は、昔っからイチイチ引っかかる言い方しやがんな」


「失礼いたしましたわ。お気に障ったのなら謝ります」


「別にいいけどな。俺は留学帰りの王子様と白黒つけられるんなら、他はどうでもいい。

 しかし、お前はお気楽なもんだ。男女別のおかげで、必死に練習する必要もないんだからな」


「…………」



 その言葉に、久々に昔から受けてきた苛立ちを思い出す。

オイゲンはいつもこうなのだ。学年が一年しか違わないせいもあり、学力テストであったり、魔力試験であったり、体力テストであったり……。

数値として表れるもの全てにおいて私と去年の自身を比較し、勝ち誇ったつもりで言葉を放つ。

というよりも、事実その三つの中で私が勝てる見込みがあり、実際に白星を挙げていたのは、学力テストしかなかった。


 それも当然のことだ。どうやったって体力で女性が男性に勝てる見込みはほぼ無いし、魔力だって私はスキルを得た代わりに失っているのだ。

それこそ、もう一つの項目としてスキル強度が測定できたとすれば、最終的に互角になってこのような見下された反応をされることもなかっただろう。

しかし現実は、スキルについては強度を調べる方法はおろか、その内容を知る術もない。

ならば見える数字だけで言えば、私はオイゲンに対し、王位継承権を含むほぼ全てで敗北していたのだった。

だから会いたくなかったのだ。どうしたって彼は、私の神経を逆なでしてくるのだから。



「そういうことなんでな、お前らはお遊びに興じてりゃいい。けど、この大会を軽視すんのは許さねえから」



 黙っていればべらべらとよく回る口だ。縫い付けてやろうかと内心怒りをふつふつと沸かせていても表情は変えない。それが貴族の処世術だ。

けれどこの場に、その処世術をわきまえない者がオイゲンのほかにもう一人居た。ニスヘッドだ。



「そんなことないです! 私たちだって、球技大会に向けて真剣にっ!」


「ははっ! 笑わせるな。勝ち負けの先に意味のない試合なんて、結局お遊びじゃねえか」


「っ……!」


「お嬢さん方はボールと戯れるなんて似合わねえコトしてねえで、御贔屓の王子様の応援でもしたらどうだ?

 エリヌス、お前だってオズナが国王になれなきゃ、お前の母親と同じように、ただの平々凡々な貴族に落ちる身だぜ?」



 ずいっと近づき、嫌味な笑顔で放たれた言葉。いつもなら黙って愛想笑いで済ませていただろう。

しかしその言葉は私の逆鱗にふれた。私は彼のネクタイを掴み引き寄せ、私自身驚くほど重く冷たい言葉を発していたのだ。



「それは、ラマウィ家への挑戦状と受け取ってよろしいのかしら?」



 私自身思いもよらなかった、私の行動。けれどそれは、無意識下の私に残っていたプライドが言わせた言葉だ。

たとえ私自身が母の言動を煙たく思っていたとしても、他人に直接母を貶されるのは我慢ならなかった。

私はしがない貴族でもいい。たとえ平民に落とされたとして気にも留めない。

けれど私の大事な人を貶められて平気でいられるほど、私は大人でも、大人しくもないのだ。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート