「ミーちゃんお待たせ」
声に振り向けば、カノさんが袋片手に駆け寄ってくるところだった。
ソーセージを袋に入れるくらいいっぱい持ってきたんですかね? 猫は一匹なんだけど。
というか、まだ来てないんですけど。
そんなツッコミを心の内に秘めつつ、初めて会った人と気まずい空気が流れ出す前に、カノさんが戻ってきてくれたことに少し安堵していた。
けれどカノさんははたと立ち止まり、手に持っていた紙袋を落とす。
「ってアーク!? なんでお前が居んだ!?」
石畳の上をコロコロと転がるソーセージに気付かず、カノさんは驚きの声色でそう言う。
あれ? 二人は知り合いなんだし、そんなに驚くところかな?
もしかして、かなり久しぶりの再会だとか? これは私、お邪魔虫の予感!
「なんでって、そろそろ店も閉める時間ですからね。迎えにきたのですよ。
どうです? これから夜の街にデートしませんか?」
「ばっ! デートとかお前!」
「そうですよね。カノには何処の馬の骨かもわからない猫がいますもんね。
カノはいつもそうです。わたくしのこと、一体なんだと思ってるんです?」
「っ……!?」
え? なにこの反応? 待ってた? それにデート?
まさかこの二人はっ!
「キマシッ……」
「ふふっ、ちょっとからかっただけですよ。そんな顔しないでください」
「えっ……。なんだ、そうだったんですか」
って、私はナニを期待してるんだって話ですよ!
でもでも、それもこれもカノさんが困惑し切った顔したのが悪いんですからね!? 我ながら見事な責任転嫁である。
「街を案内してほしいのは本当ですけどね。
なにせ昨日到着したばかりで、右も左もわからないのですよ」
「そうなんですか。アークさんは遠くからいらっしゃったんですか?」
「あー、ソイツは俺がこっちに移ってくる前からの連れでな……」
「ええ。でもカノってばひどいんですよ? 昨日も少し話しただけで、宿に放り込まれたんですから。
そのうえ店には来るなとか言うもんですから、少し仕返しをしようかと思いましてね」
「お前……」
「そういえば昨日店を開けてた時ありましたもんね。そういう理由だったんですか」
昨日、店を閉めてからカノさんは店を私に任せて出て行ったんだけど、それならそうと言ってくれればよかったのに……。
まあ、おかげでヴァイスの来訪と鉢合わせずに済んだから、私としても都合が良かった……。
あれ? あの時ヴァイスは、私が一人になるように仕組んだって言っていたような……。
「ああ、ミーちゃんには世話かけたな」
「いえいえ、とんでもない。私が一人でお店を回せるなら、一日アークさんに街を案内することもできたんですけど……」
「おいおい、手伝ってくれてるだけで十分ありがたいんだ。そこまで気を使わなくたっていいさ」
「そうですよ。カノは甘やかすとつけ上がりますからね」
「おい!」
「ぷっ……」
あのカノさんが手玉に取られている姿に、思わず吹き出してしまった。
だって、カノさんという比較対象が悪いだけにしたって、小柄なアークさんの方が何枚も上手なんだから、なんだかおかしくなっちゃうのも仕方ないでしょ!?
「なんだよミーちゃん!」
「すみません、お二人は仲が良いんだなと思って」
「ったく、アークはいっつもこうなんだよ!
それより! 猫さまはどこだ!? 猫様!」
ささっと地面を転がっていたソーセージを拾い口早にそう言うのは、どうやら照れ隠しのようだ。
だって頬は緩んでいるし、少しばかり顔が赤いもの。
「って、カノさん? 猫を期待しているのはいいんですけど、来るかどうかは……」
「それに、カノは猫好きですが猫には嫌われていますからね。来てくれるかどうか……」
「嘘だろ!? せっかくおやつも用意したのに」
がっくりと肩を落とすカノさん。そんな時、ずっと無言でこちらの様子を見ていたハト、つまりエージェントPがバサバサと羽ばたき、こちらへと近づく。
そしてさも当然のように私の肩へと止まり、耳元でささやいた。
『嬢ちゃん、エージェントNのヤツはすでに来てるぜ。けどよ、こいつらに見られても構わないのか?』
いや、懐いてるってことになってるけど、さすがにこれはおかしいでしょ!?
それに動物と意思疎通できることは、しばらく隠しておけってヴァイスも言ってたし……。
どちらに対しても違和感ないようにする、そんな難しいこと私に期待しないでよ!
「おお、めちゃくちゃ懐いてるじゃねえか」
「えーっと……。うん、猫も来てくれるといいんだけど」
『それじゃ、Nの野郎を呼んでくるぜ』
「そうだな、せっかくだししばらく待つとするか」
なんとかうまく、どちらに対しても違和感なく返事できた……。のかなぁ?
ともかく私の意図をくみ取ったのか、エージェントPは頭をひと撫でしてあげると飛び立ち、どこかへと姿を消した。
「あっ、いっちまったな……」
「やはりカノは、猫だけでなく動物全般に嫌われているのかもしれませんね」
「そんなぁ……」
「いつもならそろそろ来ると思うので、少し待ってみませんか?」
「だな。時間もあるし、そうするか」
そうしてしばらくの間、私達三人は猫(しゅじん)の到着を待つ忠実な下僕となったのだった。
本当ならエージェントとのやり取りはこっそりしたかったのだけど、カノさんの猫を期待する目を見てしまうと、ちょっと追い払うのがかわいそうになっちゃったのよね……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!