悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

04ミーの市場調査

公開日時: 2021年7月17日(土) 02:05
文字数:3,146

 情報屋ヴァイスの誘いに乗り、噂を調査することになった。

それも、ただの噂ではない。横暴な貴族、庶民の敵とされる貴族の噂。

そして今日は週末。仕事を始めるには、絶好のタイミング。なのだけど……。



「そんなの、どこで調べればいいのよ!?」



 ふと彼の話を整理して、私は自室で居もしない相手にツッコミを入れた。

かといって、なにも成果を出せないでいれば、なにをされるかわかったもんじゃない。


 彼のことだ、私の悪い噂を流すとか、過去の触れられたくない話を吹聴して回るとか……。

あれ? それって、別に恥ずかしいだけで、実質ノーダメージでは?

今後の人生で痛手になるような情報なんて、平民にはないんだもの。


 ま、まぁ、一応調べましょう。

なにもしないのは、気が引けるというか、利益だけ掠め取るようで、悪徳貴族と変わらない気がするし。



「噂……、噂……。その辺に転がってるものでもないしなぁ……。

 迷い猫探しの方が、よっぽどマシかもしれないわ……」



 とりあえずメモとペンを持って家を出たものの、なんの手がかりもないどころか、実態もないものを探すのは無茶というものだ。

そのうえ、貴族の悪い噂話なんて、普通はコソコソとするものだもの。


 しかし、噂好きってのは居るはずだ。

ここだけの話を、会う人全員にしちゃうような人ってのは、結構聞く人物像だしね。

そう、近所のおばさんみたいな……。



「あっ、そっか。おばさんたちが行きそうなトコ行けばいいんだ」



 その考えに行きつけば、目的地ははっきりした。

もちろん、近所の井戸端会議に突撃するのが一番いいんだろうけど、私が行って話してくれるとは思えない。

なので、商店街に行くことにした。

店の人との話の中で、そういう噂が出てくるかもしれないからね。


 そしてやってきたのは、街の中でも庶民的で、良心価格の店が並ぶ商店街。

生活に必要なものは全て揃う、そんな謳い文句が似合う場所だ。


 ただし、貴族にとっては闇市同然。安いだけで、質がいいものが揃うとは言い難い。

そんな場所に買い物に来る貴族はいないし、何より貴族本人が買い物に来ていたら、逆にびっくりするわ。

もちろん、従者が来ることもほぼないだろう。

彼らにとっては、近寄ることもためらわれる場所なのだから。


 まさに下町という雰囲気の、少し薄汚れた建物が並び、威勢のいい店主たちの売り文句が響く。

ま、大抵「安い」としか言ってなくて、品質で勝負する店はないのだけどね。

そんな中で、八百屋の店主に声をかけられた。



「嬢ちゃん、おつかいかい?」


「えーっと、ちょっと用事があってね」


「そうかいそうかい! ウチで買ってきなよ! 今日はトマトが安いぜ!?」


「えーっと……」



 こういう時、ばしっと断れる人がうらやましい。

というか、用事があるだけだって言ったのに買わせようとするなんて、もしかして私の声、聞こえてないんじゃない?


 うまく逃げる言い訳を考えていると、ふと知った人を見かけた。

ピンク色の髪の女の子。制服は着てないけど、学園で見かけた人だってのはすぐ分かった。



「あっ! いたいた!! こっちこっち!

 おじさんごめんね! 約束あるから!」



 私は、その人に声をかけ手をふる。

そして、客引きから逃げるよう駆け出した。

それにしてもあの子、どこで見かけたんだっけ……。

あっ……!



