悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

ミー先輩は調査員

01ミーの学園記録

公開日時: 2021年7月13日(火) 21:05
文字数:3,294



「ミー、うちのことは心配しなくていい。

 特待生になれたんだ、学園を楽しんでおいで」



 そう言って送り出してくれたお父さんだったけど、私には学園を楽しむ余裕なんてなかった。

周りは貴族ばかり。特待生だといっても、貴族にとって平民なんて、その辺の野良犬と変わらないんだろう。


 貴族の人たちに、友達と呼べるような人も居ない。

他の特待生も居たから、ひとりぼっちなんかじゃないけど、貴族は同じ部屋にいても、見えない壁の向こうの人たちなんだって思ってた。


 けど、あの人だけは違った。

貴族だからって偉そうにするでもなく、威圧するでもなく……。

まあ、実際偉いんだろうし、平民に舐められちゃいけないとか、そういうのもあるんだろうけど……。

でもあんな人は、初めてだった。



「エリヌス様……。素敵な方でした……」


「ミーってば、その話ばっかりだねぇ」



 いつも昼休みを一緒に過ごすクラスメイトに、ため息をつかれてしまった。

けれど公爵、つまり貴族の中でも国王家の次に力のある家に生まれながら、平民にもお優しいなんて、憧れを抱かないわけがない。



「凛とした佇まい、素早い行動力。そして男性にも臆さぬ、強い方……」


「でも年下なんだよね?」


「あれほど出来た方なら、年齢なんて些細な問題でしょ!?」


「そりゃまあ、そうだろうけどさ」


「はぁ……。お近づきになりたい……。

 けれど相手は公爵様。私には、お礼の花を贈るのが精一杯……」


「ミーにしては、頑張ったほうかもね」



 少し言葉に棘を感じたけれど、その通りだと思う。

誰かに相談するとか、誰かを頼るとか、そういうのが元々苦手で、神頼みしかできなかった私。

人と関わるのも、あまり得意ではないと自分で分かっている。

その上、相手はあのエリヌス様なんだから……。



「でもさ、このままでいいの? ウジウジ昼休みに語るだけでいいの?」


「でも、私なんかがエリヌス様に……」


「いやいや、これ以上ないチャンスだよ?

 卒業しちゃったら、絶対に接点ない相手なんだよ?」


「そうだけど……」


「学園の生徒であるうちは、建前だけとはいえ、生徒同士は同じ立場なわけよ。

 なら、この機会にコネ作っとくのも悪くないんじゃない?」


「そんな風に思ってるわけじゃないの!!」


「ごめんごめん。ま、あたしが口出すことじゃないけどね?

 けど、今しかないのは確かだよ? 共通の話題は、熱いうちにしか使えないんだから。

 時間が経つほど、話しかけにくくなるよ?」


「うぅ……。でも、どうすれば……」


「そうだなぁ……。うん、お昼一緒に食べようって誘えば?」



 同じく特待生のクラスメイトは言うけれど、他人事だから言えることだよねぇ……。

けど何も行動しなければ変わらない、それもその通りだ。

エリヌス様は、見ず知らずの、たまたま会っただけの私のために行動してくれた人。

そんな風に私もなりたい。それなら、ちゃんと行動起こせるようにならなきゃね!



 ◆ ◇ ◆ 



 翌日、私はエリヌス様の昼食にお邪魔しようと、一年生のフロアへとやってきたのだった。

さすがに貴族だからって、昼食がフルコースなんてことはない。少なくとも私の見ている範囲の貴族は。

なので、きっとエリヌス様も私たちと同じように、お弁当のはずだ。


 うーん……。でも相手は公爵様だし、やっぱり専属のコックが居て、別室での食事とか……。

いやいや、ここまで来て引き下がれないわ。

やめておく理由なんて探せばいくらでもあるけど、頑張って一歩踏み出さなきゃ!


 そう思い、一年生たちをかき分け廊下を進めば、神々しいまでに美しい、流れる金髪が一瞬視界に入った。

たとえ一瞬でも見間違いようがない。エリヌス様だ。

彼女は廊下の角を曲がり、すぐ見えなくなってしまう。

追いかけようと早足で進めば、その先の部屋に入ってしまった。


 そこはお手洗い。さすがに、この中に入って行って、昼食のお誘いなんてのはやめた方がいいだろう。

もちろん、貴族専用なんてことはないし、女の子同士だから問題もない。

けれど、お手洗いの最中くらい、誰にも邪魔されたくないのは、私だって同じだ。

入り口近くの壁にもたれ掛かり、私はエリヌス様が出てくるのを待つ。

そうしていると、なにやら中が騒がしくなった。



「――――! ――――!!」



 会話の内容は聞き取れないけれど、エリヌス様の声だ。

何か問題があったのかと、そっと中を覗く。

そこで見たものは、パンっと軽い音と共に、桃色の髪の女生徒を平手打ちするエリヌス様の姿だった。



「っ……!?」



 おもわず声が出そうになり、口を押さえる。

見てはいけないものを見てしまった。そう思い、覗いていた顔を引っ込める。


 一体なにが……?

