テーブルにどさりと置かれた小袋を、情報屋ヴァイスは遠慮なく口を開け中身を確認する。
取引なのだからなんの遠慮もしない、当然の反応だ。だが、情報を買う側であるフリードの目には、その姿は浅ましく映った。
「失礼ながら、硬貨で頂戴できますでしょうか」
情報屋の開いた口から続く言葉に、フリードの嫌悪感がさらに増したのは言うまでもないだろう。
小袋の中には、十分すぎるほどの額の紙幣が入っていたのだから、文句を言われる筋合いはないと言いたくなるのも無理のない話だ。
「なんだ? 情報屋をやめて、国外逃亡でもするつもりか?」
「ええ。万一の事態には、その可能性もありますからね。
そうなれば紙幣などただの紙きれ。硬貨ならば、金属の価値くらいは担保できますでしょう?」
「危ない橋を渡っているという自覚はあるようだね」
「もちろん、それ以外にも理由はありますよ。紙幣に関する、黒い噂もありますからね」
「ほう……」
フリードはそこで会話を打ち切った。
そして部屋に備え付けてある金庫から、金貨の入った袋を取り出し、これで文句ないだろと言いたげにヴァイスへと放り投げたのだ。
「確かに頂きました」
「その分の働きはしてもらいますよ」
「働き、ですか……。残念ながら、私は口は出しても手は出しませんので」
「それで十分さ。君が手を下せるほど、簡単な相手でもないのだからね」
「確かにおっしゃる通りです。なにせ相手は公爵令嬢ですから」
「だからこそ、私も手をこまねいているのだよ。君にそれを覆せるほどの知恵があるのなら、お聞かせ願いたいところさ」
「まあ、大した話ではありませんよ」
クククと含みのある笑いのあと、ふっと息を付き、静かにヴァイスは語り出す。
「ところでフリード様、鉄の死神の噂というのは、ご存知でしょうか」
「なんだ、藪から棒に……。当然話は耳に入っているさ。貴族や豪商を狙った賊の通称だろう?
いったい、憲兵達はそのようなものになぜ手こずっているのやら……」
「夏の間は大人しかったようですが、最近また一人消されたようですね」
「…………。それがいったいどうしたというんだ。今話すことか?」
「おっと、そんな怖い顔をしないで下さいよ。
私はなにも、次狙われるのが誰だとか、そんな物騒な話をしにきたわけではありませんから」
「おや、これははやとちりだったかな。次に狙われるのが私であると言いたいのかと思ったんだがね」
「そんなまさか。次に狙われる者が分かっているのなら、もっとうまい商売に繋げますよ」
「確かに、それもそうだね」
フリードの痛いほどにキツい目つきが、すっと元の柔らかな眼差しへと戻る。
それを確認し、ヴァイスは続けた。
「私も、鉄の死神について色々と調べてはいるのですよ。けれど、相手の方が何枚も上手のようでしてね……。
自分で言うのもなんですが、まさか私が全く存在をつかめない相手がいるとは、思いもしませんでした」
「君が白旗を上げる相手が居るとは、意外だな」
「ええ。けれど、だからこそ使えると思いませんか?」
「使える、とは?」
「誰か分からないのであれば、誰かにその存在を重ねることも可能かと……」
「存在を重ねる?」
的を射ない話に、フリードは首を傾げた。
まったくこれだから甘ちゃんはと、内心相手を馬鹿にするヴァイスだが、表情に出さず平坦な声で先を話す。
「たとえば、弓の名手が居たとして……。たとえばその隣に、非常に強力な魔法を使える者が居たとして……。
その二人が協力したのなら、鉄の死神と同じことが可能ではないかと」
「それはつまり、君は鉄の死神の正体に気付いたということかい?」
「いいえ。そうではありませんよ。現状はまだ、状況的に可能な人物というだけです。
けれど現状を俯瞰すれば、その二人を断罪するには十分な状況でもあると……。
弓の名手が、その実力を公表せず隠しているのならなおのこと」
「君がなにを言いたいのか、分かってきた気がするよ。
つまりその二人を使って、我が宿敵エリヌスを抹殺しろと言いたいのだね?」
「ははは、これまた物騒なご冗談を……」
「おや、そういう風にしか捉えられなかったのだがね」
「逆ですよ逆。その弓の名手こそ、エリヌス様ご本人です。
そして強力な魔法を使える者、それはエリヌス様専属メイドの、エイダという者です」
「なに!? それは本当なのか!?」
ぐっと身を乗り出し、ヴァイスに詰め寄るフリード。
興奮した猫のように、毛を逆立てている姿が幻視されるその様子を、表情ひとつかえずヴァイスは眺めた。
まったく、乗せやすいヤツだなと内心ほくそ笑みながら。
「私は職業柄嘘がつけないのですよ。全て本当です。
エリヌス様のスキルと、メイドのエイダのスキル。
ご提供したこの二つの情報をうまく使えば、フリード様の目的は達成できるかと存じます」
「…………。確かにこれは、国外追放まで持って行ける事案だ。
しかし、それが本当かどうか裏を取らねば……」
「メイドのエイダに関しては簡単ですよ。なにせ学園に張り巡らされた結界は、彼女が張ったものですから。
問題はエリヌス様です。そうですね……、使用人などを買収すれば、情報を聞き出すことも可能かと」
「うむ、ならばさっそく情報収集だ。良い取引だった。
全てが片付いたならば、君にはさらなる報酬と、それ相応の立場を用意しよう」
「ありがとうございます」
喜び勇むフリードに対し、ヴァイスは最後まで営業用の笑みを崩さなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!