悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

11悪魔への報告

公開日時: 2021年7月25日(日) 21:05
文字数:2,113



「ほー、そりゃ災難だったな」



 翌日のお昼休み、貰ったパンを齧る私に、悪魔のような男は忍び寄ってきた。

昼休みは定例報告会のようになっていたため、最近はもっぱら人けのないところで、一人寂しくご飯を食べている。

私の話を聞いたヴァイスは、細い目をさらに細めてほくそ笑み、メモ帳にペンを走らせていた。

私の不幸を心底喜んでいるようで、とんでもなく不愉快だ。



「他人事だと思って! ホント大変だったんだからね!」


「まあしかし、おかげでいい話が聞けたじゃねえか」


「へ? 何がよ?」


「あー……。ミーセンパイ? 俺との話、忘れてません?」


「ん? 何の話?」


「 お 前 は ア ホ か ! ! 」



 いきなり存在感を増しながら言うものだから、肩がすくんでしまった。

誰がアホよ、誰が。



「なんなのよ」


「いや、忘れてるならそのままタダで情報もらおうと思ったが……。

 フェアじゃないのは、俺としても気分が悪い」


「だからなんなのよ!」


「お前なぁ……。めちゃくちゃいい噂拾ってきたじゃねえか。

 その地上げしてる貴族、次に狙われるに十分な相手だぞ?」


「へ? 狙われる?」


「お前なぁ……。嫌がらせ程度ならまだしも、火をつけるなんざ、証拠が上がれば投獄だ。

 たとえ下っ端にやらせたとしてもな。なんたって、放火は重罪。

 貴族じゃなきゃ死罪、貴族でも投獄は回避できねえ。

 そんなヤツ、鉄の死神が放っておくと思うか?」


「あー、なるほど? というか、放火ってそんなに重罪なの?」


「そりゃそうだろ? お前もパン屋で働いてるなら聞いてるはずさ。

 火事を防ぐために、各家庭でパンを焼くのを禁止してるって話」


「あぁ、あの形骸化した組合制度ね」


「この国の法律は、えらく火事を嫌っている。

 ま、歴史的に何度も火事で街全体が崩壊してるからな。

 今じゃ石造りの建物も増えたが、あの商店街みたいに古い場所は、今でも木造密集地さ。

 今回は助かったが、燃え広がれば、石造りだからと平気でいられるかどうか……」


「えっ……。それってかなりヤバかったってこと!?」


「そうだな。お前らお手柄だぞ?」


「そっかー。なんかよく分かってなかったけど、それならよかった」


「おかげで、あのピンク髪の女は目立っちまって、まーたエリーちゃんはご立腹だろうけどなぁ」


「えっ!?」



 ヴァイスはケタケタと笑う。

まさか、良かれと思ってやったことが、あの二人の溝をさらに深めるなんて……。

でも、さすがに火事を見過ごせないし、今回ばかりは仕方ないか。

本当はうまく、二人の仲を取り持ちたいのだけど……。



「そんじゃ、その辺の話詳しく分かったら教えてくれ。

 といっても、どこの貴族かはこっちで調べるけどな」


「詳しくって?」


「なんでもいいさ。庶民の話を拾うのがそっちの仕事。貴族方面を調べるのが俺の仕事。

 それに、そいつばっかにかまけてるわけにもいかねえしな。

 他のヤツが先にヤられる可能性だってある、というよりは、その方が可能性が高い。

 色んなトコに情報網は張り巡らせるんだな。おまえさんのスキルを使ってでもな」


「って、スキルわかんないんだから無理なんだけど!?」


「そっかー。たいへんだなー。がんばれー」


「ちょっとぉ!? いい噂掴んだんだから教えてよ!!」


「まだそれだけじゃ足りねえぜ? もっと頑張りな、センパイっ!」



 ヘラヘラしながら、ひらひらと手をぶらつかせながらヴァイスは去ってゆく。

まったく、勝手な人だ。というか、あれで一応貴族なんだよね……。

最近全然気にしてなかったけど……。まあ、本人も気にしてなさそうだからいっか。


 それにしても、どうすればいいんだろう?

紙袋に手をやれば、中にはパンのミミが入っている。

小さくちぎり地面へと撒けば、鳩たちがバサバサと空から舞い降りてきた。



「ねえ、君たちならどうする?」


『んー? よくわかんねー?

 それよりパンうっま! マジうっま!!』


「そだねー。鳩さんに聞いた私がバカだよねー」


『そうさ。ボクたちは気ままに空をゆくただの鳩だもん。

 おいしいごはんがあれば、それで十分なのさ!』


「いいなー君たちは。私も自由気ままに生きたいよ」


『キミも空を飛んでみるかい? たのしいよ?』


「空とぶスキルがあったら、一緒に空の散歩と行きたいもんだねぇ……」


『飛べるようになったら教えてね! 案内してあげるよ!

 それじゃ、ごちそうさま! またねー!』


「うん。またね、鳩さんたち」



 バサバサと鳩たちは空へと舞い上がる。

まったく、羨ましいかぎ……。



「なに一人でブツブツ言ってんだよ」


「ひゃぁっ!?」



 後ろから声が掛かり、私は跳ねるように立ち上がった。

がばっと後ろを向けば、そこにはニヤケづらのヴァイスが立っている。



「なっ! 何よ!? 驚かさないでよ!!」


「いやー? センパイってば鈍感だからさー?

 現行犯の方がいいかと思ったんだけどねー?」


「何がよっ!?」


「えっ、まさか本気で気付いてないのか?」


「もう! わけわかんないんだけど!?

 なんか言うことあるなら、さっさと言いなさいよ!」


「言うと有料情報になるんだが? それでもいいのか?」


「はあ!? ホントに意味わかんない人ね!」


「そうかいそうかい。ま、せいぜい頑張りな」



 ヴァイスはまたも、へらへらと笑い、後ろの空に溶けるように姿を消すのだった。

はあ……。ホントになんなのよアイツ……。

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