「あー……。俺の情報を盗み聞きされたからには……。消すか」
「おやめなさい。学園内での流血沙汰は、私が許しませんわ」
「流血手前なら可、ってことだな?」
「ええ」
「ヒッ……!」
私たちの会話に、女生徒はびくりとのけぞった。
そんなに今の会話が怖かったかしら?
「冗談よ。あなた、どうしてここに?」
「えっ……。あの……」
「俺の情報を盗み聞きしたんだ、そっちの情報を貰おうか!?」
「いえっ! 聞こうとして聞いたんじゃなくてっ……!」
「コレの言っていることは、無視してかまいませんわ。
ただ、昼休みに礼拝堂を使う方なんて、普通はあまりいらっしゃいません。
なにかよからぬことをしていたなら、尋問も必要ですわよね?」
「ひっ……!?」
「お前のほうがエグい威嚇してるじゃねえか」
ヴァイスと私は、笑顔で女生徒に歩み寄り、そして二人で挟み込むように、長椅子に腰掛けた。
オドオドとしていた彼女も、諦めたのか肩を落としながらも、静かに語り出す。
「私、二年のミーと言います」
「あら、上級生でしたの。失礼しましたわ。
私は一年のエリヌス。そっちは同じく一年のヴァイスですわ」
「お二人の噂は、色々と聞いて……。あっ……」
「へぇ、噂に? どんなだろうねぇ?」
悪魔のような笑みは、再びミーをこわばらせた。
もちろん、表情こそ笑顔という枠に入るものだが、威嚇のためのわざとらしい顔だ。
「ヴァイス、やめなさい」
「あの、その……。お二人とも有名ですので……。
公爵令嬢様と、情報屋という話は……」
「その程度かよ。つまんねーの」
「それで、なぜあなたはこんな所にいらしたの?」
「それは……」
ミーは涙を浮かべ、静かにこぼす。
「神様にお祈りしていたんです……」
「ほー、ずいぶん信心深いこって」
「けれど、人の居ないであろう時間を狙って祈るなんて、普通はしませんわよね?
なにか理由があるんじゃございませんの?」
「それは……。私、学園を辞めないといけなくて……」
「学園を辞める? それはどうしてかしら?」
「…………。お恥ずかしい話なのですが……。ウチには借金がありまして……。
最初は、ほんの小さな額だったはずなんです……。なのに、いろんな理由を付けて……」
「ん? 借金? ってことは、学費の問題か?
しかし借金で退学ってことは、貴族ではありえないな?
けどよ、平民なら学園に入れた時点で、学費は免除されてるだろ?」
ヴァイスの言う通り、この学園に通える平民は、能力を認められた者だけだ。
つまり特待生であり、学費が免除される。だから、彼女が学費の負担のため学園を辞めざるをえないというのは、考えにくいのだ。
そして貴族ならば、借金で子どもを退学させるなどということも考えにくい。
借金でお家取り潰しになる場合であっても、別の貴族に養子に出されることが通例だ。
ならば貴族の地位は変わらず、養子だからと学園を辞めさせれば、世間体が悪くなる。
なによりもメンツを大切にする貴族が、学費などという端金のために、そのようなことをするはずがない。
「はい……。ですが、借金の返済のために……」
ミーは、肩を震わせ、ポロポロと涙をこぼす。
そして嗚咽にも似た声で、続きを吐き出した。
「花を売れと……」
「あら、お花屋さんで働くことになるの? それは大変ですわねぇ……」
「あー、エリーさん? ちょっとこっちに……」
「なんですの!?」
ヴァイスにぐいっと引っ張られ、聖堂の隅へと連れられる。
そして小声で耳元に、先程の言葉の意味を説明したのだ。
「あれはつまり、アレだ」
「アレ?」
「あー、身体を売れってこ……。ぐはっ!」
咄嗟に腹に一撃入れてしまった。けれどこれは仕方ないことだ。事故だ。
まさかヴァイスの口から、そんな言葉が出るとは思っていなかったのだから……。
「おまっ……。うわ、顔真っ赤だぞ?」
「誰のせっ……!」
「静かに」
手で口を塞がれ、言葉を遮られた。
そして真剣な表情で、ヴァイスは見つめてくる。
「世の中そんなもんだ。むしろ、命あるだけマシだ。
昨日やられたリカルドなんて、闇市で臓器売買していたらしい」
「臓器売買?」
「あぁ。身体を悪くした金持ちどもは、悪くした部位を材料にした薬を飲めば、治ると信じてる。
その材料にするため、闇ルートで人間を仕入れて、バラしてたって話だ」
「そんなこと、許されるはずが……」
「バレなきゃ犯罪じゃない。オーケー?」
「…………」
「お嬢様には、少しばかり刺激が強かったか?
お前があのピンク頭にやってることが見逃されるのは、世間はもっと黒いからさ」
「それとこれとは、関係ありませんわ!」
「まあいい。ともかくそういう話だ。
なにより、俺たちがどうこうできる問題でもない」
「…………」
ヴァイスの言う通りだろう。ミーを助けたくたって、私には何の力もないのだ。
けれどもう一人の私なら、もしくは……。
「ミーさん。事情はわかりましたわ。
ところで、その借金とは、どなたに借りていらっしゃるのかしら?」
「おいエリー! んなもん聞いてどうすんだ!?」
「私にも多少の蓄えはありますわ。あなたに情報料を、ポンと支払えるくらいにはね。
ですので、利子程度なら建て替えさせていただきますわ」
「お前……。んなことしたって、意味ないだろ?」
「だからって、学園を追い出される方を見逃せませんわ!」
「いえ、そう言っていただけるだけで十分です……。
ありがとうございます。さよなら……」
「ちょっと! お待ちになって!」
ミーは涙をぬぐい、深々と頭を下げたあと、聖堂から逃げるように出てゆく。
その背を見送ることしかできず、私たちは取り残された。
「ヴァイス」
「調べろってか? なんでそこまでする?」
「私は7番目の女ですもの。たとえ女王の座が遠くとも、この国を導く責務があります。
ならば、見てしまった悪を、見なかったことにするつもりはありませんわ」
「自分のことを棚に上げて、お前がそれ言う?
ま、いいけど。高いぞ?」
「働き次第、ですわね」
「んじゃ、超特急・超高価格で調べてやるさ」
「頼みましたわよ」
ヴァイスは人間としては信用ならないが、情報屋としてはこれ以上の者はいない。
超特急と言ったからには、明日までには調べ上げてくるだろう。
超高価格というのもまた、恐ろしい請求額になるのだろうけれど……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!