悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

14伝令鳩

公開日時: 2022年4月15日(金) 21:05
文字数:2,143



『それじゃ、なにかあったらすぐ飛んでくるぜ。文字通りな!』


「うん、そうだね。文字通りだね」



 バサバサと羽ばたき、空高くへと登る。エージェントP。

そりゃ鳩なんだから、飛んでくるに決まってるよね。歩いた方が遅いんだから。

でもなんというか、人間の比喩表現を理解してるってあたりが違和感ありすぎるのよ。

やっぱり彼らは、他の動物と違って頭がいいらしい。確かに、他の子よりも会話が成り立ってるもの。


 ま、それはそれとして、お昼からもお仕事がんばろう!

一気にサンドイッチをお水で飲み干し、私はお店へと戻った。



「夏休みの間はミーちゃんがいてくれるから、カノさんも大助かりよねぇ。忙しいけど、無理しちゃダメよ?」


「ありがとうございます。たしかに忙しいですけど、楽しいですよ?」


「ふふっ、そうなのね。それじゃ、また明日」


「ありがとうございました〜」



 常連のおばさんを笑顔で見送れば、すぐに並んでいた人がやってくる。まったく、本当に繁盛している店だ。

それでもみんな、お会計に並んでいても嫌な顔ひとつしない。


 それはひとえに、万一この店で騒ぎを起こそうものなら、店主のカノさんが飛んでくると分かっているからだ。

考えてみれば、前の火事の時のこともあるけど、カノさんっていい人であると同時に、こう、若干恐れられている人っぽくもあるのよ。

エージェントたちが怖がっているのも、そういうところなのかな?


 なんて考えながらパンの袋詰めをしていれば、ガンガンガンガン! と、窓ガラスをけたたましく叩く音に驚き、私は持っていたトングを落としてしまう。



「きゃっ!?」


「どうした!? 何事だ!?」



 ざわめく店内と、私の声に気づいたカノさんが、パンを作る手を止め飛んでくる。

振り向き窓を見れば、エージェントPが必死にそのくちばしでガラスを叩き、バサバサと暴れる姿があった。



「なになに? ハトが暴れてるわよ!?」


「あ、あのハトはミーちゃんが世話してるヤツだよな?」


「あの、すみません、ちょっと私出てきます!」



 姿を見た瞬間ピンときた。何かあったのだ。

私はエプロンと三角巾を外し、外へと駆け出す。



「おう、行ってやれ! 店はなんとかなるから!」


「ありがとうございます! お願いします!」



 扉を勢いよく開ければ、ドアについたベルがガランガランと大きな音を立てる。

そして一歩外へと踏み出そうとした時、運悪く入ろうとしていた人とぶつかってしまった。



「きゃっ! ご、ごめんなさい!」


「ううん……。私は平気……。そっちは大丈夫?」



 そこにいたのは、配達から帰ってきたセイラさんだった。

ぶつかっても完全なる無表情なことにも驚いたけど、それ以上に本当にあたったのかわからないほど、全く微動だにしなかったことにもびっくりだ。

なんて考えてる場合じゃない! あのエージェントPからの様子からして、一大事なのは確かだ。急がないと!



「あっ、セイラさん! よかった、私ちょっと用事で! お店お願いしますっ!」


「うん……」



 丸めたエプロンを押しつけるようにセイラさんへと渡し、私は空を旋回するエージェントPと目配せした。



『お前の言ってたヤツが現れたぞ! こっちだ!』



 最低限の説明をすればPはすっと飛ぶ方向を変え、こっちだと案内を始めた。その後を追い、私は商店街を駆ける。


 ハトってカラスよりのんびり飛んでるイメージだけど、追いかけると意外と速い。

ゼェゼェと息を切らしながら、人の波を潜り抜け追いかけ続ける。

時折ハトは店々の軒にとまり、私を遅いと言わんばかりに待つのだった。



「まっ、待って……」


『ちっ、お前も空を飛べるんなら真っ直ぐ向かうってのに!』


「そんな無茶言わないで… …」


『おっ、良いこと思いついた! こっちへ来い!』


「へっ!? どっち!?」



 そう言って向かうのは路地裏。そこにあったのは、おそらく商品の入荷に使っているであろう木箱の山だった。



『おら、こっち登れ!』


「これを!?」


『そうだ。屋根伝いに走れば速いだろ!?』


「ちょっと、無茶言わないでよ!」


『逃げられてもいいのか?』


「そっ、それは……」



 ここで逃げられるということは、被害者がもっと増えるということ。

エージェントPの口ぶりから、今回は防げなかった。けれど、だからって今後も被害者が出るとわかっていて、このまま犯人を逃すのは……。



「よっと……」


『よし、ヤル気みたいだな!』



 必死に木箱をよじ登れば、そこには商店街のオレンジの屋根屋根が広がる。

それぞれの建物が密集していることもあって、隣へ隣へと伝っていくのは難しくなさそうだ。

もちろんそれは、傾斜がなければの話だけどね!?


 少しどころじゃなく腰の引ける私をよそに、エージェントPはどこからかやってきたもう一羽のハトと寄り添っていた。



「ショートカットできたって、これじゃ走れないよ……」


『心配すんな、こっちでターゲットの動きは把握している。

 仲間がうまく誘導してるんでな、落ちねえようにだけ気を付けな』


「仲間?」


『ったりめーだろ? 俺たちゃ猫と違って、元々群れるイキモノだぜ?』



 その言葉の通り、彼が視線で示す先にはハトの群れの姿があった。

そしてそれに通り道を塞がれている人影。この真夏の日差しの下、その人物は黒いフードをすっぽりと頭にかぶり、背中に同じく黒く歪な形の杖を背負っていた。



「あれが……、鉄の死神……」



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート