「お父様、続きをよろしいでしょうか」
「はっ……! すまない、君が私を心配してくれているという喜びのあまり……」
「いえ、お父様のお気持ちは、しかと胸に響いておりますわ」
父は私を解放すると、少し、ほんの少しだけ離れて座りなおし、恥ずかしげに身なりを整える。
同じように私も髪をかきあげ、一呼吸開けて話を続けた。
「話によれば、例の死神という者は、凶器に鉄の玉を使うという話です。
それを魔法によって発射し、建物の外からでも相手を撃ち抜けると……」
「そんなことまで、噂になっているのか……」
「いえ、これはこちらで調べました。
万一の事態に対処するには、なによりも情報が重要ですので」
「本当に君は……。よく考えている子だ……」
「お父様のお力になるためですもの。当然です」
「そうか……」
また涙ぐみはじめたが、少々面倒になってきたので気付かぬふりして続けた。
「ですので、そのような高度魔法であれば、妨害結界によって防げるのではないかと考えたのです」
「あぁ、すぐにでも用意させよう。
君が安心して暮らすためには、手を尽くすのは当然だ」
「ありがとうございます。あと、もうひとつ耳にした話がありまして……」
「うん? まだなにかあるのかい?」
父は、不思議そうな顔をしている。
身の安全のためならば、妨害結界だけで済む話だ。
なので、これで終わりだろうと考えていたようだ。
けれど、私にとってはここからが本番である。
「こちらの話は、確証があるわけではないのですが……。
かの死神は、世直しめいたことをしているという噂なのです」
「なんだと!? ただの人殺しが、美化されているというのか!?」
「落ち着いてください、お父様」
「これが落ち着いていられるか!?
人の命を奪い、世を混乱させる者。そしてなにより、君を不安にさせた者を美化するなど!!
そのような風説を流した者は、処罰されてしかるべきだ!!」
「お父様のお怒りはごもっともです。
そのような者は、日々この国を、いえ世界をより良く導こうと腐心する、お父様を侮辱するも同義です。
私も、到底許せるものではありません」
「君もそう言ってくれるか!
ならば、そのような戯言を言う者を牢へと……」
「お待ちください、お父様。
これは、口を封じれば済む問題ではないと、私は考えたのです。
そのように言わせるだけの何かが、見えないところで起こっているのではないかと……」
「なっ……。エリヌス、君は我ら貴族が、非難されるべき立場にあると言うのか!?」
「そうではありません。ですが安易な処罰は、逆効果でしょう。
ここは、そのように言われる理由を調べてからでも遅くないかと……」
「む……。そうだな、すまない。
いつになく、感情的になってしまっていたようだ」
「それほどまでに、許せぬ相手とお考えなのでしょう?
それは、お父様の高潔さゆえですわ」
「あぁ……。私はなんて幸せ者なのだろう。
非難することなく、そのように言ってくれる娘を持てるなど、これ以上の幸せがあるだろうか……」
「私も、お父様の娘であることを誇りに思いますわ」
「エリヌス……!」
またもがっしりと抱きしめられる。
父は、その胸に抱いた女こそが、死神であることなど知る由もない。
その後の父の誘導は簡単だった。
ヴァイスを使い、ある程度の取捨選択をした情報を、父に耳に入れてやればいい。
これまでの事件の被害者たちの、裏の顔を吹き込めば、死神が救世主と言われる理由にも、父は一部納得したのだ。
そして自身の派閥に属する金貸しが、狙われるに足る悪行を重ねていることも、父は初めて知ったのである。
深刻そうな表情で報告するヴァイスだったが、振り向きざまに私にだけ見えるよう、悪い笑みを浮かべていた。
「私が不甲斐ないばかりに、君を不安にさせてしまったのだな」
「いえ、お忙しいお父様が全てを把握するなど、難しいのは承知しております。
その分は、私と彼が微力ながらお手伝いいたしますわ」
「エリヌス……」
ビクッと身体を震わせる父だったが、さすがに部外者であるヴァイスの前では、抱きしめたいという衝動は押さえつけたようだ。
「ゴホン……。
ヴァイス君だったね。君には、いつも助けられている」
「お役に立てるのであれば、なによりです」
「これからもよろしく頼むよ。もちろん、情報料は弾ませてもらおう」
「いえいえ、身にあまるお言葉です」
彼の返事は、言葉にこそ遠慮する様子を見せるが、報酬を遠慮する気はないようだ。
さすが金にがめついヴァイスだと、感心させられる。
だからこそ、使いやすい相手ともいえるのだけれども。
「では、あとは私の仕事だ。
フレックスに対しては、私から指導させてもらおう」
「お待ちください、お父様」
「む? どうしたエリヌス」
「私も、同行させていただけませんでしょうか」
「なっ……!? なぜ突然そのようなことを?」
「それは……。私の言い出したことですし……。
最後まで、見届ける必要があるかと……」
少し言い訳が苦しい。
相手の出方を直に見て、必要ならばもう一人の私が処理するつもりだ。
だからこそ直接会う必要がある。本当に処理すべき悪人であるかを見極めるために。
そう苦しむ私に、ヴァイスのよそ行きの声が耳に入ってきた。
「エリヌスさん。やっぱり、ミー先輩のことが気になるんですね?」
「む? どういうことだね、ヴァイス君」
「はい。偶然学園で出会った、ミーという女生徒が、借金を理由に退学するという話を聞いたのです。
借金をした相手がフレックス様でして、その話の流れから、調べるにいたったのです。
それもあって、エリヌスさんは気に病んで、今回ついて行きたいと仰ったのではないかと……」
「エリヌス……。君はなんて優しいんだ……。
水臭いではないか、そのような事情を話してくれないなんて」
「それは……。私情をお父様の公務に挟むのは、良くないと思いまして……」
「そこまで考えて……。優しいだけじゃなく賢い。
本当にお前は、私にはもったいないほどだよ」
「ありがとうございます……」
私にだけ送られるヴァイスのにやけヅラが、さらにひどくなった。
この借りは、高くつきそうだ……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!