いえ、でもきっと見間違いよ。だって、あんなにお優しいエリヌス様が、人を叩くなんて……。

もし見間違いじゃなくたって、きっとなにか事情が……。

思いなおし、深呼吸してから、もう一度覗きこむ。

次に見たものは、さっきのことがまだマシだと思える光景だった。


 お付きのメイド服の女から、水の入ったバケツを受け取り、相手に向かって中身をぶちまけたのだ。

相手は何も言わず、されるがまま。うつむき、ぽたぽたと髪から雫を落としながら、肩を震えさせていた。


 冷たいものが背中を伝ったような感覚を覚え、私は逃げ出した。

廊下の隅に逃げ込んで、あれが一体なんだったのか考える。

けれど、どう考えたって……。



「見ちまったか」



 突然の言葉に、びくりと体が飛び跳ね、硬直する。



「ひぃっ! なっ! 何も見てませんっ!!」


「おいおい、どんだけビビってんだよ、ミー?」



 ばっと後ろを振り返れば、ニヤニヤとした表情の男が立っていた。

情報屋として名の通った男、準男爵家のヴァイスだ。



「なっ、なんのことですかっ!? なにも見てませんけどっ!?」


「ホントに見てないやつってのは、わざわざ見てないとは言わないんだよなぁ」



 ねっとりとしたような口調と表情。

それは、闇へと引きずり込もうと画策する、悪魔のような笑みだった。



「なっ、なんですか! 何が目的なんですかっ!?」


「まあまあ、落ち着きなよセンパイ。アレは、一年じゃ知らないヤツはいねえ話さ」


「アレって……」


「お慕いしているエリヌス様の、裏の顔ってヤツ?」


「っ……!」



 信じたくなかった。受け入れたくなかった。

けれど、この男の口から出た言葉なら、信じる他ない。

彼は情報屋。嘘は信頼を崩す。だから、彼は絶対に嘘は口にしない。

……と、言われている。



「ま、信じなくてもいいさ。現実から目を背けるのも、賢い生き方だしな」


「あなたは……。あなたは、知っていながらなぜ止めないんですか?」


「え? なんで俺が止めねえといけねーの?」


「だって……」


「だって、なんだよ? 俺には関係ないことだろ?

 アイツがなにしようが、アイツの勝手さ。もちろん、俺がなにしたって、俺の勝手だしな」


「けどっ……」


「けど、なんだ?」


「もう、いいです……」



 結局、私の思い違いだったのだ。

エリヌス様も、他と同じ。ただの貴族でしかなかったのだ。

たまたま私は、情けをかけられただけ。

ただなんとなく、そういう気分だったから助けられただけなんだ。



「教室に戻ります。さよなら」


「おい待てよっ!」



 重い身体を引きずるように帰ろうとする私に、ヴァイスさんは腕を取ってひきとめた。



「離してっ!」


「おいおい、せっかく俺が声かけてやったんだぜ?

 情報のひとつくらい買ってけよ。安くしとくぜ?」


「いりません!」


「センパイ、まだ自分のスキル分かってないだろ?

 いくらで買う? 早めに買っとく方がお得だぜ?」


「いらないって言ってるでしょう!?」


「なんだ、せっかく安くしてやろうと思ったのにな。

 そうだな……。それじゃ、こういう情報ならどうだ?」


「何もいらな……」


「エリーちゃんが、あのピンク髪をイジメてる理由……。

 いらねえか。そっかそっか、残念だなぁ」


「えっ……。理由があるんですか?」


「おっ、食いついたな? いくらで買う?」



 理由、そんなものあったって、やっていることは変わらない。

理由をつけたって、罪が軽くなるわけじゃない。



「…………。内容次第です」



 けれど、すがりたかった。

正当な理由なら、きっとこの肩にのしかかる失望という重荷を、捨て去れる気がしたから……。

本日より第二章スタートです。

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