悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

09プールの二人

公開日時: 2021年9月15日(水) 21:05
文字数:2,180

 ヴァイスという邪魔者がいなくなったプールを見回す。

そこにはスキル持ちと判定された平民の特待生が、10名ほど泳いでいる。当然ながら、貴族は居なかった。

こんな平民の出汁が出た水になど興味ない、それが貴族の普通の感覚だ。


 オズナ王子は、そういった「普通の感覚」はないのか、それとも別の目的があるのか……。

ともかく、私たちは王子が来るまで、パラソルの下の陰に置かれたベンチで、ゆっくり待つことにした。

それにしても、大抵こういう準備というのは、男性の方が早く終わると思うのだけど……。

執事も居ることだし、なにかあったとは考えにくい。心配する必要もないはずね。




 夏の日差しに、跳ねる水がきらめく。

見ているだけで涼しげで、プールサイドに居るだけで暑さを忘れられそうだ……。

などと、のんびり過ごしていたかったのだけど、どうやらそうもいかないらしい。

あの男、へらへらと引き下がっておきながら、とんでもない爆弾を置いていったのだ。

いえ、プールの中だし、水中なら魚雷という方が適切かしら……。

プールのへりまで近づき、私は遊んでいる女生徒に声を掛けた。



「ごきげんよう。少しよろしいかしら?」


「へっ? なんです……。ひゃっ!? エリヌス様!?」


「こんにちは、ミー先輩。こんな所で会うなんて、奇遇ですわね」


「あーっと……。えーっと……」



 そこに居たのは、ミー先輩。そして、見慣れた人物がもう一人……。

先輩は楽しそうだった表情が一転して曇り、目を泳がせていた。

なんとなく察しはつくが、一応説明してもらった方がいいだろう。

なぜ二人が、こんな所に居るのかを。



「少し、お話できますか?」


「は、はい……」



 表情だけはにこやかに、先輩へと問いかける。

あと、一応なので、もう一人はキツく睨みつけておこう。

そうして私たちはエイダをプールサイドに残し、二人で無人の更衣室に引き返したのだ。



「あの、これは事故でして……」


「その事故は、誰かに起こされたものではありませんこと?」


「うぅ……」


「やっぱりね……。どうせ、ヴァイスでしょう?」


「はい……」


「あの男、何を考えているのやら……」



 わざわざ朝からプールが開いていることを伝えに来たのだから、何かあると思っていた。

それは私と王子をプールに向かわせ、こうやってミー先輩と、もう一人の平民セイラを鉢合わせさせるためだったのだ。けれど、その意図が分からない。

王子と彼女らを会わせるのが目的か、もしくは王子でなく私と会わせる目的か……。



「ヴァイスは、なにか言ってませんでしたか?」


「いえ……。昨日、働いているパン屋に彼が来たんです。そしたら、三人で学園のプールに行こうって……。

 本当は今日もパン屋のお手伝いあるので、私は断ったんですけど、今日の分のパンを彼が全部買い上げちゃって、『これで仕事はなくなったからいいだろ』って言いだして……」


「いったい、私から巻き上げた情報料を何に使っているのやら……。

 だいたい、パンを買い占めてしまったら、他の人が困るでしょうに」


「あっ、そこは大丈夫です! パンは買い占めたんですけど、それはお店で配ることになったんです。

 だから、お会計の計算もいらないし、今日はお休みしていいっていうことになったんです」


「つまりそれは、今日店に行けばヴァイスの支払いで、タダでパンがもらえるということかしら?」


「はい、そうです」


「結局、あまり良い結果になっているとは思えませんけど……。

 それに、あの情報屋がそんな大盤振る舞いするなんて、怪しいと思いませんでしたの?」


「ん-……。ちょっと引っかかったんですけど、『たまには休め』と言われまして、心配してくれているんだなって思ったんです」


「どうして彼が、純粋な善意であなたを気遣っていると思えたのかしらね……」


「それは……」


「まあいいわ、事情は分かりました。ただ、結局彼の目的は分からないですわね」


「そうですね……」



 ヴァイスのことだから、何か裏があるのは確実だ。

考えられるのは、私とセイラを会わせ、いつもの「悪役令嬢ごっこ」を王子に見せつけるため……。

私の公爵としての立場を危うくしたいのなら理解できるが、彼の意図としては違和感がある。

では、ゲームの主人公であるセイラと、王子を会わせるため……?

それこそ、彼に何の考えがあってそうするのか、全く理解できない。


 どっちにしたって、ヴァイスが動く理由が分からない。

どちらであっても、彼の得になるような未来が見えないのだもの。

むしろ、セイラと王子が会う機会を作ってくれたのは、私にとっては都合がいいほどだ。

このまま二人をくっつけてしまえば、少なくとも私は王妃という面倒な立ち位置を回避できる。


 だけれども、このままヴァイスの策略に乗り続けるのは、裏が分からないなら危険だ。

できるだけボロを出さないように、大人しくしている方が賢明か……。



「あの、ごめんなさい。私がもっと考えて動いていれば……」


「いえ、気にしないでくださいまし。彼の意図が分からないのは私も同じ。

 今日の所は王子の目もありますし、穏便に済ませておきましょう」


「穏便に……?」


「ええ。策略に乗ってやらないのが、一番の攻撃ですわ」


「は、はぁ……」



 意味がよくわからないと言いたげなミー先輩だが、私だってこの状況を呑み込めていない。

けど、ここでミー先輩を引きこんで置けたなら、ヴァイスの思い通りにはならないはずだ。

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