悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

05情報売却

公開日時: 2022年2月16日(水) 21:05
文字数:2,191

 テーブルにどさりと置かれた小袋を、情報屋ヴァイスは遠慮なく口を開け中身を確認する。

取引なのだからなんの遠慮もしない、当然の反応だ。だが、情報を買う側であるフリードの目には、その姿は浅ましく映った。



「失礼ながら、硬貨で頂戴できますでしょうか」



 情報屋の開いた口から続く言葉に、フリードの嫌悪感がさらに増したのは言うまでもないだろう。

小袋の中には、十分すぎるほどの額の紙幣が入っていたのだから、文句を言われる筋合いはないと言いたくなるのも無理のない話だ。



「なんだ? 情報屋をやめて、国外逃亡でもするつもりか?」


「ええ。万一の事態には、その可能性もありますからね。

 そうなれば紙幣などただの紙きれ。硬貨ならば、金属の価値くらいは担保できますでしょう?」


「危ない橋を渡っているという自覚はあるようだね」


「もちろん、それ以外にも理由はありますよ。紙幣に関する、黒い噂もありますからね」


「ほう……」



 フリードはそこで会話を打ち切った。

そして部屋に備え付けてある金庫から、金貨の入った袋を取り出し、これで文句ないだろと言いたげにヴァイスへと放り投げたのだ。



「確かに頂きました」


「その分の働きはしてもらいますよ」


「働き、ですか……。残念ながら、私は口は出しても手は出しませんので」


「それで十分さ。君が手を下せるほど、簡単な相手でもないのだからね」


「確かにおっしゃる通りです。なにせ相手は公爵令嬢ですから」


「だからこそ、私も手をこまねいているのだよ。君にそれを覆せるほどの知恵があるのなら、お聞かせ願いたいところさ」


「まあ、大した話ではありませんよ」



 クククと含みのある笑いのあと、ふっと息を付き、静かにヴァイスは語り出す。



「ところでフリード様、鉄の死神の噂というのは、ご存知でしょうか」


「なんだ、藪から棒に……。当然話は耳に入っているさ。貴族や豪商を狙った賊の通称だろう?

 いったい、憲兵達はそのようなものになぜ手こずっているのやら……」


「夏の間は大人しかったようですが、最近また一人消されたようですね」


「…………。それがいったいどうしたというんだ。今話すことか?」


「おっと、そんな怖い顔をしないで下さいよ。

 私はなにも、次狙われるのが誰だとか、そんな物騒な話をしにきたわけではありませんから」


「おや、これははやとちりだったかな。次に狙われるのが私であると言いたいのかと思ったんだがね」


「そんなまさか。次に狙われる者が分かっているのなら、もっとうまい商売に繋げますよ」


「確かに、それもそうだね」



 フリードの痛いほどにキツい目つきが、すっと元の柔らかな眼差しへと戻る。

それを確認し、ヴァイスは続けた。



「私も、鉄の死神について色々と調べてはいるのですよ。けれど、相手の方が何枚も上手のようでしてね……。

 自分で言うのもなんですが、まさか私が全く存在をつかめない相手がいるとは、思いもしませんでした」


「君が白旗を上げる相手が居るとは、意外だな」


「ええ。けれど、だからこそ使えると思いませんか?」


「使える、とは?」


「誰か分からないのであれば、誰かにその存在を重ねることも可能かと……」


「存在を重ねる?」



 的を射ない話に、フリードは首を傾げた。

まったくこれだから甘ちゃんはと、内心相手を馬鹿にするヴァイスだが、表情に出さず平坦な声で先を話す。



「たとえば、弓の名手が居たとして……。たとえばその隣に、非常に強力な魔法を使える者が居たとして……。

 その二人が協力したのなら、鉄の死神と同じことが可能ではないかと」


「それはつまり、君は鉄の死神の正体に気付いたということかい?」


「いいえ。そうではありませんよ。現状はまだ、状況的に可能な人物というだけです。

 けれど現状を俯瞰すれば、その二人を断罪するには十分な状況でもあると……。

 弓の名手が、その実力を公表せず隠しているのならなおのこと」


「君がなにを言いたいのか、分かってきた気がするよ。

 つまりその二人を使って、我が宿敵エリヌスを抹殺しろと言いたいのだね?」


「ははは、これまた物騒なご冗談を……」


「おや、そういう風にしか捉えられなかったのだがね」


「逆ですよ逆。その弓の名手こそ、エリヌス様ご本人です。

 そして強力な魔法を使える者、それはエリヌス様専属メイドの、エイダという者です」


「なに!? それは本当なのか!?」



 ぐっと身を乗り出し、ヴァイスに詰め寄るフリード。

興奮した猫のように、毛を逆立てている姿が幻視されるその様子を、表情ひとつかえずヴァイスは眺めた。

まったく、乗せやすいヤツだなと内心ほくそ笑みながら。



「私は職業柄嘘がつけないのですよ。全て本当です。

 エリヌス様のスキルと、メイドのエイダのスキル。

 ご提供したこの二つの情報をうまく使えば、フリード様の目的は達成できるかと存じます」


「…………。確かにこれは、国外追放まで持って行ける事案だ。

 しかし、それが本当かどうか裏を取らねば……」


「メイドのエイダに関しては簡単ですよ。なにせ学園に張り巡らされた結界は、彼女が張ったものですから。

 問題はエリヌス様です。そうですね……、使用人などを買収すれば、情報を聞き出すことも可能かと」


「うむ、ならばさっそく情報収集だ。良い取引だった。

 全てが片付いたならば、君にはさらなる報酬と、それ相応の立場を用意しよう」


「ありがとうございます」



 喜び勇むフリードに対し、ヴァイスは最後まで営業用の笑みを崩さなかった。

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