「なっ……、なんですか……」



 駆け寄る私に、ピンク髪の女の子は怖がっているように見えた。

そりゃそうだよね、知らない人からいきなり話しかけられたんだから。

私は小声で事情を話す。



「ごめんね、客引きにあったから」


「は………、はあ……」


「それにしても、こんなところで会うなんてね」


「えっと……。あの……、どこかで……?」


「ごめんごめん、学園で見かけたことあったからね。あなたもおつかい?」


「い、いえ……。家が近くで……」


「そうなんだ」



 このピンク髪の女の子こそ、エリヌス様にいじめられていた子だ。

そして、つい数ヶ月前まで、エリヌス様と仲の良かった子……。



『あいつはな、越えちゃいけないラインを越えちまったんだよ』



 情報屋ヴァイスは、前払いとして二人の関係を話だした。

私が手伝いを断れないように。仕事をせざるをえなくするために。



『エリーちゃんはな、同じ趣味の仲間として、放課後に遊んでやってたんだよ。

 ま、セイラがパチンコもってこなきゃ、的当てできねえんだから、逆に遊んでもらってたのかもしれねえけどな』



 二人は、放課後こっそりと一緒に遊ぶほどの仲だった。

その姿を見ていたヴァイスもまた、二人の仲の良さは疑っていなかったそうだ。

けれど、事件は起きてしまった。



『けどよ、どれだけ仲が良くたって、貴族と平民にゃ、越えちゃいけない線がある。

 あいつは見誤ったんだ。その線をな』


『いったい、なにがあったんです?』


『まー、俗に言う夜這いってやつだな』


『へ……? あれ? あの子、女の子でしたよね?』


『ちょ、マジに取んなよ。準男爵ジョークさ。

 アイツは、夜中にエリヌスに会いに、屋敷に忍び込んだんだよ』


『それは、相手が貴族でなくたってアウトですよ。まさか、窃盗目的だとか?』


『さあな。けど今でもアイツが生きてるってことは、その気はなかったんだろう。

 もしくは、未遂で終わっただけかもしれんがな』


『それで、あんなことされても文句も言わずに……』


『そういうこったな。相手が公爵だから止めるやつもいねえし、事情を知ってれば、なお止められねえ』


『だから、あなたも見てるだけなんですね』


『いや? 俺は助ける義理もないから見てるだけだぞ』


『あっ……。あなたの人間性が最低なのを忘れてました』


『おい! せめて現実主義だと言え!』



 見てみぬふりするのは、たしかに現実主義かもしれない。

公爵家にたてつくなんて、裏で手を回されて国外追放なんてのは、一番幸運だった時の未来だろう。

順当に考えれば、言われもない罪での死罪か、もしくは行方不明かのどちらかなのだから。



『でも、それならなぜあの子は無事だったんでしょうか……。

 不法侵入なんて、貴族でなくたって明らかな違法行為ですよ?

 投獄は避けられないと思うのですが……』


『そりゃ、エリーちゃんのやさしさよ』


『やさしさ?』


『順当にいけば、死罪確定さ。

 けど、アイツに言わせれば、平民に甘い顔をした自分の判断ミスなんだとよ。

 だから、無罪放免……。ではないな、事件自体を揉み消したのさ』


『なるほど……』


『そんで見せしめとして、ネチネチ陰湿な嫌がらせしてんのよ。

 貴族に楯突いたやつがどうなるか、実演してやってるってワケ』


『それじゃあ……』


『そ。好きでやってるわけじゃねえ。

 なんなら、アレをやることで助けてやってんのさ』



 そんなの、誰も幸せになれない罰だ。

エリヌス様も、相手だって……。



『だから、アンタも気をつけな。エリーちゃんは、根が優しいからな。

 アイツの気苦労を増やしたくねえなら、ちゃんと線は見極めるんだな』


『なんとか……。なんとかならないんですか?』


『なにがだよ?』


『あの二人のことです』


『おいおい、お前もお節介かよ』


『だって、あんまりじゃないですか!

 エリヌス様も、相手の方も、二人とも罰を受けているようなものですよ!?』


『実際罰みたいなもんだしな。

 平民と貴族、それも公爵と関わった時点で、遅かれ早かれこうなることは決まってたんだよ』


『そんな……』


『ま、アンタはチャンスがあるぜ? なにせ、俺と利害で繋がってんだ。

 俺を通せば、エリーちゃんと昼メシ食うくらいはできるだろうよ』


『そんなの私はっ……!』


『これが、平民と貴族の線を越える方法。屋敷に忍び込むより、よっぽど現実的だろ?』


『…………』



 彼の言うことは、間違ってはいない。あの子は、関わり方を間違えたのだ。

そしてエリヌス様も、貴族としての振る舞いを間違えてしまった。

ただただ、不幸な出会いかたをしてしまっただけなんだ……。

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