王子の学園案内、そしてセイラとの接触から数日。
エイダは主人のいない部屋で一人、未来が記述された本を読んでいた。
『君と僕は利害が一致している』
彼の言葉を思い出す。
利害の一致、それはすなわち、この本の通りの王女が処刑される未来を回避すること。
そして何よりも、エイダの大切な人であるエリヌスが、幸せな生涯を送ること。
『彼女が王妃としてオズナ王子と結ばれた場合?
それは残念ながら、ゲームにも小説にもないんだ。なぜって、主人公が選んだ相手が王になるからさ。
そして御令嬢は、王妃という地位を求めている。落ちぶれたオズナ王子と結ばれる未来はないんだ。
そして誰が王になろうとも、御令嬢は王妃をイジメていた張本人。
王になる人物次第だけど、一番マシなので自ら国を出る。最悪は……、言うまでもないね?
まあ、悪役令嬢のお決まりというヤツさ』
あの夜語られた彼の言葉を思い出すほどに、こんな理不尽があってよいのかと、エイダは怒りを募らせた。
幾度となく読んだ本もまた、女王となってなお、処刑という結末から逃れられなかった物語である。
つまり、何をしようとも、どの選択肢を取ろうとも、最悪の結末から逃れられないことを示していたのだ。
『最悪の結末を逃れる方法? それは、彼女を女王にすること。
そして、女王としての責を負われないように、今から邪魔な貴族たちを消しておく。
これでヴァイス率いる革命派は大義名分を失うはずさ』
民衆は、この国の腐敗によって今にも爆発しそうになっている。
今にも燃え上がらんとしている燃料に、かの情報屋は火をつけて回るのだ。
そして自身が唯一の逃げ場であると、女王に囁く……。
『助けてやった恩を被せれば、絶対に逆らえないようになると思ったんだろうね』
身勝手で、自己中心的で、そして邪悪な方法。
自身以外の選択肢を消し、自らを選ばせる。厚顔無恥な手段をとりながら、自身の手は汚さない。
怒りで背筋に冷たささえ感じるほどであるが、あの情報屋がやりそうなことだと、うすら笑いさえ込み上げてくる。
『彼のやることが分かっているなら、彼自身ではなく、彼の手駒を消せばいい。ね? 簡単でしょ?』
この国から腐敗の原因を消すこと、それは遠回りではあるが、最も効果的な方法だと彼は説く。
けれどエイダにしてみれば、もっと手早く事を終わらせる方法があるように思えたのだ。
『彼を消す……、か……。まあ、確実だね。
けれど王位継承問題は、彼がかき乱してくれないと、御令嬢にクラウンが回ってこないのさ。
ゲームにも小説にもない結末、王妃という未来であっても……。おそらく最悪の結末になるだろうね。
なぜならオズナ王子の執政では、腐敗は一段と進み、革命をもたらしてしまうからね。それはどの子でも同じだけど』
周囲の悪意に呑まれるがまま、次期国王は必ず、今までのツケを払うこととなる。
それは川の水が必ず海へと出るように、小説と同じ結末が王位を誰が継いでも、同じように訪れるということだ。
その中で唯一、国を想い、自らの死を潔く受け入れたのが、エリヌスなのだと言う。
『僕は、彼女が女王になるのが一番いいと思っているんだ。
たとえ革命が起きずとも、彼女ならこの国を良いものにできる。そう信じているよ』
その言葉は、そのままエイダの想いと同じであった。
小説に書かれた女王は、清廉潔癖ではない。けれど、誰よりも国を想い、自らの手を汚すこととなっても、輝ける未来へと人民を導こうと奮闘していたのだ。
それは今のエリヌスとて同じこと。
必要ならば人を殺めることも辞さない……。悪魔との取引だとしても、喜んで受けるだろう。
恐ろしいほどにまっすぐな姿を、エイダはずっと隣で見ていたのだ。
だからこそ守らねばならない。だからこそ、その想いを共に実現しなければならない。
心に秘めた想いは日々膨らむも、本人には悟られぬよう、日々粛々と役目を全うしてきたのだ。
「エイダさん。間も無くお嬢様がお帰りになられます」
「はい」
扉越しのメイド長の言葉に、すっと席を立ち、本を棚に戻す。
彼女の熱く秘めたる想いは、夏の暑さと共に首筋を流れた。
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