情報屋ヴァイスの誘いに乗り、噂を調査することになった。
それも、ただの噂ではない。横暴な貴族、庶民の敵とされる貴族の噂。
そして今日は週末。仕事を始めるには、絶好のタイミング。なのだけど……。
「そんなの、どこで調べればいいのよ!?」
ふと彼の話を整理して、私は自室で居もしない相手にツッコミを入れた。
かといって、なにも成果を出せないでいれば、なにをされるかわかったもんじゃない。
彼のことだ、私の悪い噂を流すとか、過去の触れられたくない話を吹聴して回るとか……。
あれ? それって、別に恥ずかしいだけで、実質ノーダメージでは?
今後の人生で痛手になるような情報なんて、平民にはないんだもの。
ま、まぁ、一応調べましょう。
なにもしないのは、気が引けるというか、利益だけ掠め取るようで、悪徳貴族と変わらない気がするし。
「噂……、噂……。その辺に転がってるものでもないしなぁ……。
迷い猫探しの方が、よっぽどマシかもしれないわ……」
とりあえずメモとペンを持って家を出たものの、なんの手がかりもないどころか、実態もないものを探すのは無茶というものだ。
そのうえ、貴族の悪い噂話なんて、普通はコソコソとするものだもの。
しかし、噂好きってのは居るはずだ。
ここだけの話を、会う人全員にしちゃうような人ってのは、結構聞く人物像だしね。
そう、近所のおばさんみたいな……。
「あっ、そっか。おばさんたちが行きそうなトコ行けばいいんだ」
その考えに行きつけば、目的地ははっきりした。
もちろん、近所の井戸端会議に突撃するのが一番いいんだろうけど、私が行って話してくれるとは思えない。
なので、商店街に行くことにした。
店の人との話の中で、そういう噂が出てくるかもしれないからね。
そしてやってきたのは、街の中でも庶民的で、良心価格の店が並ぶ商店街。
生活に必要なものは全て揃う、そんな謳い文句が似合う場所だ。
ただし、貴族にとっては闇市同然。安いだけで、質がいいものが揃うとは言い難い。
そんな場所に買い物に来る貴族はいないし、何より貴族本人が買い物に来ていたら、逆にびっくりするわ。
もちろん、従者が来ることもほぼないだろう。
彼らにとっては、近寄ることもためらわれる場所なのだから。
まさに下町という雰囲気の、少し薄汚れた建物が並び、威勢のいい店主たちの売り文句が響く。
ま、大抵「安い」としか言ってなくて、品質で勝負する店はないのだけどね。
そんな中で、八百屋の店主に声をかけられた。
「嬢ちゃん、おつかいかい?」
「えーっと、ちょっと用事があってね」
「そうかいそうかい! ウチで買ってきなよ! 今日はトマトが安いぜ!?」
「えーっと……」
こういう時、ばしっと断れる人がうらやましい。
というか、用事があるだけだって言ったのに買わせようとするなんて、もしかして私の声、聞こえてないんじゃない?
うまく逃げる言い訳を考えていると、ふと知った人を見かけた。
ピンク色の髪の女の子。制服は着てないけど、学園で見かけた人だってのはすぐ分かった。
「あっ! いたいた!! こっちこっち!
おじさんごめんね! 約束あるから!」
私は、その人に声をかけ手をふる。
そして、客引きから逃げるよう駆け出した。
それにしてもあの子、どこで見かけたんだっけ……。
あっ……!
