『それじゃ、なにかあったらすぐ飛んでくるぜ。文字通りな!』
「うん、そうだね。文字通りだね」
バサバサと羽ばたき、空高くへと登る。エージェントP。
そりゃ鳩なんだから、飛んでくるに決まってるよね。歩いた方が遅いんだから。
でもなんというか、人間の比喩表現を理解してるってあたりが違和感ありすぎるのよ。
やっぱり彼らは、他の動物と違って頭がいいらしい。確かに、他の子よりも会話が成り立ってるもの。
ま、それはそれとして、お昼からもお仕事がんばろう!
一気にサンドイッチをお水で飲み干し、私はお店へと戻った。
「夏休みの間はミーちゃんがいてくれるから、カノさんも大助かりよねぇ。忙しいけど、無理しちゃダメよ?」
「ありがとうございます。たしかに忙しいですけど、楽しいですよ?」
「ふふっ、そうなのね。それじゃ、また明日」
「ありがとうございました〜」
常連のおばさんを笑顔で見送れば、すぐに並んでいた人がやってくる。まったく、本当に繁盛している店だ。
それでもみんな、お会計に並んでいても嫌な顔ひとつしない。
それはひとえに、万一この店で騒ぎを起こそうものなら、店主のカノさんが飛んでくると分かっているからだ。
考えてみれば、前の火事の時のこともあるけど、カノさんっていい人であると同時に、こう、若干恐れられている人っぽくもあるのよ。
エージェントたちが怖がっているのも、そういうところなのかな?
なんて考えながらパンの袋詰めをしていれば、ガンガンガンガン! と、窓ガラスをけたたましく叩く音に驚き、私は持っていたトングを落としてしまう。
「きゃっ!?」
「どうした!? 何事だ!?」
ざわめく店内と、私の声に気づいたカノさんが、パンを作る手を止め飛んでくる。
振り向き窓を見れば、エージェントPが必死にそのくちばしでガラスを叩き、バサバサと暴れる姿があった。
「なになに? ハトが暴れてるわよ!?」
「あ、あのハトはミーちゃんが世話してるヤツだよな?」
「あの、すみません、ちょっと私出てきます!」
姿を見た瞬間ピンときた。何かあったのだ。
私はエプロンと三角巾を外し、外へと駆け出す。
「おう、行ってやれ! 店はなんとかなるから!」
「ありがとうございます! お願いします!」
扉を勢いよく開ければ、ドアについたベルがガランガランと大きな音を立てる。
そして一歩外へと踏み出そうとした時、運悪く入ろうとしていた人とぶつかってしまった。
「きゃっ! ご、ごめんなさい!」
「ううん……。私は平気……。そっちは大丈夫?」
そこにいたのは、配達から帰ってきたセイラさんだった。
ぶつかっても完全なる無表情なことにも驚いたけど、それ以上に本当にあたったのかわからないほど、全く微動だにしなかったことにもびっくりだ。
なんて考えてる場合じゃない! あのエージェントPからの様子からして、一大事なのは確かだ。急がないと!
「あっ、セイラさん! よかった、私ちょっと用事で! お店お願いしますっ!」
「うん……」
丸めたエプロンを押しつけるようにセイラさんへと渡し、私は空を旋回するエージェントPと目配せした。
『お前の言ってたヤツが現れたぞ! こっちだ!』
最低限の説明をすればPはすっと飛ぶ方向を変え、こっちだと案内を始めた。その後を追い、私は商店街を駆ける。
ハトってカラスよりのんびり飛んでるイメージだけど、追いかけると意外と速い。
ゼェゼェと息を切らしながら、人の波を潜り抜け追いかけ続ける。
時折ハトは店々の軒にとまり、私を遅いと言わんばかりに待つのだった。
「まっ、待って……」
『ちっ、お前も空を飛べるんなら真っ直ぐ向かうってのに!』
「そんな無茶言わないで… …」
『おっ、良いこと思いついた! こっちへ来い!』
「へっ!? どっち!?」
そう言って向かうのは路地裏。そこにあったのは、おそらく商品の入荷に使っているであろう木箱の山だった。
『おら、こっち登れ!』
「これを!?」
『そうだ。屋根伝いに走れば速いだろ!?』
「ちょっと、無茶言わないでよ!」
『逃げられてもいいのか?』
「そっ、それは……」
ここで逃げられるということは、被害者がもっと増えるということ。
エージェントPの口ぶりから、今回は防げなかった。けれど、だからって今後も被害者が出るとわかっていて、このまま犯人を逃すのは……。
「よっと……」
『よし、ヤル気みたいだな!』
必死に木箱をよじ登れば、そこには商店街のオレンジの屋根屋根が広がる。
それぞれの建物が密集していることもあって、隣へ隣へと伝っていくのは難しくなさそうだ。
もちろんそれは、傾斜がなければの話だけどね!?
少しどころじゃなく腰の引ける私をよそに、エージェントPはどこからかやってきたもう一羽のハトと寄り添っていた。
「ショートカットできたって、これじゃ走れないよ……」
『心配すんな、こっちでターゲットの動きは把握している。
仲間がうまく誘導してるんでな、落ちねえようにだけ気を付けな』
「仲間?」
『ったりめーだろ? 俺たちゃ猫と違って、元々群れるイキモノだぜ?』
その言葉の通り、彼が視線で示す先にはハトの群れの姿があった。
そしてそれに通り道を塞がれている人影。この真夏の日差しの下、その人物は黒いフードをすっぽりと頭にかぶり、背中に同じく黒く歪な形の杖を背負っていた。
「あれが……、鉄の死神……」
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