翌日、私は学園を休んだ。名目上は、体調不良だ。
地下に投獄していたセイラは、口外しないことをきつく命じられ、朝までには釈放されていた。
二人とも同時に休むのは、何かあったのではないかと探りを入れられる可能性があるための処置だ。
けれど、どうせ話は広まってゆくだろう。人の口に戸はたてられぬというもの。
それは、当事者たちによってではなく、屋敷の人間によってだ。
それでも、建前上隠すことになっていれば、表立って噂を広める者はいない。
それは公爵家への反乱であり、その結果がどのような未来に繋がるかなど、説明するまでもないからだ。
それらの要素すらも事前に予測し、台本は組まれている。
私たちはただ、それに従って動くだけ。
まずは、自室の引っ越しからだ。
「ふむ……、塔の最上階か。
たしかにその部屋なら、簡単には侵入されないだろうが……」
父に部屋の移動を打診すれば、少々表情を曇らせる。
私が指定したのは、螺旋階段を上った先、屋根裏と表現するのが妥当な、四階相当の部屋だ。
「毎日階段を上がるのは、体への負担になるのではないか?
それなら、私の部屋の隣の方が、安心ではないだろうか?」
「お父様は、私を心配してくださっているのですね。
ですが、元はと言えば原因を作ったのは私。
ならば、少々の不便は、罰として妥当でしょう」
「罰など! 君は何も悪くないではないか!
罰を受けるのならば……」
父はそこで口を閉ざす。
釈放した人物を今更罰するなど、家の者しか居ない場であっても言えなかったのだ。
「罰を受けるのならば、私の方だ。
娘を守れなかった不甲斐ない父など、許されるはずがない」
「そんなことありませんわ。お父様は、何ひとつ悪くありませんもの。
それに、考えようによっては、階段も運動になっていいかもしれません。
万一の時は、結局自分の足で逃げるしかないんですもの」
「君がそこまで言うのなら……」
一瞬めんどくさい方向へと話が流れかけたものの、なんとかちちの説得は成功したのだった。
そして、ここからは引越し作業だ。
といっても、私自身が荷物を運ぶことなんてないのだけどね。
結局一日バタバタとしていて、学園を休んだのに、体は休まらなかった。
まあ、実際に体調不良だったわけでもないし、それはいいのだけど。
少し埃っぽい新しい自室で、初めての夜を迎える。
月明かりは塔の一部である、ゆるくカーブを描く壁の合間の窓から、優しく部屋を照らしていた。
月がのぞく窓の反対側には、螺旋階段の中心部である、大きな柱。
そこには、冷たい壁を隠すように、大きなキルトが飾られている。
これこそが、私がこの部屋を選んだ理由だ。
「お嬢様、指示通りに内装を調整いたしました」
「ええ、これで十分よ。ありがとう」
「しかし、本当に彼女は……」
「どうかしらね。私にもわからないわ」
この部屋を指定したのは、私ではない。
侵入者セイラこそが、目的をもってここを指定したのだ。
しばらく静かな夜を過ごせば、コンコンと、小さな音が部屋に響く。
それは、扉を叩かれた音ではない。
その小さな音の発生源へと近づき、私も同じくコンコンと叩き返す。
その場所こそ、キルトで隠された、螺旋階段の中心部だ。
一瞬、めくり上げられたキルトが、ふわりと風に揺れるカーテンのように舞い上がる。
その瞬間、冷たい石造りの柱であった場所には、アーチを描いた門のような穴が出現した。
「これが、彼女のスキルですか……」
「ええ。まさか、建物にも有効だとは思いませんでしたけどね」
感心する私たちの足元に、ひょこっとピンク色の髪の人物が頭を覗かせる。
螺旋階段の柱部分をくりぬき、はしごを通したセイラだ。
「ごきげんよう。見事な工事ね」
「デュフッ……。なかなか大変でしたぞ」
「やっぱり、一階の方が良かったじゃない」
「大変な分、気づかれにくいというものでござる」
「そう。ま、あなたが苦労するだけだから、私は構わないわ」
「デュフフ……。では、案内いたしますぞ」
「ええ、お願いするわ。エイダ、あとのことは頼みましてよ」
「はい。お嬢様、お気をつけて」
エイダを部屋に残し、私ははしごを降りる。
所々に明かりが付いていて、手元を照らしていた。
「あなた、魔法は使えませんわよね? この灯りはなんですの?」
「LEDライトでござる」
「えるいー? なんですのそれは」
「この世界にはないものでござるよ」
「そう……。便利なものなのね、あなたのいたという世界は」
「大抵のことは、魔法がなくてもできる世界でござる。
そして、令嬢の気にいるであろうものも、たくさんある世界でござるよ」
「ふふっ……。楽しみね」
この先、屋敷の地下深くに、彼は秘密の部屋を作るのだという。
そしてそこには、私を満足させる道具もあるのだとか。
あの、パチンコと呼ばれていた、ゴムで石を飛ばすものよりも、もっと強力で、そしてカッコイイものなのだそうだ。
その話を聞いてしまったら、彼への不信感より興味が勝ってしまうのは仕方ないことだろう。
窮屈な毎日には、気分転換の遊びが必要なのだから。
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