悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

フレックス事件(6)

公開日時: 2021年7月6日(火) 21:05
文字数:2,462



「お父様、続きをよろしいでしょうか」


「はっ……! すまない、君が私を心配してくれているという喜びのあまり……」


「いえ、お父様のお気持ちは、しかと胸に響いておりますわ」



 父は私を解放すると、少し、ほんの少しだけ離れて座りなおし、恥ずかしげに身なりを整える。

同じように私も髪をかきあげ、一呼吸開けて話を続けた。



「話によれば、例の死神という者は、凶器に鉄の玉を使うという話です。

 それを魔法によって発射し、建物の外からでも相手を撃ち抜けると……」


「そんなことまで、噂になっているのか……」


「いえ、これはこちらで調べました。

 万一の事態に対処するには、なによりも情報が重要ですので」


「本当に君は……。よく考えている子だ……」


「お父様のお力になるためですもの。当然です」


「そうか……」



 また涙ぐみはじめたが、少々面倒になってきたので気付かぬふりして続けた。



「ですので、そのような高度魔法であれば、妨害結界によって防げるのではないかと考えたのです」


「あぁ、すぐにでも用意させよう。

 君が安心して暮らすためには、手を尽くすのは当然だ」


「ありがとうございます。あと、もうひとつ耳にした話がありまして……」


「うん? まだなにかあるのかい?」



 父は、不思議そうな顔をしている。

身の安全のためならば、妨害結界だけで済む話だ。

なので、これで終わりだろうと考えていたようだ。

けれど、私にとってはここからが本番である。



「こちらの話は、確証があるわけではないのですが……。

 かの死神は、世直しめいたことをしているという噂なのです」


「なんだと!? ただの人殺しが、美化されているというのか!?」


「落ち着いてください、お父様」


「これが落ち着いていられるか!?

 人の命を奪い、世を混乱させる者。そしてなにより、君を不安にさせた者を美化するなど!!

 そのような風説を流した者は、処罰されてしかるべきだ!!」


「お父様のお怒りはごもっともです。

 そのような者は、日々この国を、いえ世界をより良く導こうと腐心する、お父様を侮辱するも同義です。

 私も、到底許せるものではありません」


「君もそう言ってくれるか!

 ならば、そのような戯言を言う者を牢へと……」


「お待ちください、お父様。

 これは、口を封じれば済む問題ではないと、私は考えたのです。

 そのように言わせるだけの何かが、見えないところで起こっているのではないかと……」


「なっ……。エリヌス、君は我ら貴族が、非難されるべき立場にあると言うのか!?」


「そうではありません。ですが安易な処罰は、逆効果でしょう。

 ここは、そのように言われる理由を調べてからでも遅くないかと……」


「む……。そうだな、すまない。

 いつになく、感情的になってしまっていたようだ」


「それほどまでに、許せぬ相手とお考えなのでしょう?

 それは、お父様の高潔さゆえですわ」


「あぁ……。私はなんて幸せ者なのだろう。

 非難することなく、そのように言ってくれる娘を持てるなど、これ以上の幸せがあるだろうか……」


「私も、お父様の娘であることを誇りに思いますわ」


「エリヌス……!」



 またもがっしりと抱きしめられる。

父は、その胸に抱いた女こそが、死神であることなど知る由もない。





 その後の父の誘導は簡単だった。

ヴァイスを使い、をした情報を、父に耳に入れてやればいい。

これまでの事件の被害者たちの、裏の顔を吹き込めば、死神が救世主と言われる理由にも、父は一部納得したのだ。


 そして自身の派閥に属する金貸しが、狙われるに足る悪行を重ねていることも、父は初めて知ったのである。

深刻そうな表情で報告するヴァイスだったが、振り向きざまに私にだけ見えるよう、悪い笑みを浮かべていた。



「私が不甲斐ないばかりに、君を不安にさせてしまったのだな」


「いえ、お忙しいお父様が全てを把握するなど、難しいのは承知しております。

 その分は、私と彼が微力ながらお手伝いいたしますわ」


「エリヌス……」



 ビクッと身体を震わせる父だったが、さすがに部外者であるヴァイスの前では、抱きしめたいという衝動は押さえつけたようだ。



「ゴホン……。

 ヴァイス君だったね。君には、いつも助けられている」


「お役に立てるのであれば、なによりです」


「これからもよろしく頼むよ。もちろん、情報料は弾ませてもらおう」


「いえいえ、身にあまるお言葉です」



 彼の返事は、言葉にこそ遠慮する様子を見せるが、報酬を遠慮する気はないようだ。

さすが金にがめついヴァイスだと、感心させられる。

だからこそ、使いやすい相手ともいえるのだけれども。



「では、あとは私の仕事だ。

 フレックスに対しては、私から指導させてもらおう」


「お待ちください、お父様」


「む? どうしたエリヌス」


「私も、同行させていただけませんでしょうか」


「なっ……!? なぜ突然そのようなことを?」


「それは……。私の言い出したことですし……。

 最後まで、見届ける必要があるかと……」



 少し言い訳が苦しい。

相手の出方を直に見て、必要ならばもう一人の私が処理するつもりだ。

だからこそ直接会う必要がある。本当にすべき悪人であるかを見極めるために。


 そう苦しむ私に、ヴァイスのよそ行きの声が耳に入ってきた。



「エリヌスさん。やっぱり、ミー先輩のことが気になるんですね?」


「む? どういうことだね、ヴァイス君」


「はい。偶然学園で出会った、ミーという女生徒が、借金を理由に退学するという話を聞いたのです。

 借金をした相手がフレックス様でして、その話の流れから、調べるにいたったのです。

 それもあって、エリヌスさんは気に病んで、今回ついて行きたいと仰ったのではないかと……」


「エリヌス……。君はなんて優しいんだ……。

 水臭いではないか、そのような事情を話してくれないなんて」


「それは……。私情をお父様の公務に挟むのは、良くないと思いまして……」


「そこまで考えて……。優しいだけじゃなく賢い。

 本当にお前は、私にはもったいないほどだよ」


「ありがとうございます……」



 私にだけ送られるヴァイスのにやけヅラが、さらにひどくなった。

この借りは、高くつきそうだ……。

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