わくわく、もしくはソワソワといったように猫を待つカノさん。なんかその雰囲気だけなら、初デートで相手を待つカップルみたいなんだけどなぁ……。
そんな様子を薄ら笑いで眺めるアークさんは、さすがにもうからかったりする気はないようだ。
ただ、見守ってるというか……、面白がっているような気がするのよね。なんとなくだけど。
『お嬢、こちらですぜ……』
そんな二人を眺めていれば、遠くからエージェントNの声が聞こえた気がした。
キョロキョロと探しても見当たらない。こっちだって言いつつ隠れているのは、どういう了見かしらね。
「あ! いた!」
『ひっ!!』
先に見つけたのは、今か今かと猫様の登場を待っていたカノさんだった。
指差す先は、角のお店の壁。どうやら建物の後ろに隠れているみたいね。だってその後ろには、呆れ顔(といっても私に動物の表情の見分けはつかないけど)のエージェントPの姿もあったもの。
「カノ、待ちなさい。また逃げられるだけですよ」
「うっ……」
駆け寄ろうとしたカノさんの腕をがっしりと掴み、アークさんはそう言う。まあ、この巨体が迫ってきたら、そりゃ逃げるよね……。
それにしても本気でないにしたって、カノさんを悠々と静止できるアークさんって、やっぱり見た目に反して力が強いのかもしれない。
っと、今はそんなことはどうでもいいか。お仕事終わりのエージェントを迎えに行ってあげよう。
「私、様子を見てきますね」
「はい、よろしくお願いします。カノが行くと逃げてしまいますからね」
「なんでみんな俺のこと怖がるんだよぉ……」
なんでって、鏡を見れば分かると思うんだけど……。なんてことは言わないよ!?
ともかく、あんな遠くの壁ごしに居るってことは、もしかすると二人には姿を見せたくないってことかもしれないし、私が行かないとね。
「お疲れ様。こんなところで隠れてどうしたの?」
『お嬢……。申し訳ありやせんが、いくらボス猫としてシマを守ってきたあっしでも、あやつに売るほど多くの命を持ち合わせておりませんぜ……』
「なんの話よ?」
『隣に居たあのオッサン、俺たちにとっちゃ近づくのも恐れ多いオーラを放ってやがるからな』
「あ、エージェントPだ。でも、Pはさっき近寄ってきたよね?」
『そりゃおめえ、俺は空に逃げることもできるからな。
もしくはあのオッサンが空を飛べるなら、俺だって近寄らねえさ。
実際さっきだって、死を覚悟したからな!』
「ああ、そういう……。どういう!?」
どうも二人の野生の勘というヤツは、カノさんに近づいては行けないと盛大に警告を鳴らしているようだ。
そりゃ今まで猫に嫌われまくって、ションボリし続けたっていう話も納得よ。
まあ話ができる人間であれば、怖い人じゃないってわかるんだけどねぇ……。
「ま、まぁ……。見た目はあんなだけど、優しい人だよ?」
『…………』
『ダメだな。完全にビビってやがるぜ』
「気持ちは分からなくはないけど……。
でも残念だなぁ。カノさん、おやつをいっぱい持ってきてくれてたのに」
『!?』
『おやつって言葉に反応したな。ちなみに俺の分は?』
「あー、あとで持ってくね」
『ないのかよ!?』
「カノさんは猫派らしくて……」
『なんだよそれ!』
「それはともかく、カノさんエージェントNを楽しみにしてたんだよ?」
『こ、これで手打ちにしてくだせぇ……』
そう言いながら差し出したのは、体の後ろに隠していた紙の束だった。いったい何かと思って手に取れば、それは……。
「なにこれ!? お札がいっぱい!?」
『へへ、人間はコレに弱いってのはあっしらの中でも有名な話。どうかここはこれでひとつ……』
「いやいや、どこから持ってきたのよ!?」
『潜入した工場に大量にあったもんで、少々くすねてきやした』
「ちょっと!?」
『ひっ!?』
ビクッと尻尾をピンと立て硬直するエージェントN。私の声、そんなに怖かったかな。
なんて思ったけど、どうやら違ったようだ。
「ミーちゃん、大丈夫か!?」
「へっ?」
後ろを見れば、駆け寄ってきたカノさんと、やれやれといった様子のアークさんが立っていた。
いつからそこに……。って、Nの様子を見れば、ついさっきってことは分かるけど……。話しているところ、見られてないよね?
「デカい声聞こえたから、何かあったのかと思ってな」
『にゃ……、にゃふぅ……』
『コイツ、腰抜かしてやがるぜ』
どんなけカノさんを怖がってるのよ!?
じゃない、ともかくカノさんたちに違和感のない説明をしないと……。
でも札束と野良猫と? どう説明しろっていうのよ!?
「えっと……。猫がこれを拾ってきまして……」
さすがにこれはうまい誤魔化し方を思いつかなかったわ。
相手は猫だし、捕まったりしないと思うけど……。返しに行けば多分大丈夫。たぶん。
「なんだ!? 札束拾ってきたのか!? すげー猫だな! よしよし、ご褒美にウインナーをやろう」
「カノ、窃盗犯にご褒美はいかがかと思いますよ?
しかし、えらく綺麗なお札ですね。少々拝見してもよろしいですか?」
「え? はい、どうぞ」
アークさんは猫が拾ってきたお金に興味があるのか、拾い上げてバラバラとめくり始めた。
こなれた手つきは、なんだか両替商さんみたいだなぁ。
「なるほどなるほど……」
「ほーらおいでー、にゃんにゃんちゃんごはんですよー」
「カノ、気持ち悪い猫撫で声はやめなさい」
「あの、アークさん? なにがなるほどなんですか?」
「おっと失礼。このお金、使わない方が良いかと思います」
「え? どうして?」
「それは……。この札束は、全て贋金ですからね」
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