悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

08夏とプールと謀略と

公開日時: 2021年9月13日(月) 21:05
文字数:2,136

 午後からの学園案内は、本当に軽く終わってしまう。

なぜなら、体育館こそ普段の授業で使うことはあるが、剣術の訓練場や、体術を習うための道場、弓術用の施設などは、私も実際に使ったことがないのだ。


 貴族は武術を習得しすぎると、不利になることもある。

護身のためならいざ知らず、極めたと言えるほどなら、なんらかの交渉ごとなどで他の貴族と会う時、相手に警戒感を与えてしまうこともある。

とくに体術は、武器を必要とせず相手に危害を加えることもできるので、本当に触りの部分しかやらないことがほとんどだ。


 それなのにこれほど施設が充実しているのは、やはりこの学園がスキルを持つものを教育するための機関であることに起因している。

剣術や体術のスキルが発現した者が、十分に訓練し、使いこなせるようになるためには、施設はもとより、指導者も必要というわけだ。


 もちろん、貴族は裏工作で入学しているだけで、スキルを持たない者が多い。

そのため、彼らがこれらの施設を使うことはないだろう。

私も、必中のスキルが公表できる立場であるのなら、今頃は弓術の訓練を受けていたはずだ。

けれど、そのような暗殺に向くスキルは、公爵という立場上伏せざるをえなかった。

いえ、その前に、私自身が気づいていないことになっているのだけどね……。



「エリヌス、これらの施設は、スキルがなくとも使ってもいいのかい?」


「ええ、申請すれば指導もしていただけると聞いておりますわ。

 けれど、何か習うおつもりなんですの?」


「ああ。剣術は、留学先でも指導を受けていたんだ。

 王族たるもの、自分の身くらいは守れなければいけないからね」


「そうでしたの。私も、ここではありませんが、護身用に体術を指導していただいたことがありますの。

 やはり、たとえどのような立場であろうとも、最後は体力がものを言いますものね」


「ははは……。エリヌスが体術をねぇ……。想像もできないな」


「護身術は、貴族の嗜みですわ」



 冗談めかして笑っても、王子の笑みは冷めたものだった。

やはり彼は、今の私に興味はないのだと痛感させられる。

そんな私の勝手な気まずさを誤魔化すように、矢継ぎ早に次の場所へと案内を進めた。



「そういえば、夏休みはプールが開放されてますの。

 王子にとっては、王宮にもありますし、さほど嬉しいものでないかもしれませんが、多くの生徒が利用しているそうですよ」


「ああ、その話は手続きをしてくれた従者から聞いているよ。

 学園に来た時は、好きに使っていいそうだね」


「ですが今日は水着もないでしょうし、見るだけにとどめておきましょうか」


「そうだね。一応僕の方は、水着を用意してもらっていたんだけどね」


「え?」


「え?」



 二人で顔を見合わせてしまう。

まさか、オズナ王子もそんなに用意周到だったなんて……。

いえ、こちらは優秀なメイドであるエイダが、勝手に用意していただけなのだけど。



「ええと、こちらも用意がありますの」


「あれ? そうだったのかい?

 それじゃあ、せっかくだし涼んで行くかい?」


「え、ええ……。けれど、王子にとってプールなんて、珍しくもありませんわよね……?

 しかも、開放されているので、おそらく他の生徒もいるんですのよ?」


「そうでもないんだ。王宮にプールがあったって、一緒に遊べる相手が居なければ、冷たいお風呂と変わらないさ。

 エリヌスと一緒なら、きっと楽しいと思うんだけど……。

 もしかして、エリヌスは嫌なのかい?」


「いえ、そんなことありませんわ」


「ならせっかくだし、遊んでいこうか」


「はい、お供いたしますわ」



 別に、私はプールが嫌というわけではない。

もちろん、水着になるとごまかしが効かないので、色々と露わになってしまうのは、少女ならば誰もが恥じらうところだろう。

けれど、別に普段から私が好き好んで盛っているわけではなく、着付けされる時に、すでにそれが用意されているだけなのだ。


 なので、水着になることで、胸元が身軽になってしまうことなど、気にしてなどいない。

むしろ、夜の仕事の時は、ぴっちりとした服を着て、身軽なことを動きやすいとありがたがっているほどなのだから。


 それもこれも「比較対象が近くに居ない場合に限る」という注意書きが要ることを、私は思い知らされた。



「エイダ、なぜあなたも水着姿なのかしら?」



 プールサイドで、普段は目立たぬ脅威……、ではない、胸囲を曝け出した、学園指定の水着姿のエイダが立っていた。

そんな彼女は、私の問いに「何を言っているんだ」と言いたげな表情だ。



「当然、お嬢様に万一のことがないよう、すぐに助けに入ることができるようにでございます」


「溺れる前提かよ」



 私のセリフは、突然背後に現れたヴァイスによって代弁されてしまった。

まあ、私は彼がいた事に気づいていたのだけどね。



「いえ、万一への備えであり、心配はしておりませんよ」


「その万一は、あなたが面倒ごとを引き起こさないかの監視になりそうね」


「おいおい、二人してそう睨むなよ。

 俺はただ、プールで涼んでいる、人畜無害な情報屋ですよ〜?」


「どうやら、私の知っている人畜無害という言葉とは、少々意味合いが違うようですわね」


「まったく、信用ないな〜」



 ヘラヘラと笑うヴァイスは、そのまますごすごと引き下がる。

一体、何を企んでいることやら……。

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