学園のイベントでしかない球技大会が、王位継承権争いのネタにされているなんて、呆れてしまう話ね。
けれどそれほどまでに、次期国王が誰になるかというのは、国民にとっても重大な関心ごとだ。
そのうえ貴族であるなら、今後のお家の行く末を決めかねないのだから。
「情報屋の害悪性はともかく、お昼休みを返上してまで熱心に活動している理由がよくわかったわ」
「まーでも、エリーちゃんは巻き込まれなくてよかったな」
「そうね。ただでさえフリード様に目を付けられているようだし、そのうえ弟にまで関りを持たれたら、面倒なことこの上ないもの」
「アルガス三兄弟とお前さんは、昔っから犬猿の仲だもんな」
小さなため息と共に愚痴を漏らすと、ミー先輩が遠慮気味に私の顔を覗きこむようにしながら、小さく言葉を漏らした。
「あの、さきほどからお話に出てくる、アルガス家? というのはどちら様でしょう?」
「は? お前知らないのかよ!?」
「貴族の方とはあまりお話することもないので……」
「まあ、平民と楽しそうにおしゃべりする貴族なんて、エリーちゃんくらいなもんだし仕方ねえか」
小馬鹿にするような言葉と共に、ヴァイスは手を差し出し、ちょいちょと餌をねだる猫のように、言葉にせず小金を要求する。
まったく、貴族相手はともかく、平民にまで報酬を要求するとは、ずいぶんとセコい情報屋ね。
「そのセコさを体現した手はひっこめておきなさい。
残念だけど、その程度の情報は私がタダで出せるものよ」
「おいおいエリーちゃん、営業妨害はやめてくれよ」
「そんなに小銭を稼ぎたいのなら、平民より他の貴族を当たった方がマシじゃないかしら?」
「そりゃ違いねえな」
クククと悪い笑みを浮かべながら、ヴァイスは昼食の青リンゴをかじる。
それはもう、喋るつもりはないという意思表示みたいね。
「ミー先輩、王位継承権第二位を持つ学園の保健医、フリード様は存じ上げてますわよね?」
「はい。あ、でも王位継承権のことは知りませんでした」
「貴族間では常識ですし、わざわざ本人も言ったりしないでしょうから、平民の特待生なら知らなくても無理のないことですわ」
「そうなんですか。その、フリード様が、アルガス家の方なんですね」
「ええ、だからあまり私は、保健室に行きたくないんですのよね……」
「エリヌス様も大変なんですね。でも、フリード様は保健医の先生ですから、球技大会に出場されませんよね?」
「そうね。でももう一人、アルガス家の者がいらっしゃるの。
それが現在学園の二年生である、オイゲン様よ」
「オイゲン様……? あれ? 聞き覚えが……」
「そりゃそうだろ。お前とおんなじクラスなんだからよ」
モシャモシャとリンゴを咀嚼する音を立てながら、不躾な様子でヴァイスは口を挟む。
まったく、食べるか喋るか、どちらかにしてほしいものね。
って、ミー先輩とオイゲンって同じクラスだったのね……。
「えっ!? そうだったんですか!? 私はてっきり、普通の貴族の方かと……。
ん? あれ? 貴族という時点で普通ではないんですけど、なんというか……」
「学園内では、どれほど貴族内で地位が高くとも、色々な制限で見ただけではわかりませんもの。
他の貴族と同じと思ってしまってもしかたありませんわ。
それにしても、まさかミー先輩がオイゲン様と同じクラスというのには、少し驚きましたけどね」
「ええ。でもその、普通というのが本当に普通と言いますか……。
こう言うと失礼に当たるのかもしれませんが、平民にもよくいるタイプの方でしたので……」
「よくいるタイプですか?」
「なんと言いますか、スポーツ少年というか、ガキ大将というか……」
「あぁ……。学園内でも変わりませんのね」
フリードの弟にして、王位継承権第三位のオイゲンは、ミー先輩の言う通り確かに普通の人だ。
それはつまり、魔法がほどほどに使えて、スキルらしいスキルも持っていなさそうな、そういう人物。
貴族なので裏から手を回して学園に入学しているものの、本来ならば学園の目的であるスキルの発見・育成とは無縁の存在のため、入学できないでいるはずの、本当にごく普通の人なのだ。
「オイゲン様は、クラスではどのような様子ですの?」
「そうですね……。成績優秀で、スポーツも得意で、まさに文武両道といった方ですし、周囲の人たちを引っ張るリーダータイプなんですけど……。
私はちょっと高圧的な雰囲気が苦手で、あまり話したことはありませんね。もちろん私は平民ですから、相手にされていないというのもありますけれど」
「あらあら、どこに行っても変わらない方ですわね。けれどある意味、そこがいい所でもありますわ」
「な? エリーちゃんがアイツを褒めるなんて珍しい」
「確かにオイゲン様も、私に対してはフリード様共々あまり良い対応を取りませんわ。
けれど彼の場合、裏表なく真っすぐ当たってきますのよ。これは貴族では珍しいことですのよ」
「そうなんですか?」
「さっきも言ったでしょう? 貴族は顔で笑って、裏で睨みつけてるような者ばかりだと。
だから彼とは、立場が違えば仲良くなれた可能性だってありますのよ」
「そりゃどうだろうなぁ?」
ヴァイスはつまんなそうに茶々を入れる。情報屋にとっては、貴族同士仲良しこよしだと、情報の収集も販売もできなくなるのだから、険悪でいてもらった方がいいのだろう。
ホント、商売のためなら世界を引っ掻き回すことさえ躊躇しないほどの、商人根性ね。
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