「なっ……、なんですか……」
駆け寄る私に、ピンク髪の女の子は怖がっているように見えた。
そりゃそうだよね、知らない人からいきなり話しかけられたんだから。
私は小声で事情を話す。
「ごめんね、客引きにあったから」
「は………、はあ……」
「それにしても、こんなところで会うなんてね」
「えっと……。あの……、どこかで……?」
「ごめんごめん、学園で見かけたことあったからね。あなたもおつかい?」
「い、いえ……。家が近くで……」
「そうなんだ」
このピンク髪の女の子こそ、エリヌス様にいじめられていた子だ。
そして、つい数ヶ月前まで、エリヌス様と仲の良かった子……。
『あいつはな、越えちゃいけないラインを越えちまったんだよ』
情報屋ヴァイスは、前払いとして二人の関係を話だした。
私が手伝いを断れないように。仕事をせざるをえなくするために。
『エリーちゃんはな、同じ趣味の仲間として、放課後に遊んでやってたんだよ。
ま、セイラがパチンコもってこなきゃ、的当てできねえんだから、逆に遊んでもらってたのかもしれねえけどな』
二人は、放課後こっそりと一緒に遊ぶほどの仲だった。
その姿を見ていたヴァイスもまた、二人の仲の良さは疑っていなかったそうだ。
けれど、事件は起きてしまった。
『けどよ、どれだけ仲が良くたって、貴族と平民にゃ、越えちゃいけない線がある。
あいつは見誤ったんだ。その線をな』
『いったい、なにがあったんです?』
『まー、俗に言う夜這いってやつだな』
『へ……? あれ? あの子、女の子でしたよね?』
『ちょ、マジに取んなよ。準男爵ジョークさ。
アイツは、夜中にエリヌスに会いに、屋敷に忍び込んだんだよ』
『それは、相手が貴族でなくたってアウトですよ。まさか、窃盗目的だとか?』
『さあな。けど今でもアイツが生きてるってことは、その気はなかったんだろう。
もしくは、未遂で終わっただけかもしれんがな』
『それで、あんなことされても文句も言わずに……』
『そういうこったな。相手が公爵だから止めるやつもいねえし、事情を知ってれば、なお止められねえ』
『だから、あなたも見てるだけなんですね』
『いや? 俺は助ける義理もないから見てるだけだぞ』
『あっ……。あなたの人間性が最低なのを忘れてました』
『おい! せめて現実主義だと言え!』
見てみぬふりするのは、たしかに現実主義かもしれない。
公爵家にたてつくなんて、裏で手を回されて国外追放なんてのは、一番幸運だった時の未来だろう。
順当に考えれば、言われもない罪での死罪か、もしくは行方不明かのどちらかなのだから。
『でも、それならなぜあの子は無事だったんでしょうか……。
不法侵入なんて、貴族でなくたって明らかな違法行為ですよ?
投獄は避けられないと思うのですが……』
『そりゃ、エリーちゃんのやさしさよ』
『やさしさ?』
『順当にいけば、死罪確定さ。
けど、アイツに言わせれば、平民に甘い顔をした自分の判断ミスなんだとよ。
だから、無罪放免……。ではないな、事件自体を揉み消したのさ』
『なるほど……』
『そんで見せしめとして、ネチネチ陰湿な嫌がらせしてんのよ。
貴族に楯突いたやつがどうなるか、実演してやってるってワケ』
『それじゃあ……』
『そ。好きでやってるわけじゃねえ。
なんなら、アレをやることで助けてやってんのさ』
そんなの、誰も幸せになれない罰だ。
エリヌス様も、相手だって……。
『だから、アンタも気をつけな。エリーちゃんは、根が優しいからな。
アイツの気苦労を増やしたくねえなら、ちゃんと線は見極めるんだな』
『なんとか……。なんとかならないんですか?』
『なにがだよ?』
『あの二人のことです』
『おいおい、お前もお節介かよ』
『だって、あんまりじゃないですか!
エリヌス様も、相手の方も、二人とも罰を受けているようなものですよ!?』
『実際罰みたいなもんだしな。
平民と貴族、それも公爵と関わった時点で、遅かれ早かれこうなることは決まってたんだよ』
『そんな……』
『ま、アンタはチャンスがあるぜ? なにせ、俺と利害で繋がってんだ。
俺を通せば、エリーちゃんと昼メシ食うくらいはできるだろうよ』
『そんなの私はっ……!』
『これが、平民と貴族の線を越える方法。屋敷に忍び込むより、よっぽど現実的だろ?』
『…………』
彼の言うことは、間違ってはいない。あの子は、関わり方を間違えたのだ。
そしてエリヌス様も、貴族としての振る舞いを間違えてしまった。
ただただ、不幸な出会いかたをしてしまっただけなんだ……。
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