「おいおいアイツ、お前を追い出すって言ってんぞ?」
また面倒な嫌がらせが始まるのかと内心小さなため息をつく私に、その嫌がらせの数々と同じ程度には面倒な男の声が耳に入った。
しかしフリードの嫌がらせと言っても、私が癇癪を起して家に帰ると言い出しそうな程度の些細なものだ。彼にとっては、私が彼らの屋敷に近づかないようになればそれで十分なのだから。
その一例が、私のおやつを食べておやつ抜きにしてやろうという作戦だったわけだ。
他にも紅茶が妙にぬるかったり、真夏に炎の魔法で部屋を温めたり、逆に真冬に氷の魔法で冷やしたり、もしくは電気魔法で静電気の威力を高めたり……。
その程度のことは、魔法が使える人たちからすればちょっとしたいたずら程度だろう。魔法が使えない私にとっては、いたずらにしては度が過ぎていると思ったこともあるけどね。
まあ、その数々のいたずらもまた、それ以上の魔法の使い手であるエイダがそばにいたことである程度回避できていたのもあり、私が癇癪を起すことはなかった。
どれだけ暑くても、エイダがこっそり涼しい風を送ってくれていたし、冬も逆に温めてくれていた。
静電気なんて、私が進む先は全てエイダが扉を開けていたのだから、私自身が被害に遭ったことは無い。
そしてエイダもまた、静電気を逆に魔力として吸収できるほどに魔法の能力に長けていたのだから、被害はなかったわけだ。
つまり、その辺の子供じみたいたずらがなされていたことは、あとからエイダからの報告で聞いただけで、私自身把握していなかった。
けれど、今は少々分が悪い。なにせ防波堤であるエイダは夏休み中なのだから。
ならば、使える者はなんでも使うべきよね……。
「困ったわね……。嫌われているとは思っていたけれど、これほどとは……」
「おいおい、珍しく弱気じゃねえか」
「当然でしょう? 学園を追い出されたとしたら、大変なことになるのは目に見えているもの」
「俺にとっちゃ、めんどくせぇ授業を受けなくて済むっていうメリットしか見えないが?」
「準男爵様は気楽でいいですわね……。先ほどの話、もう忘れてしまったのかしら?」
「なんだよ、お前が爵位マウント取るなんて珍しいじゃねえか」
「爵位よりも、問題は王位継承権ですわよ」
「あー……。学園に在籍していないと、次期国王争いから落ちるってか?
まさかお前、女王になろうなんて思ってたわけじゃあるまいな」
「私にとっては、そんなことどうでもいいですわよ? でもねぇ……」
「でもなんだよ?」
「お母様は、国王という地位に固執してますのよねぇ……」
「ははーん、なるほどなるほど」
そこまで聞くと、ヴァイスはにやりと黒い笑みを浮かべた。
まあ、彼の地頭の良さなら、私が説明するまでもなく分かっていたと思うのだけどね。
あえて私の口から言わせようと、よくわかっていないふりをしていたに違いないわ。
「つまりは『母上様からの叱責がいやですの!』って言いたいのか?」
「なんだかその口ぶりにイラっとくるけれど、間違ってはいないわね……。
いえ、叱責とかそんな生ぬるいもので済むかしら……。
どういう手を使うかは知らないけれど、学園を追放となれば、オズナ王子との許嫁関係も解消されかねませんもの。
女王でなくとも、せめて王の隣に立つ者になることを期待していたお母様が、その道すら絶たれたと知ったら……」
「おいおい、そりゃ考えすぎってモンじゃねえか?」
「屋敷からも追い出されて、行くあてもなく路頭に迷うことになるかもしれないわね。
そうなれば、それこそミー先輩が借金取りにそうさせられかけたように、花屋に転向なんてことに……」
「お前! んなこと俺っ……」
「なによ急に。いくら声も相手に認識されないスキルを使っているからって、大声出すのはやめて頂戴」
「っ……! お前な、冗談でもんなこと言うもんじゃねえって話だ!」
「冗談だったらいいのだけどね……。私が背負っているお母様からの期待というのは、それほど重いものなのよ」
「…………。チッ!」
少し大げさに言いすぎたかしら? まさかこんなにヴァイスが取り乱すなんてね。
けれど少なくとも嘘はない。本当の本当に最悪の事態を考えれば、私が家から追い出される可能性はゼロではないのだから。
その後の話は……、どうかしらね。私のスキルなら、傭兵にでもなれるもの。
肉体労働という意味で、身体を使った商売であることは変わらないけれど。
「ともかくよ、フリード様がどういうことを考えているか知らないけれど、私はその手に乗ってあげるわけにはいかないの。
どんな嫌がらせで学園を追い出すつもりかは知らないけど、少なくともエイダが帰ってくるまで、私一人で対処しなければいけないわ」
「ったく、しゃーねぇな。その間は俺が動いてやるよ」
「あら、あなたがそんなこと言うなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
「それは……、あれだ。情報を高く買ってくれるお得意さんが居なけりゃ、商売あがったりだからな!」
「あらあら、それは後が怖そうね」
「は? んじゃ、一人でなんとかするってのか?」
「いいえ、せっかくのご厚意ですもの。今回は甘えさせていただこうかしらね」
「チッ……。最初っから素直にそう言えっての」
ふいっとそっぽを向いて、そう吐き捨てるヴァイス。素直じゃないのは、お互い様じゃないかしらね?
けれどこれで、エイダが帰ってくるまでの間、対処が全くできないという事態は回避できそうだ。
まぁ……、ちょっと頼りないなとは思っているけれどね。
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