悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03暑い夏の夕暮れ

公開日時: 2022年3月11日(金) 21:05
文字数:2,658



「本当に性根が腐ってますね!」



 あの夏休みの日、アルバイト先へとわざわざ出向いてきた情報屋という皮を被った悪魔に、私はそう吐き捨てていた。


 そりゃ、前から人間性に難ありとは思っていたけれど、それでもそれまではほんのちょっと、ほんのちょっとだけ、この人にだって良心というものがあるって信じてたわ。

でも、その時の指示は、到底そんなもの存在しないんだって思えるものだったの。



「おいおい、性根が腐ってるなんて心外だな。今の話のどこに不満があるってんだ?」



 心ない指示に、夏の暑さもあって汗ばみながら言い放った私に対して、情報屋のヴァイスは汗ひとつかかず、ぽかんとした表情で言葉を返した。本当にこの人は……。



「自分で仰った仕事の内容、理解していないんですか?」


「理解してないもなにも、内容なんざ“鉄の死神のあとを動物たちに追わせろ”ってだけだぞ?

 お前が危険な目に遭うわけでもなく、手下だって猫やら犬やらなら、相手もまさか殺すわけないだろ?

 超人道的かつ超平和的依頼内容に、俺様自身俺様の正気を疑う内容だぜ」


「大事なところを省きましたよね!?」


「大事なところ?」


「ええ。さっきは“鉄の死神がターゲットを襲った後を追え”って言ったじゃないですか!」


「それがどうした?」


「それがって……。それって、狙われた人を見捨てるってことじゃないですか!」


「うん。そうだが?」


「そうだけどって……」



 大きなため息と共に、この人は同じ言語で会話していても、きっとそう聞こえるだけで全然違う、遠い異国の地の言葉で喋っているのかもしれない。なんて考えが頭をよぎった。

でなきゃ、こんなに常識はずれなことを言い出すとは思えないし、私自身が思いたくなかったもの。



「なんであなたは、命の危険があると分かっている相手を放置できるんですか!!」


「そりゃお前、俺には関係ないヤツだし」


「そういう所が、性根が腐ってるって言われる原因なんですよ!!」


「言ってるのお前だけだけどな」


「大抵の人はそう言いますよ!!」


「けどよ、だからってどうするんだ? お前にゃなんにもできねえだろ?」


「はい?」


「ったく、何にも考えず口ばっかの正義感かよ」



 ほとほとあきれたと言いたげに、首を振りながらため息をつくヴァイス。

コイツだけにはそんな反応されたくねぇぇぇぇ!! という心の内に潜む野獣を押さえ、引きつる頬に営業用スマイルを押し付けた。



「言いたいことがあるなら、仰ってくださいな」


「あ? なら言うけどよ、お前こそ今回やること分かってんの?」


「わかってますよ! ターゲットになるであろう人物に近づいて、鉄の死神が来るのを見張るんですよね!?」


「誰が?」


「わた……。あっ……」


「気づいたか。手下の動物使うんで、お前自身は現地にゃ入らねえんだよ。

 で、報告を受けて遠目に見える位置で相手の人相を確認するってのが、お前の仕事だ。

 つーまーりー、お前が鉄の死神が実際お仕事してる現場には居合わせねえってワケ」


「ぐっ……」


「やーっぱ口だけで、なーんも考えてねえじゃねえか」


「だけどっ!」


「いいか、これはこっちの身の安全を考えた上での作戦だ。

 俺は情報屋の仕事に命を賭けてる。だが、んなことで本気であの世に行くつもりはねえ。

 ついでにお前もだ。やらせるからには、身の安全を第一に考えてやってるつもりだ。

 よーく考えろ。お前がやるべきは、見ず知らずのヤツを助けることなのかどうかってのをな」



 ぐいっと顔を近づけてそう言う彼の表情は、いつもの冗談交じりで人を小馬鹿にしたようなものでも、他人の命などどうでもいいと思っているような冷淡さでもなかった。

少なくとも彼は、私の身の安全は彼自身の次には案じているのだと思う。もちろん、使える手駒としての価値しかないんだろうけれど……。



「ま、どのみちお前に拒否権はねえんだ。スキルを教えた分働いてもらうぜ?」


「…………。わかりました」


「で、その次に狙われるであろう相手ってのは、ちょっとした印刷所をやってる工場主だ。

 これがソイツの住んでいる家と、工場の場所を書いた地図だ。暗記しろとは言わんが、余計なことを書き込むなよ」



 ひらひらと、私の目の前にメモの紙を泳がせながら彼は言う。

そこに書かれていたのは地図らしき図形と、×と星と二重丸の記号。ぱっと見では、どこの地図なのか分からない雑なものだ。



「こんな地図じゃ、どこだかわかんないですよ」


「そりゃそうだろ? 誰かに拾われたとして、なにが書かれているか知られるのはマズいんだからな。

 この地図の読み方は後で教えるとして、相手の家はともかく、工場が問題だ」


「問題?」


「ああ。表向きはただの酒場だが、地下が印刷所になっているようでな」


「そんなの、どうやって潜入するんですか」


「だーかーらー、お前が行くわけじゃねえんだって。猫でもネズミでも、好きなの使え」


「あ、そっか」


「で、四六時中相手を見張らせろ。報告は鳩にでもさせりゃ早いだろ」


「それじゃ、猫は不向きかな……。鳩とだと喧嘩しそうだし」


「んなもんどうでもいい。お前の思うようにしろ」


「わかりました。で、期間はいつまでです?」


「あ? 当然ソイツがくたばるまでさ」


「えっ? そんなのいつになるか……。それに、本当にこの人が狙われるんですか?」


「俺の調べた限りでは十中八九、次はコイツで間違いないだろう。それも近いうちにな。

 そうだな、もし夏休みが明けるまでに事が起こんなきゃ、そんときゃお前さんの勝ちってことでいいぜ」


「勝ちって……」


「スキル教えてやった情報料をまけてやるってこった」


「えらく気前がいいですね」


「まあな。もしお前の負けだったら、その次も仕事を振るんでよろしくな。

 そんじゃ、俺は帰るかね。あー、今日も暑い暑い」


「ちょっと!?」



 そう言ってへらへらと笑いながら、彼は夕暮れの赤く染まる商店街へと、文字通り溶けるように消えていった。

けれど、少し彼の言葉に引っかかりを覚える。彼に協力するって決めたのは私なのに、賭けに勝てばそのまま終わり……? それって……。



「そっか、鉄の死神が今後ずっと動かないなら、もう私が情報収集する必要もないんだ……」



 店の掃除をしながら、私はふっと呟いていた。

もしそうなったなら、鉄の死神の手にかかる犠牲者は出ない。そのうえ、あの情報屋と別れられるなんて、嬉しい未来ではあるのだけど……。

同時に彼が居なければ、エリヌス様との繋がりも途絶えてしまうのではないかという、不安も孕んでいた。


 そんなことを考えてしまう私も、人のことを言えないくらい性格が悪いなって、冷たい笑いが出てしまったのだ。

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