「しっかし、あのオッサンナニモンだ?
貴族と繋がってる商人に楯突くなんて、馬鹿じゃねえの?」
ヴァイスは、未だ静かに舌戦中のカノさんを見て、そう呟く。
彼でも知らないことってあるのね。貴族専門とは言ってたけど、意外だわ。
「あの人が、私の働くパン屋の主人。
つまり、セイラさんのお父さんだよ」
「ほう……。つまりはただの平民だよな?」
「そのはずだけど、何かあるの?」
「さあな。けど、貴族とやりあう平民なんて、気になるよなぁ?」
「ただ気が強いだけじゃない?」
ニヤニヤとヴァイスはメモを取りながら、そんな風に言うんだけど、何が気になるんだろう?
彼の「気になる」の基準はわからないものだ。
そんなヴァイスと話しているうちにも、カノさんと地上げ屋トーテスの口論は続いていた。
「しかし、燃えてくれたおかげで、お前さんは商売やりやすそうだよなぁ?
しかも二日連続だなんて、まるで誰かが、お前さんの商売に協力してくれてるようじゃねえか」
「やれやれ……。まるで私が犯人だと言いたげではありませんか。何か確証があってのことですかな?
憶測での侮辱であるのなら、法的処置も辞さないですよ」
「お? それは自白か? 俺はお前がやったなんて、一言も言ってないが?」
「口の利き方には気をつけなさいという、アドバイスですよ」
「そりゃどうも」
なんか、カノさんって見た目に反して、頭がいいんだって思っちゃうな。
あ、馬鹿にしてるとかじゃなく、見た目はなんというか「筋肉第一主義!」みたいな感じ?
なのに、言っちゃいけないことはちゃんと弁えてるし、物怖じしないし……。
ちょっと意外だなって思ったのよね。
でも証拠もなにもないし、ここで相手が犯人だってのを証明するのは、多分無理そうね。
相手もそれをわかってるからか、本気で取り合ってないみたいだもの。
「わかってます、わかってますとも。
私があなた方に良く思われていないことはね。
まったく、損な役回りですね。本当に」
「わかってんなら、なんでわざわざ顔出したんだよ」
「いえ、少し気になることがありましてね……。
この状況で事が起これば、真っ先に疑われるのは私。
であれば、犯人は私に罪を被せようとしているのではないかと……」
言葉こそ物腰柔らかではあるが、そう言って見回した彼の目は、映る人間全てが容疑者だと言いたげだった。
けれど、確かに彼の言うことももっともなのよね。
疑われやすい人が居るなら、真犯人が便乗してやろうって考えてもおかしくないわ。
「ほう? そこまで言うなら犯人を捕まえてもらおうじゃねえか」
「残念ながら、私は事件の調査員ではないのでね。犯人がわかっているわけではないのですよ。
けれど……。疑うべき相手は見えてきましたよ」
「なんだ、自信ありげだな。誰だか言ってみな」
「誰だと指をさし、名を呼ぶことはできませんがね。
けれど、炎を消した雨を降らせた人物、それが犯人ではないかと……」
「はぁ!? なんで犯人が自分で火を消すんだよ!?」
「自身の名誉のため、そういうのではないでしょうか。
なにせ昨日の火災では、第一発見者がえらく持て囃されていたそうではないですか。
自分もそうなりたい、もしくはあの気持ちよさをもう一度味わいたい……。
そう考えても、仕方ないのではありませんか?」
「あぁ!? お前はセイラが火をつけたって言いてえのか!?」
「カノさんっ!!」
そのまま殴りかかりそうなカノさんの腕を、私はぐいっと引き寄せる。
重くて全然動かなかったけど、カノさんは私を見て我に返ったのか、一歩トーテスから身を引いた。
「まったく……。可能性の話ですよ。
ですが、あの大雨を降らせるほどの魔術師には、話を聞かねばなりませんね。
強すぎる魔法は、世の中を混乱させかねませんから」
「お前はっ……!」
カノさんも、娘と助けてくれた人を侮辱するような発言に、さすがに頭にきてるのだろう。
ギリギリと聞こえそうなほどに歯を食いしばっていた。
「それで、どなたが雨の魔法を……。
と言っても、名乗り出るわけがありませんね。
容疑者として事情を聞くことになるのですから」
周囲の人々がざわめき立つ。
誰もがあの魔法を使った人を探すように、もしくは私じゃないと言うように、周りを見回した。
「でも、魔法適正の高い人は、今日はすでに検査に行ってるんですよね?
だから、あの雨を降らせたのは、商店街の人以外になるんじゃないですか?」
「おや、君は?」
「あ、最近パン屋さんで働きだした、ミーって言います」
「おやおや、でしたらあなたは名簿にはありませんね?
念のため、あなたも検査を受けていただきましょうか」
「おいお前! いい加減にっ……」
「お話中、失礼いたします」
今度こそ殴りかかろうとするカノさんだったけど、すっと二人の間に一人の女性が割って入った。
メイド服で、ポニーテールの黒髪。サラサラの髪が、音もなく揺らめいている。
とてもこの商店街には似つかわしくない、イイトコに仕えてるだって分かる身なりだった。
ただ、あのメイド服は見たことが……。
「はあ……。今度はどちら様です?」
「いえ、わたくしをお探しのようでしたので」
「と、言いますと?」
「雨を降らせたのは、わたくしにございます」
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