『あなたの拾いやすい所に落ちてくる』
エイダの言葉に、ヴァイスは何も答えなかった。
それはつまり、何を答えても嘘になるか、もしくは不利になるという何よりの証拠だ。
沈黙という答え、エイダにとってはそれで十分だった。
これでも長い付き合いであり、友人とは双方思っていないが、宿敵であるとは二人ともが認めるところである。
ならば相手の出方を考えるのも、それに対し牽制するのも、慣れたものだ。
「ともかく、あなたが何をお考えかは知りませんが、この度はお嬢様が無事だったこと感謝いたします」
「そんな大したことはしてねえさ。俺が口先三寸で動かせることなんざ、面倒ごとの先送り程度のモンだからな」
じっとエイダはヴァイスの顔を見る。しかし、いつもの貼り付けた薄笑いからは、何も情報を得ることはできなかった。
けれど、言葉に含まれる意味を理解できぬほど、彼女は鈍感でもない。
彼の言った「大したことはしていない」「先送り程度」その二言さえ、彼女にとっては十分な情報量だ。
これを解釈するならば、「何かした」ことは確かであり、「今後なにか起こる」ことも予想される。
「では、わたくしはお昼休みが終わる前に、お嬢様のお迎えがありますのでこれで……」
優雅に一礼し、階段を足音もなく静かに降りるエイダ。
その姿を見送る情報屋は、うまくことが転がれば、その後ろ姿も間も無く見納めだろうとニヤついていた。
もしくは失敗したとして、自身に被害が及ぶことはないとも確信していたのだから、どちらにしても得しかないとほくそ笑む。
対するメイドは、相手が動くのは分かっていたとして、結局何がどうなっているのか全く掴めないでいる。
まんいち情報屋の思惑によって、自らの主人が平民に落とされるような事態になれば……。
その時メイドという立場でしかない自身に、何ができるであろうか。
今まで常に隣に立ち、最も近い存在であったことに、エイダは慢心していたのだと気付かされる。
最も近い。けれどエリヌスが平民に落とされた時、メイドでしかない彼女には、元主人を救う力などないのだ。
対してかの情報屋はどうか。今までも散々情報量として金銭を要求し、質素な昼食を見ても、かなりの財を築いてきたことは明白だ。そして準男爵という立場もある。
そうなれば、彼には平民に落ちたエリヌスを迎える力があるのだ。
一介のメイドに、それと同等のことができるであろうか……。そんなこと、改めて考えるまでもなかった。
ならば相手を出し抜くために、手段など選んではいられない。
◆ ◇ ◆
「それで、拙者のところへ来たのでござるか」
「ええ」
「っと、君相手ならこんな気持ち悪い喋り方しなくてよかったんだった」
その夜、エイダは再び魔法で主人を眠らせ、一人地下にある秘密の部屋へと赴いた。
そこにはいつも通り無表情の司令官マサヨシ、こちらの世界での表の名で呼ぶならば、セイラが待っている。
彼の異世界から見た、この世界の情報。それこそが、彼女が他を出し抜くための最後の手である。
しかし、彼から発せられた言葉は、彼女を落胆させるものだった。
「残念だけど、彼がどういうつもりで動いているかは、僕にも分からないね」
デスクで頬杖をつき、右手で万年筆をくるくると回しながら彼はそう言う。
不真面目な様子ではあるが、考えがない、もしくは考えていないという雰囲気ではない。
考えをまとめるために、手持ち無沙汰な手を無闇に動かしているといった様子だ。
「あなた様であれば、ゲームの知識というもので、彼のことは分かるのではないでしょうか」
「んー、わっかんねえなぁ! というか、前に言わなかったかな? 彼の役割について」
「彼の役割……。ゲームの主人公であるあなたに、相手の好感度を伝える役割、でしたね?」
「そういうこと。そしてその目的は」
「オズナ王子に、お嬢様ではなくあなたを選ばせるため」
「その理由は」
「お嬢様とオズナ王子の許嫁関係の解消」
「百点満点だね!」
「恐れ入ります」
静かに礼をすれば、ぷふっとセイラは笑う。それにつられ、エイダも少々頬を緩めた。
しかしすぐにコホンと咳払いし、彼女は続ける。
「しかしそれでは、彼がお嬢様を貶めようとすることとの繋がりがわかりませんね」
「まあ、君の考えはあながち間違ってないと思うよ」
「つまりかの情報屋は、お嬢様を平民へと落とし、自分のものにしようとしていると……」
「彼が本気なら、そうだろうね」
「それもまた、ゲームで見た展開なのでしょうか」
「いんや、そうじゃないよ。というか、そんな展開ゲームでしてたらびっくりだよ。
だって考えてもみてみなよ。主人公(プレイヤー)の知らぬところで、ライバルキャラが追いやられるんだよ?
そんなの、興醒めもいいところじゃないか」
ケラケラと笑うマサヨシ。しかし今回は、エイダも同じように笑うことはできなかった。
その理由は言うまでもない。彼が知らぬ話であるなら、もはや事態は彼の知るゲームとはかけ離れたところにまで進展してしまっているということに他ならないのだから。
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