「ロート国の次期女王……。これはまた、大きく出ましたね」
「信じてないなー?」
「当然でしょう」
自身が他国の王女だなど、ただの平民の妄想にしたって、あまりにも突飛な話だ。
常識的で冷静なエイダには、到底信じられるはずもなかった。
けれど同時に、セイラが嘘をつく必要性もないとも考える。
「あまりに現実味のない話です。
証拠がなければ信じられないのは、いたって普通のことだと……」
途中まで言い終えていた言葉は、セイラがひらひらとつまんで揺らす、封筒にさえぎられた。
「その封筒……。たしか宛先は……」
「ロート連邦、だよね?」
「いえ、だからといって……」
「じゃあ、別の角度から考えてみよう。
なぜオズナ王子は、エリヌスという許嫁がいるにも関わらず、平民の女を選ぶのか。
シンキングタイムスタート!」
「むっ……。そのようなこと、ただの一目惚れなどでも十分な話……」
「責任感と優しさのカタマリのような、完璧超人がその程度で動くとでも?」
「王子の性格など、本当のところはわからないでしょう。
相手は王族。貴族たちと同じく、取り繕うのは手慣れたもののはずです」
「プールでボールぶつけられて、鼻血出してる平民の女を、甲斐甲斐しく介抱するような子だよ?」
「あの場には他の者も居ましたし、王子らしく振る舞った可能性も……」
「人の見てる場なのに、御令嬢に対しては、声を荒げていたように思うけどねぇ」
「…………」
淡々と考えの幅を狭めようとするセイラに対し、少々苛立ちながらもエイダは考える。
言われた通り、状況を見れば筋は通っている。しかし、納得はできないでいたのだ。
「では、逆に問います。
あなたがロート国の王女であったとして、オズナ王子はなぜそれを知っているのでしょう?
そしてそれがどうして、お嬢様との許嫁関係を破棄してまで、あなたを選ぶ理由となるのでしょう?」
「ホント、頭の回る人だ。現実味がないと言いながら、一蹴するでもなく質問を返すなんてね」
「誤魔化そうとされてますね?」
「いや、答えるよ。まずはなんだっけな。
そうそう、オズナ王子がなぜ知っているか、だよね。
そりゃもうアイツしかいないでしょ」
「情報屋……」
「そう。どこから情報を手に入れたか知らないけれど、彼が王子に入れ知恵してるのさ。
そしてふたつめ、なぜ許嫁を解消してまでこちらに傾倒するのか。
それは、ロート連邦との関係修復のためだね」
「関係修復?」
「外交なんてさ、どんな交渉よりも、婚姻関係で結んだ方が早いし強固なのさ」
「つまり、政略結婚と」
「そういうこと。王子は両国間の関係を重視している……。
というよりも、自身の犠牲で他が助かるなら、迷わずそちらを選ぶような人なんだよ」
「かの王子が自己犠牲的だと?」
「考えてもみなよ。第一王子が、実質人質である留学するなんておかしいと思わないかい?
あれもまた、自分が行けば他が助かると考えた王子の判断なんだよ」
「まさか。留学当時は、まだ6歳だったんですよ?」
「もし本来留学するはずだったのが、自身の大切な人だったら?
それもとびっきり可愛くて、か弱い箱入り娘だったら?」
そこまで言われて気付かぬエイダではない。
王子の人となりを知らずとも、するすると疑問の糸が解けるのを感じたのだった。
「…………。本来、お嬢様が留学されるはずだったと……」
「そういうこと。ははは、美しい自己犠牲だねぇ」
「しかし、ならば疑問が残りますね。
なぜそれほどまでに大切にしているお嬢様を、王子は切り捨てるのか。
そしてもうひとつ、あの情報屋が、王子をあなたに焚き付ける理由も理解しかねます」
「理解が早くて助かるけど、少し休もうか」
そういうとセイラは立ち上がり、紅茶を淹れ直す。
茶菓子のクッキーも新たに用意し、おおきな一口で頬張り、お茶で流し込んで一呼吸置いた。
「それじゃ、ヴァイスの方から。簡単な話さ。彼は、御令嬢を狙っている」
「それは、なんとなく感じておりました」
「だから、許嫁である王子が邪魔だった。
その関係を解消させるために、主人公セイラに協力し、二人を別れさせるんだ」
「かといって、王子にその気がなければ成立しない話でしょう?」
「王子は受け入れざるをえないよ」
「それはなぜでしょう?」
「ヴァイスの陽動で、ロート連邦が動く。
あの献身的な王子が、国民を危険に晒してまで御令嬢を選べるかな?」
「つまり情報屋は、自らの欲望のために戦争の火種を撒いていると……」
「彼のやりそうなことでしょ?」
「ええ、楽しそうに火をつけて回っているのが、目に浮かぶようです」
クスクスと笑えぬ冗談で笑いあう。
それは、二人の認識が一致した瞬間であった。
しかしセイラは、ぐっと紅茶を飲み干し、困ったように言葉を続ける。
「けどこれは、確定情報じゃない」
「おや、これはゲームと小説で、すでに見ている話なのではないのですか?」
「確かにそうなんだけど……。ゲームと小説では、設定が微妙に違っているんだ」
「設定が違う?」
「うん。元々ゲームでは、その辺の説明がないんだ。
そのうえ小説は、ゲームでの悪役令嬢、つまりエリヌス嬢の人気が出たことで出版されたものでね。
彼女が主人公として描かれ、彼女にみなが惹かれている前提で書かれている。
ゲームと小説、どちらの設定がこの世界に適用されているかが問題なんだよね」
「つまり、あなたの唯一のアドバンテージである情報が、間違っている可能性もあると」
「そのうえ、僕がセイラをやっているせいで、変わってしまったこともあるかもしれないからね」
「なるほど。一筋縄ではいかないと……」
「そういうこと。だから君に全てを話したんだ。
君と僕は、利害が一致してる。協力、してくれるよね?」
「…………」
黙り込み、今までの情報を整理するエイダ。
全てを信じることは難しい。けれど彼を敵に回すのは選択肢にない。
「ええ、もちろん。利害の一致するうちは、ですがね」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!