「しかし、俺の能力を使うって言ってもなぁ……」
言い寄られるエイダの父を助けるという私の提案に、意外にもヴァイスは乗り気ではなかった。
いえ、元々乗り気ではなかったのだけど、その原因である「商売を続けられなくなる」というものが、「元々相手は商売を続けさせる気などない」ということが分かり、ただ逃げるだけでよくなったのだ。
ならば、彼の「誰にも気づかれない能力」を使い、エイダの父を助け出すだけで、問題は解決するはずだった。
「なにが問題ですの? まさか、他人の問題に首を突っ込む気はないとでも?」
「まあ、それもあるけど……。いまさらんなこと言わないさ」
「なら、なんですのよ」
「相手は飴屋のことを、連邦のスパイかなんかかもしれないって思ってるんだよな?」
「相手がそう思っているかは分かりませんけれど、その疑いで憲兵が来るから、ここに居て欲しくないという話でしたわね」
「そんなやつが、突然目の前から消えたらどう思う?」
「どうって……、どうなんでしょう?」
「俺なら、そんな能力持ったヤツ、本物のスパイだって思うけどな」
「まあ、そうですわね。それが何か問題でも?」
「はぁ……。これだからお嬢様は……」
わざとらしくため息をつき、哀れむような目でヴァイスは私を見つめる。
その表情に、なぜか無性に腹が立ったけれど、私も貴族の端くれ。ポーカーフェイスでぐっとこらえて聞き返した。
「ぼさっとしている暇はありませんの。早く続きをおっしゃいなさいな」
「あいつら、憲兵にスパイの情報を提供すると思うぞ?」
「はい? なにを言ってますの? 憲兵が関わると面倒なんでしょう?」
「だが、ここから離れたヤツのことなら、多少捜査は入るだろうがそれだけだ。
んで、それさえ適当に済ませてしまえば、情報提供の見返りに謝礼が出るんだよ」
「謝礼?」
「そ、情報料。敵国のスパイの情報なら、結構な金額のはずだ。
そしてスパイとして指名手配されたなら、似顔絵が描かれちまう。
それはつまり、あいつらから逃げられても、この国に居られなくなるってことだ」
「それは……、困りますわね」
私たちがエイダの父を助けたいと思っても、突然消えるような明らかに異常な状態にしてしまうと、この国に居続けることすら難しくなる。そんなこと、私はいっさい思いつかなかった。
妙に頭の回転が良いというか、その後に起こることを予想するヴァイスは、やはり地頭が良いと感心したものだ。
いえむしろ、この頃からそういう方面に特化していただけかもしれないけれど。
「でも、見てるだけなんて……」
「なら、お前らがあいつらの気を引け。その間に、俺が親父さんを逃がしてやる」
「気を引くというと?」
「そうだな……。そういや、お前は魔法使えるか?
炎の魔法で、ちょっとしたボヤでも起こせば、そっちに気を取られるだろ。
んで、その間に俺が親父さんを安全なトコまで逃がしてやるよ」
「私は魔法を使えませんけれど……。エイダさん、あなたは使えますわよね?」
エイダは確か、魔法で綿菓子を作っていたはずだ。なので、ヴァイスの作戦を実行するには、うってつけだった。
けれど彼女は、私の言葉に動揺し始め、申し訳なさそうな様子で言葉を発する。
「あの、その……。私はその、使っちゃいけないって……」
「使っちゃいけないってことは、使えないわけじゃないな?」
「そうなんだけど……」
「それは、どうしてですの?」
「あの、私の魔法は強すぎて……。うまく制御できないんです……」
「ならちょうどいいや、あいつらを丸焼きにしちまおうぜ?」
「ひっ!?」
「ちょっと! あなたなんてことを……。
でも思い出してみれば、綿菓子を作っている時も、ものすごく慎重でしたわね」
「はい……。あれは、魔法の調整の練習でもあったんです」
「そうなんですの……」
私は、生まれつき魔法を使うことができない。なので魔法が強すぎるがゆえの苦労なんて、想像もしなかった。魔法はただただ便利で、好きに使えるものだと思っていたのだ。
私と同じく魔法を使えないヴァイスもまた、同じように思っていたのかもしれない。
だからこそ、エイダがどの程度の魔法の強さであるかもわからず、「いっそ相手を丸焼きに」なんていう冗談が言えたのだ。
…………。もしくは、冗談ではなく本気だったのかもしれないけれど。
「ヴァイス、あなたが気を引くことはできませんの?」
「見え無いヤツが、どうやって相手の気を引くんだよ?」
「それもそうですわね。今もこうやって手を繋いでいなければ、エイダさんにも見えないんですもの」
「そういうこった。まあ、このまんまあいつらのトコまで行って、スネでも蹴っ飛ばしてやればいいかもしれねえけど」
「そのうえで、お父様を引き入れて逃げる……」
「一人でやるには、ちょっと無理があると思うだろ?」
「ええ、そうですわね」
こうして作戦会議をしている間にも、エイダの父親は男二人の嫌がらせを受けている。
結局私は、あまりに無力なのだと小さくため息をついた。
「ほんのちょっと、目を離す程度でもいいんだけどな……」
そう言いながら屋台の先を見つめるヴァイスの視線を辿れば、祭りの会場を彩る様々な飾りが目に入る。
それらは冬の冷たい光を反射し、キラキラと輝いていた。
それと同時に、ピンとこちらにひらめきを与えたのだった。
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