悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

08同盟

公開日時: 2021年11月29日(月) 21:05
文字数:2,377



「ロート国の次期女王……。これはまた、大きく出ましたね」


「信じてないなー?」


「当然でしょう」



 自身が他国の王女だなど、ただの平民の妄想にしたって、あまりにも突飛な話だ。

常識的で冷静なエイダには、到底信じられるはずもなかった。

けれど同時に、セイラが嘘をつく必要性もないとも考える。



「あまりに現実味のない話です。

 証拠がなければ信じられないのは、いたって普通のことだと……」



 途中まで言い終えていた言葉は、セイラがひらひらとつまんで揺らす、封筒にさえぎられた。



「その封筒……。たしか宛先は……」


「ロート連邦、だよね?」


「いえ、だからといって……」


「じゃあ、別の角度から考えてみよう。

 なぜオズナ王子は、エリヌスという許嫁がいるにも関わらず、平民の女を選ぶのか。

 シンキングタイムスタート!」


「むっ……。そのようなこと、ただの一目惚れなどでも十分な話……」


「責任感と優しさのカタマリのような、完璧超人がその程度で動くとでも?」


「王子の性格など、本当のところはわからないでしょう。

 相手は王族。貴族たちと同じく、取り繕うのは手慣れたもののはずです」


「プールでボールぶつけられて、鼻血出してる平民の女を、甲斐甲斐しく介抱するような子だよ?」


「あの場には他の者も居ましたし、王子らしく振る舞った可能性も……」


「人の見てる場なのに、御令嬢に対しては、声を荒げていたように思うけどねぇ」


「…………」



 淡々と考えの幅を狭めようとするセイラに対し、少々苛立ちながらもエイダは考える。

言われた通り、状況を見れば筋は通っている。しかし、納得はできないでいたのだ。



「では、逆に問います。

 あなたがロート国の王女であったとして、オズナ王子はなぜそれを知っているのでしょう?

 そしてそれがどうして、お嬢様との許嫁関係を破棄してまで、あなたを選ぶ理由となるのでしょう?」


「ホント、頭の回る人だ。現実味がないと言いながら、一蹴するでもなく質問を返すなんてね」


「誤魔化そうとされてますね?」


「いや、答えるよ。まずはなんだっけな。

 そうそう、オズナ王子がなぜ知っているか、だよね。

 そりゃもうアイツしかいないでしょ」


「情報屋……」


「そう。どこから情報を手に入れたか知らないけれど、彼が王子に入れ知恵してるのさ。

 そしてふたつめ、なぜ許嫁を解消してまでこちらに傾倒するのか。

 それは、ロート連邦との関係修復のためだね」


「関係修復?」


「外交なんてさ、どんな交渉よりも、婚姻関係で結んだ方が早いし強固なのさ」


「つまり、政略結婚と」


「そういうこと。王子は両国間の関係を重視している……。

 というよりも、自身の犠牲で他が助かるなら、迷わずそちらを選ぶような人なんだよ」


「かの王子が自己犠牲的だと?」


「考えてもみなよ。第一王子が、実質人質である留学するなんておかしいと思わないかい?

 あれもまた、自分が行けば他が助かると考えた王子の判断なんだよ」


「まさか。留学当時は、まだ6歳だったんですよ?」


「もし本来留学するはずだったのが、自身の大切な人だったら?

 それもとびっきり可愛くて、か弱い箱入り娘だったら?」



 そこまで言われて気付かぬエイダではない。

王子の人となりを知らずとも、するすると疑問の糸が解けるのを感じたのだった。



「…………。本来、お嬢様が留学されるはずだったと……」


「そういうこと。ははは、美しい自己犠牲だねぇ」


「しかし、ならば疑問が残りますね。

 なぜそれほどまでに大切にしているお嬢様を、王子は切り捨てるのか。

 そしてもうひとつ、あの情報屋が、王子をあなたに焚き付ける理由も理解しかねます」


「理解が早くて助かるけど、少し休もうか」



 そういうとセイラは立ち上がり、紅茶を淹れ直す。

茶菓子のクッキーも新たに用意し、おおきな一口で頬張り、お茶で流し込んで一呼吸置いた。



「それじゃ、ヴァイスの方から。簡単な話さ。彼は、御令嬢を狙っている」


「それは、なんとなく感じておりました」


「だから、許嫁である王子が邪魔だった。

 その関係を解消させるために、主人公セイラに協力し、二人を別れさせるんだ」


「かといって、王子にその気がなければ成立しない話でしょう?」


「王子は受け入れざるをえないよ」


「それはなぜでしょう?」


「ヴァイスの陽動で、ロート連邦が動く。

 あの献身的な王子が、国民を危険に晒してまで御令嬢を選べるかな?」


「つまり情報屋は、自らの欲望のために戦争の火種を撒いていると……」


「彼のやりそうなことでしょ?」


「ええ、楽しそうに火をつけて回っているのが、目に浮かぶようです」



 クスクスと笑えぬ冗談で笑いあう。

それは、二人の認識が一致した瞬間であった。

しかしセイラは、ぐっと紅茶を飲み干し、困ったように言葉を続ける。



「けどこれは、確定情報じゃない」


「おや、これはゲームと小説で、すでに見ている話なのではないのですか?」


「確かにそうなんだけど……。ゲームと小説では、設定が微妙に違っているんだ」


「設定が違う?」


「うん。元々ゲームでは、その辺の説明がないんだ。

 そのうえ小説は、ゲームでの悪役令嬢、つまりエリヌス嬢の人気が出たことで出版されたものでね。

 彼女が主人公として描かれ、彼女にみなが惹かれている前提で書かれている。

 ゲームと小説、どちらの設定がこの世界に適用されているかが問題なんだよね」


「つまり、あなたの唯一のアドバンテージである情報が、間違っている可能性もあると」


「そのうえ、僕がセイラをやっているせいで、変わってしまったこともあるかもしれないからね」


「なるほど。一筋縄ではいかないと……」


「そういうこと。だから君に全てを話したんだ。

 君と僕は、利害が一致してる。協力、してくれるよね?」


「…………」



 黙り込み、今までの情報を整理するエイダ。

全てを信じることは難しい。けれど彼を敵に回すのは選択肢にない。



「ええ、もちろん。利害の一致するうちは、ですがね」



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