悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

26作戦会議

公開日時: 2021年10月25日(月) 21:05
文字数:2,140



「しかし、俺の能力を使うって言ってもなぁ……」



 言い寄られるエイダの父を助けるという私の提案に、意外にもヴァイスは乗り気ではなかった。

いえ、元々乗り気ではなかったのだけど、その原因である「商売を続けられなくなる」というものが、「元々相手は商売を続けさせる気などない」ということが分かり、ただ逃げるだけでよくなったのだ。

ならば、彼の「誰にも気づかれない能力」を使い、エイダの父を助け出すだけで、問題は解決するはずだった。



「なにが問題ですの? まさか、他人の問題に首を突っ込む気はないとでも?」


「まあ、それもあるけど……。いまさらんなこと言わないさ」


「なら、なんですのよ」


「相手は飴屋のことを、連邦のスパイかなんかかもしれないって思ってるんだよな?」


「相手がそう思っているかは分かりませんけれど、その疑いで憲兵が来るから、ここに居て欲しくないという話でしたわね」


「そんなやつが、突然目の前から消えたらどう思う?」


「どうって……、どうなんでしょう?」


「俺なら、そんな能力持ったヤツ、本物のスパイだって思うけどな」


「まあ、そうですわね。それが何か問題でも?」


「はぁ……。これだからお嬢様は……」



 わざとらしくため息をつき、哀れむような目でヴァイスは私を見つめる。

その表情に、なぜか無性に腹が立ったけれど、私も貴族の端くれ。ポーカーフェイスでぐっとこらえて聞き返した。



「ぼさっとしている暇はありませんの。早く続きをおっしゃいなさいな」


「あいつら、憲兵にスパイの情報を提供すると思うぞ?」


「はい? なにを言ってますの? 憲兵が関わると面倒なんでしょう?」


「だが、ここから離れたヤツのことなら、多少捜査は入るだろうがそれだけだ。

 んで、それさえ適当に済ませてしまえば、情報提供の見返りに謝礼が出るんだよ」


「謝礼?」


「そ、情報料。敵国のスパイの情報なら、結構な金額のはずだ。

 そしてスパイとして指名手配されたなら、似顔絵が描かれちまう。

 それはつまり、あいつらから逃げられても、この国に居られなくなるってことだ」


「それは……、困りますわね」



 私たちがエイダの父を助けたいと思っても、突然消えるような明らかに異常な状態にしてしまうと、この国に居続けることすら難しくなる。そんなこと、私はいっさい思いつかなかった。

妙に頭の回転が良いというか、その後に起こることを予想するヴァイスは、やはり地頭が良いと感心したものだ。

いえむしろ、この頃からそういう方面に特化していただけかもしれないけれど。



「でも、見てるだけなんて……」


「なら、お前らがあいつらの気を引け。その間に、俺が親父さんを逃がしてやる」


「気を引くというと?」


「そうだな……。そういや、お前は魔法使えるか?

 炎の魔法で、ちょっとしたボヤでも起こせば、そっちに気を取られるだろ。

 んで、その間に俺が親父さんを安全なトコまで逃がしてやるよ」


「私は魔法を使えませんけれど……。エイダさん、あなたは使えますわよね?」



 エイダは確か、魔法で綿菓子を作っていたはずだ。なので、ヴァイスの作戦を実行するには、うってつけだった。

けれど彼女は、私の言葉に動揺し始め、申し訳なさそうな様子で言葉を発する。



「あの、その……。私はその、使っちゃいけないって……」


「使っちゃいけないってことは、使えないわけじゃないな?」


「そうなんだけど……」


「それは、どうしてですの?」


「あの、私の魔法は強すぎて……。うまく制御できないんです……」


「ならちょうどいいや、あいつらを丸焼きにしちまおうぜ?」


「ひっ!?」


「ちょっと! あなたなんてことを……。

 でも思い出してみれば、綿菓子を作っている時も、ものすごく慎重でしたわね」


「はい……。あれは、魔法の調整の練習でもあったんです」


「そうなんですの……」



 私は、生まれつき魔法を使うことができない。なので魔法が強すぎるがゆえの苦労なんて、想像もしなかった。魔法はただただ便利で、好きに使えるものだと思っていたのだ。

私と同じく魔法を使えないヴァイスもまた、同じように思っていたのかもしれない。

だからこそ、エイダがどの程度の魔法の強さであるかもわからず、「いっそ相手を丸焼きに」なんていう冗談が言えたのだ。

…………。もしくは、冗談ではなく本気だったのかもしれないけれど。



「ヴァイス、あなたが気を引くことはできませんの?」


「見え無いヤツが、どうやって相手の気を引くんだよ?」


「それもそうですわね。今もこうやって手を繋いでいなければ、エイダさんにも見えないんですもの」


「そういうこった。まあ、このまんまあいつらのトコまで行って、スネでも蹴っ飛ばしてやればいいかもしれねえけど」


「そのうえで、お父様を引き入れて逃げる……」


「一人でやるには、ちょっと無理があると思うだろ?」


「ええ、そうですわね」



 こうして作戦会議をしている間にも、エイダの父親は男二人の嫌がらせを受けている。

結局私は、あまりに無力なのだと小さくため息をついた。



「ほんのちょっと、目を離す程度でもいいんだけどな……」



 そう言いながら屋台の先を見つめるヴァイスの視線を辿れば、祭りの会場を彩る様々な飾りが目に入る。

それらは冬の冷たい光を反射し、キラキラと輝いていた。

それと同時に、ピンとこちらにひらめきを与えたのだった。

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