「俺には野望がある。そしてその野望は、急がなきゃなんねぇんだよ」
『野望、にございやすか』
「ああ。手に入れたいモノがあんだよ。命に代えてもな……」
『ほう……。それが、あの摩訶不思議な魔法を使う者と関りがあると』
「いんや違う。俺に鉄の死神を追うよう依頼してきたヤツに貸しを作る。それが手に入れるために必要なことなんだ」
私を介して、一人と一匹はぽつぽつと話はじめた。
そういえば私、スキルを教えてくれるとか、エリヌス様の話を聞かせてくれるとか、あとお昼をご一緒するとか……。
諸々の報酬(と言っていいのかわかんないけど)に釣られて手伝わされてるけど、ヴァイス本人がなんで鉄の死神を追っているのかは、詳しく聞いてなかったのよね。
まあ、特に興味もなかったし、どうせ情報屋として動くためにやってるんだろうなって思ってたから、聞かなかったんだけどね。
もちろん、どうせ教えてくれないと諦めていたというのも理由だけど。
『貸し、にございやすか』
「ああ……。いや、違うか。俺は、試されているんだろう」
『試されている?』
「どれほど有用か、俺を手駒に入れられれば、どれだけの利益を生み出すのか……」
『なるほど、相手方もなかなか“賢い”お方なようで。
しかし、その話と急がなければならないという事情、少々繋がりやせんな』
「…………」
ヴァイスの表情が、キッと険しくなる。
けれどその睨む先は、エージェントNでもなく、もちろん私でもない。
明後日の方向とでも言うべきか、なにかを心で思い浮かべながら睨みつける様子だ。
「急がねえと、俺の欲しいモンが別のヤツの手に渡っちまうんだよ」
『ふむ……。そちらさんの求めるモノが何かは知りやせんが、皆が欲しがるモノであると』
「って、ちょっといい? あなたまがりなりにも貴族でしょ? そんな人が手に入れられないものなんてあるの?
なんなら、誰にも気づかれないスキル持ってるんだから、盗んじゃえばいいじゃない」
「あ? 猫がそう言ってんのか?」
『お嬢、通訳に徹していただけやすでしょうか』
二人のあきれた視線がこちらへと同時に向き、苦言を呈される。
いやだって気になるじゃない。コイツの立場なら、大抵のものは難なく手に入るはずよ?
私が同じスキル持ってて、どうしても欲しいものがあるなら、完全犯罪確実な方法を考えて盗みに入ると思うもの。
悪知恵の働くヴァイスなら、私よりもっといい作戦を思いつくはずだしね。
「ごめん、気になっちゃって」
「まあいい。とりあえず、俺の欲しいモンは、そんな盗めるようなモンでもねえさ。
いや、実際には人のモンを獲ろうとしてる時点で、盗もうとしてんのと同じかもしれねえけどな」
「へぇ、貴族でも手に入らないものとかあるんだ」
「むしろ貴族だから、階級に縛られてんだよ。所詮俺は準男爵、貴族の中じゃ最底辺さ」
「貴族ってのも、ひとくくりに語れないものなのね」
『お嬢、さきほどの続きをお願いしても?』
「あ、ごめん。通訳続けまーす」
意外よね、この男がこんなに手に入れるのに苦労するものがあるなんて。
それってなんなんだろう? 大きすぎて運べないとか?
あ、もしかして、物じゃなくて、爵位とかそういう地位だったりして……。
ありうるわ。この男のことだから、貴族間でさらに上の爵位を取って、暴虐無尽な振る舞いをしかねないもの。
ということは、あんまり真面目に協力するのはマズいかもしれないわね……。
「んだよ?」
「別に?」
危ない危ない、顔に出てたかな?
ともかく今は様子見しながら、危なそうなら計画を潰すことも考えなくちゃ。
それに、追っている鉄の死神だって、本当に悪い人には思えなかったもの……。
エージェントNの通訳を続けながら、そういうことも考えておかなくちゃね。
『要するに、手に入れたいものがそう遠くない未来に誰かの手に渡る。
それを阻止し、自らの手中に収めるため、急ぎ持ち主に貸しを作り、譲り受けなければならない。
そういうことにごぜえやしょうか』
「ま、そういうこったな」
『フッ……。良いでしょう、そういう事情であれば、あっしも協力を惜しみはしやせんよ』
「意外と物分かりが良いこって……」
『ええ。永く生きたあっしも、この命馬に蹴られ失いたいとはおもっていやせんので』
「おまっ……。本当は分かってて聞いたのか!?」
『人間に取り入り、媚びることが愛玩動物の生きる術。ならば人間のことは、言葉がなくともそれとなく分かるもの。
そちらさんにやましい事情を感じやせん。安心してお嬢を任せられるというものです』
「猫の癖に生意気な……」
『しかし、その生意気な猫からひとつ忠告にごぜえやす。
たとえそれが命を賭けて手に入れたい者であっても、本当に命散らせば手に入れたとは言えやせん。
視野狭窄に陥らず、一つの方法に固執せず、他の方法も探ってはいかがでございやしょう』
「チッ……」
なんだかよく分からないうちに、エージェントNの方が言いくるめてるようね。
なんだかんだ、人生経験ならぬ猫生経験の長さが、ヴァイスにさえ一枚上手に働いているようだ。
ホントこの子、ただのボス猫なのかしら? なんて思っていると、ヴァイスは背を向けて歩き出す。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「今回はこれで終わりだ。またなんかあったら連絡する」
「えっ!? ちょっと!?」
『お嬢、そっとしといてやりやしょう。あちらさんにも、頭を冷やす時間は必要にございやしょう』
「えぇ……。まあ、あなたがそう言うならいいけど……」
次第に赤く染まる空の下、少し猫背のヴァイスは、いつもとは違い背景に溶けるようなスキルを使うことなく、少しの哀愁を背にとぼとぼと歩いてゆく。
様子がおかしいと思いつつも、私はただ甘える猫を抱っこしながら、その背中を見送るしかできないでいた。
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