悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

15容疑者

公開日時: 2021年7月29日(木) 21:05
文字数:2,093



「しっかし、あのオッサンナニモンだ?

 貴族と繋がってる商人に楯突くなんて、馬鹿じゃねえの?」



 ヴァイスは、未だ静かに舌戦中のカノさんを見て、そう呟く。

彼でも知らないことってあるのね。貴族専門とは言ってたけど、意外だわ。



「あの人が、私の働くパン屋の主人。

 つまり、セイラさんのお父さんだよ」


「ほう……。つまりはただの平民だよな?」


「そのはずだけど、何かあるの?」


「さあな。けど、貴族とやりあう平民なんて、気になるよなぁ?」


「ただ気が強いだけじゃない?」



 ニヤニヤとヴァイスはメモを取りながら、そんな風に言うんだけど、何が気になるんだろう?

彼の「気になる」の基準はわからないものだ。

そんなヴァイスと話しているうちにも、カノさんと地上げ屋トーテスの口論は続いていた。



「しかし、燃えてくれたおかげで、お前さんは商売やりやすそうだよなぁ?

 しかも二日連続だなんて、まるで誰かが、お前さんの商売に協力してくれてるようじゃねえか」


「やれやれ……。まるで私が犯人だと言いたげではありませんか。何か確証があってのことですかな? 

 憶測での侮辱であるのなら、法的処置も辞さないですよ」


「お? それは自白か? 俺はお前がやったなんて、一言も言ってないが?」


「口の利き方には気をつけなさいという、アドバイスですよ」


「そりゃどうも」



 なんか、カノさんって見た目に反して、頭がいいんだって思っちゃうな。

あ、馬鹿にしてるとかじゃなく、見た目はなんというか「筋肉第一主義!」みたいな感じ?

なのに、言っちゃいけないことはちゃんと弁えてるし、物怖じしないし……。

ちょっと意外だなって思ったのよね。


 でも証拠もなにもないし、ここで相手が犯人だってのを証明するのは、多分無理そうね。

相手もそれをわかってるからか、本気で取り合ってないみたいだもの。



「わかってます、わかってますとも。

 私があなた方に良く思われていないことはね。

 まったく、損な役回りですね。本当に」


「わかってんなら、なんでわざわざ顔出したんだよ」


「いえ、少し気になることがありましてね……。

 この状況で事が起これば、真っ先に疑われるのは私。

 であれば、犯人は私に罪を被せようとしているのではないかと……」



 言葉こそ物腰柔らかではあるが、そう言って見回した彼の目は、映る人間全てが容疑者だと言いたげだった。

けれど、確かに彼の言うことももっともなのよね。

疑われやすい人が居るなら、真犯人が便乗してやろうって考えてもおかしくないわ。



「ほう? そこまで言うなら犯人を捕まえてもらおうじゃねえか」


「残念ながら、私は事件の調査員ではないのでね。犯人がわかっているわけではないのですよ。

 けれど……。疑うべき相手は見えてきましたよ」


「なんだ、自信ありげだな。誰だか言ってみな」


「誰だと指をさし、名を呼ぶことはできませんがね。

 けれど、炎を消した雨を降らせた人物、それが犯人ではないかと……」


「はぁ!? なんで犯人が自分で火を消すんだよ!?」


「自身の名誉のため、そういうのではないでしょうか。

 なにせ昨日の火災では、第一発見者がえらく持て囃されていたそうではないですか。

 自分もそうなりたい、もしくはあの気持ちよさをもう一度味わいたい……。

 そう考えても、仕方ないのではありませんか?」


「あぁ!? お前はセイラが火をつけたって言いてえのか!?」


「カノさんっ!!」



 そのまま殴りかかりそうなカノさんの腕を、私はぐいっと引き寄せる。

重くて全然動かなかったけど、カノさんは私を見て我に返ったのか、一歩トーテスから身を引いた。



「まったく……。可能性の話ですよ。

 ですが、あの大雨を降らせるほどの魔術師には、話を聞かねばなりませんね。

 強すぎる魔法は、世の中を混乱させかねませんから」


「お前はっ……!」



 カノさんも、娘と助けてくれた人を侮辱するような発言に、さすがに頭にきてるのだろう。

ギリギリと聞こえそうなほどに歯を食いしばっていた。



「それで、どなたが雨の魔法を……。

 と言っても、名乗り出るわけがありませんね。

 容疑者として事情を聞くことになるのですから」



 周囲の人々がざわめき立つ。

誰もがあの魔法を使った人を探すように、もしくは私じゃないと言うように、周りを見回した。



「でも、魔法適正の高い人は、今日はすでに検査に行ってるんですよね?

 だから、あの雨を降らせたのは、商店街の人以外になるんじゃないですか?」


「おや、君は?」


「あ、最近パン屋さんで働きだした、ミーって言います」


「おやおや、でしたらあなたは名簿にはありませんね?

 念のため、あなたも検査を受けていただきましょうか」


「おいお前! いい加減にっ……」


「お話中、失礼いたします」



 今度こそ殴りかかろうとするカノさんだったけど、すっと二人の間に一人の女性が割って入った。

メイド服で、ポニーテールの黒髪。サラサラの髪が、音もなく揺らめいている。

とてもこの商店街には似つかわしくない、イイトコに仕えてるだって分かる身なりだった。

ただ、あのメイド服は見たことが……。



「はあ……。今度はどちら様です?」


「いえ、わたくしをお探しのようでしたので」


「と、言いますと?」


「雨を降らせたのは、わたくしにございます」



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