悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

フレックス事件(4)

公開日時: 2021年7月4日(日) 21:05
文字数:2,515



「あー……。俺の情報を盗み聞きされたからには……。消すか」


「おやめなさい。学園内での流血沙汰は、私が許しませんわ」


「流血手前なら可、ってことだな?」


「ええ」


「ヒッ……!」



 私たちの会話に、女生徒はびくりとのけぞった。

そんなに今の会話が怖かったかしら?



「冗談よ。あなた、どうしてここに?」


「えっ……。あの……」


「俺の情報を盗み聞きしたんだ、そっちの情報を貰おうか!?」


「いえっ! 聞こうとして聞いたんじゃなくてっ……!」


「コレの言っていることは、無視してかまいませんわ。

 ただ、昼休みに礼拝堂を使う方なんて、普通はあまりいらっしゃいません。

 なにかよからぬことをしていたなら、尋問も必要ですわよね?」


「ひっ……!?」


「お前のほうがエグい威嚇してるじゃねえか」



 ヴァイスと私は、笑顔で女生徒に歩み寄り、そして二人で挟み込むように、長椅子に腰掛けた。

オドオドとしていた彼女も、諦めたのか肩を落としながらも、静かに語り出す。



「私、二年のミーと言います」


「あら、上級生でしたの。失礼しましたわ。

 私は一年のエリヌス。そっちは同じく一年のヴァイスですわ」


「お二人の噂は、色々と聞いて……。あっ……」


「へぇ、噂に? どんなだろうねぇ?」



 悪魔のような笑みは、再びミーをこわばらせた。

もちろん、表情こそ笑顔という枠に入るものだが、威嚇のためのわざとらしい顔だ。



「ヴァイス、やめなさい」


「あの、その……。お二人とも有名ですので……。

 公爵令嬢様と、情報屋という話は……」


「その程度かよ。つまんねーの」


「それで、なぜあなたはこんな所にいらしたの?」


「それは……」



 ミーは涙を浮かべ、静かにこぼす。



「神様にお祈りしていたんです……」


「ほー、ずいぶん信心深いこって」


「けれど、人の居ないであろう時間を狙って祈るなんて、普通はしませんわよね?

 なにか理由があるんじゃございませんの?」


「それは……。私、学園を辞めないといけなくて……」


「学園を辞める? それはどうしてかしら?」


「…………。お恥ずかしい話なのですが……。ウチには借金がありまして……。

 最初は、ほんの小さな額だったはずなんです……。なのに、いろんな理由を付けて……」


「ん? 借金? ってことは、学費の問題か?

 しかし借金で退学ってことは、貴族ではありえないな?

 けどよ、平民なら学園に入れた時点で、学費は免除されてるだろ?」



 ヴァイスの言う通り、この学園に通える平民は、能力を認められた者だけだ。

つまり特待生であり、学費が免除される。だから、彼女が学費の負担のため学園を辞めざるをえないというのは、考えにくいのだ。


 そして貴族ならば、借金で子どもを退学させるなどということも考えにくい。

借金でお家取り潰しになる場合であっても、別の貴族に養子に出されることが通例だ。

ならば貴族の地位は変わらず、養子だからと学園を辞めさせれば、世間体が悪くなる。

なによりもメンツを大切にする貴族が、学費などという端金のために、そのようなことをするはずがない。



「はい……。ですが、借金の返済のために……」



 ミーは、肩を震わせ、ポロポロと涙をこぼす。

そして嗚咽にも似た声で、続きを吐き出した。



「花を売れと……」


「あら、お花屋さんで働くことになるの? それは大変ですわねぇ……」


「あー、エリーさん? ちょっとこっちに……」


「なんですの!?」



 ヴァイスにぐいっと引っ張られ、聖堂の隅へと連れられる。

そして小声で耳元に、先程の言葉の意味を説明したのだ。



「あれはつまり、アレだ」


「アレ?」


「あー、身体を売れってこ……。ぐはっ!」



 咄嗟に腹に一撃入れてしまった。けれどこれは仕方ないことだ。事故だ。

まさかヴァイスの口から、そんな言葉が出るとは思っていなかったのだから……。



「おまっ……。うわ、顔真っ赤だぞ?」


「誰のせっ……!」


「静かに」



 手で口を塞がれ、言葉を遮られた。

そして真剣な表情で、ヴァイスは見つめてくる。



「世の中そんなもんだ。むしろ、命あるだけマシだ。

 昨日やられたリカルドなんて、闇市で臓器売買していたらしい」


「臓器売買?」


「あぁ。身体を悪くした金持ちどもは、悪くした部位を材料にした薬を飲めば、治ると信じてる。

 その材料にするため、闇ルートで人間を仕入れて、バラしてたって話だ」


「そんなこと、許されるはずが……」


「バレなきゃ犯罪じゃない。オーケー?」


「…………」


「お嬢様には、少しばかり刺激が強かったか?

 お前があのピンク頭にやってることが見逃されるのは、世間はもっと黒いからさ」


「それとこれとは、関係ありませんわ!」


「まあいい。ともかくそういう話だ。

 なにより、俺たちがどうこうできる問題でもない」


「…………」



 ヴァイスの言う通りだろう。ミーを助けたくたって、私には何の力もないのだ。

けれどもう一人の私なら、もしくは……。



「ミーさん。事情はわかりましたわ。

 ところで、その借金とは、どなたに借りていらっしゃるのかしら?」


「おいエリー! んなもん聞いてどうすんだ!?」


「私にも多少の蓄えはありますわ。あなたに情報料を、ポンと支払えるくらいにはね。

 ですので、利子程度なら建て替えさせていただきますわ」


「お前……。んなことしたって、意味ないだろ?」


「だからって、学園を追い出される方を見逃せませんわ!」


「いえ、そう言っていただけるだけで十分です……。

 ありがとうございます。さよなら……」


「ちょっと! お待ちになって!」



 ミーは涙をぬぐい、深々と頭を下げたあと、聖堂から逃げるように出てゆく。

その背を見送ることしかできず、私たちは取り残された。



「ヴァイス」


「調べろってか? なんでそこまでする?」


「私は7番目の女ですもの。たとえ女王の座が遠くとも、この国を導く責務があります。

 ならば、見てしまった悪を、見なかったことにするつもりはありませんわ」


「自分のことを棚に上げて、お前がそれ言う?

 ま、いいけど。高いぞ?」


「働き次第、ですわね」


「んじゃ、超特急・超高価格で調べてやるさ」


「頼みましたわよ」



 ヴァイスは人間としては信用ならないが、情報屋としてはこれ以上の者はいない。

超特急と言ったからには、明日までには調べ上げてくるだろう。

超高価格というのもまた、恐ろしい請求額になるのだろうけれど……。

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