悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

16雨乞いのメイド

公開日時: 2021年7月31日(土) 02:05
文字数:2,230

 カノさんと、地上げ屋トーテスの間に突然現れた、メイド服の女性。

彼女は落ち着いた口調で、雨を降らせたのは私だと名乗り出た。



「そうですか。探す手間が省けて助かります。

 では、検査の方を……」



 黒い思惑を隠しきれない表情でニヤつくトーテス。

けれど全てを言い終わる前に、彼は何かに気づいたのか、途中で動きを止めた。

メイドの人はただ、首に巻いた青いリボンのタイを整えただけに見えたんだけど、何かあったのかな?



「…………。これは失礼、どうやら私の思い違いのようですね」


「ええ。わたくしはただ、お嬢様の命で行動したまでです」


「そうでしたか……」



 口惜しげな表情で、トーテスは引き下がる。

一体なにが……? あの人は、誰に仕えている人なんだろう?



「面白い奴が入ってきたな」


「ひゃっ!?」



 突然のヴァイスの声に、またもびくりとさせられた。

そういえば、まだ居たのねこの人。



「ちょ……。お前、俺のこと忘れてたな?」


「気配消されちゃ無理よ」


「気配消してねえし……」


「そう。で、あの人って誰?」


「ん? 高いぞ……。と言いたいところだが、サービスだ。

 アイツはエイダ。エリーちゃんの専属メイドさ。

 トーテスは、タイを止めてるボタンを見て、それに気づいたようだな」


「ボタン?」


「エリーちゃんトコの家紋が入ってんだよ。

 使用人とはいえ、公爵様のトコのヤツを疑うなんてできねえだろ?」


「あぁ、それで……。でも、なんでそんな人がこの商店街に?」


「この先は有料だ」


「また、いいところで切る……」



 彼のやり口に辟易しながらも、それが聞けただけで十分だ。

そっか、あのメイド服に見覚えがあるのは、学園の制服だからだ。

生徒ではなく、貴族に付く使用人用の制服。

なので、貴族の学生の隣には、必ずあのメイド服の人か、執事服の人が付いている。


 彼女はお嬢様の命で来たと言ってたよね。

ということは、エリヌス様はまた、困っている人を助けようとしてるのね……。

やっぱりエリヌス様は、他の貴族とは全然違う人なのね……。



「おーい、意識が飛んでねえか?」


「へっ? そっ、そんなことないし!?」


「ならいいんだがな。

 にしても、エリーちゃんは一体何を考えてんだか……」



 ヴァイスはため息をつきながら、やれやれといった表情を浮かべている。

いつも近くに居るみたいなのに、エリヌス様のこと、何もわかってないのね。

きっと、地上げ屋を懲らしめようとしてくれてるはずよ。

だって、エリヌス様だもの!



「しかし、これで放火犯と消化班が別人ってのがはっきりしたな」


「え? なんで?」


「お前なぁ……。お前だって、授業受けてたから到着が遅れたんだろ?

 つまり、アイツが火を付けるには、授業をサボってなきゃなんねえ。

 そんなん、学園の教員達に裏取ればすぐバレるだろ?」


「そっか。本当に犯人なら、そんな状態で絶対名乗り出ないよね」


「そういうこと。アイツは絶対に疑われないって確信があるから出ていったのさ。

 もちろん、公爵の後ろ盾があるってのも理由だろうけどな」


「ということは、トーテスの言っていた話は、でっち上げだったのね?」


「だろうな。といっても、犯人を作るなんてのは、権力のある奴には簡単だけどな」


「えっ? それって……」


「アイツの言っていた筋書き通りに、事実のほうを曲げるつもりだったんだろうよ」


「なにそれ! ひどいじゃない!」


「しっ……。俺のスキルじゃ、アンタの声までは消せないから静かにな。

 ま、権力者ってのは、権力を悪用するもんなんだよ。覚えておきな」


「そんなの覚えたくないわね……」



 ということは、検査と言われていたものに連れて行かれてたら、ありもしない罪で罰せられてたかもしれないのか……。危ないところだった。


 でも、権力者が権力を悪用するとして、今回の場合はどっちが勝つのだろう?

公爵の使用人と、どこかの貴族と繋がっている地上げ屋。

どっちも微妙に権力本体からは遠い気がするんだけどな。



「トーテス様、お嬢様がご心配されておりましたよ」


「ええ、先日もお父様とともに屋敷へといらして、話をさせていただきました。

 お若いのに真面目で、熱心な方ですね。そのうえ、私のような者を心配してくださる、お優しい方だ」


「でしたら、目立つ行動はお控えください。

 お嬢様の心配事を増やすのは、わたくしとしても看過できません」


「ですが、これが私の仕事……」



 その瞬間、パンっと何かが破裂するような音が耳を刺す。

ふっとその音の方へと顔をやっても、そこには店々の屋根と、青い空が広がるばかりだった。


 そして、次の瞬間には悲鳴が耳をつんざいた。

なにごとかと再び振り向く。けれど、私の視界はその瞬間に暗転した。



「ミーセンパイ、アンタにゃ刺激が強すぎるぜ」


「え? 何があったの!?」


「ま、あとで教えてやる。もちろん無料でな。

 おいオッサン! コイツを頼む! 絶対アレを見せんじゃねえぞ!」


「ああ!? 誰がオッサンだっ!」



 どうやら、ヴァイスに目隠しをされているようだ。

そんな私は、体ごとポイっと放り投げられ、どすっと硬い壁にぶつかった。



「いったいなんなのよ!?」



 その声はヴァイスには届かず、壁を見上げれば、そこには苦笑いのカノさんの顔。

どうやら、壁だと思っていたのは、カノさんだったみたい。



「あの、何があったんですか?」


「いや、知らない方がいい。とりあえずここを離れよう」



 言葉が早いか、行動が早いか。

カノさんは私を抱え上げて、見た目からは想像できない速さで走り抜ける。

なにがなんだかわからず、私はお姫様抱っこのまま、パン屋まで運ばれたのだった。

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