カノさんと、地上げ屋トーテスの間に突然現れた、メイド服の女性。
彼女は落ち着いた口調で、雨を降らせたのは私だと名乗り出た。
「そうですか。探す手間が省けて助かります。
では、検査の方を……」
黒い思惑を隠しきれない表情でニヤつくトーテス。
けれど全てを言い終わる前に、彼は何かに気づいたのか、途中で動きを止めた。
メイドの人はただ、首に巻いた青いリボンのタイを整えただけに見えたんだけど、何かあったのかな?
「…………。これは失礼、どうやら私の思い違いのようですね」
「ええ。わたくしはただ、お嬢様の命で行動したまでです」
「そうでしたか……」
口惜しげな表情で、トーテスは引き下がる。
一体なにが……? あの人は、誰に仕えている人なんだろう?
「面白い奴が入ってきたな」
「ひゃっ!?」
突然のヴァイスの声に、またもびくりとさせられた。
そういえば、まだ居たのねこの人。
「ちょ……。お前、俺のこと忘れてたな?」
「気配消されちゃ無理よ」
「気配消してねえし……」
「そう。で、あの人って誰?」
「ん? 高いぞ……。と言いたいところだが、サービスだ。
アイツはエイダ。エリーちゃんの専属メイドさ。
トーテスは、タイを止めてるボタンを見て、それに気づいたようだな」
「ボタン?」
「エリーちゃんトコの家紋が入ってんだよ。
使用人とはいえ、公爵様のトコのヤツを疑うなんてできねえだろ?」
「あぁ、それで……。でも、なんでそんな人がこの商店街に?」
「この先は有料だ」
「また、いいところで切る……」
彼のやり口に辟易しながらも、それが聞けただけで十分だ。
そっか、あのメイド服に見覚えがあるのは、学園の制服だからだ。
生徒ではなく、貴族に付く使用人用の制服。
なので、貴族の学生の隣には、必ずあのメイド服の人か、執事服の人が付いている。
彼女はお嬢様の命で来たと言ってたよね。
ということは、エリヌス様はまた、困っている人を助けようとしてるのね……。
やっぱりエリヌス様は、他の貴族とは全然違う人なのね……。
「おーい、意識が飛んでねえか?」
「へっ? そっ、そんなことないし!?」
「ならいいんだがな。
にしても、エリーちゃんは一体何を考えてんだか……」
ヴァイスはため息をつきながら、やれやれといった表情を浮かべている。
いつも近くに居るみたいなのに、エリヌス様のこと、何もわかってないのね。
きっと、地上げ屋を懲らしめようとしてくれてるはずよ。
だって、エリヌス様だもの!
「しかし、これで放火犯と消化班が別人ってのがはっきりしたな」
「え? なんで?」
「お前なぁ……。お前だって、授業受けてたから到着が遅れたんだろ?
つまり、アイツが火を付けるには、授業をサボってなきゃなんねえ。
そんなん、学園の教員達に裏取ればすぐバレるだろ?」
「そっか。本当に犯人なら、そんな状態で絶対名乗り出ないよね」
「そういうこと。アイツは絶対に疑われないって確信があるから出ていったのさ。
もちろん、公爵の後ろ盾があるってのも理由だろうけどな」
「ということは、トーテスの言っていた話は、でっち上げだったのね?」
「だろうな。といっても、犯人を作るなんてのは、権力のある奴には簡単だけどな」
「えっ? それって……」
「アイツの言っていた筋書き通りに、事実のほうを曲げるつもりだったんだろうよ」
「なにそれ! ひどいじゃない!」
「しっ……。俺のスキルじゃ、アンタの声までは消せないから静かにな。
ま、権力者ってのは、権力を悪用するもんなんだよ。覚えておきな」
「そんなの覚えたくないわね……」
ということは、検査と言われていたものに連れて行かれてたら、ありもしない罪で罰せられてたかもしれないのか……。危ないところだった。
でも、権力者が権力を悪用するとして、今回の場合はどっちが勝つのだろう?
公爵の使用人と、どこかの貴族と繋がっている地上げ屋。
どっちも微妙に権力本体からは遠い気がするんだけどな。
「トーテス様、お嬢様がご心配されておりましたよ」
「ええ、先日もお父様とともに屋敷へといらして、話をさせていただきました。
お若いのに真面目で、熱心な方ですね。そのうえ、私のような者を心配してくださる、お優しい方だ」
「でしたら、目立つ行動はお控えください。
お嬢様の心配事を増やすのは、わたくしとしても看過できません」
「ですが、これが私の仕事……」
その瞬間、パンっと何かが破裂するような音が耳を刺す。
ふっとその音の方へと顔をやっても、そこには店々の屋根と、青い空が広がるばかりだった。
そして、次の瞬間には悲鳴が耳をつんざいた。
なにごとかと再び振り向く。けれど、私の視界はその瞬間に暗転した。
「ミーセンパイ、アンタにゃ刺激が強すぎるぜ」
「え? 何があったの!?」
「ま、あとで教えてやる。もちろん無料でな。
おいオッサン! コイツを頼む! 絶対アレを見せんじゃねえぞ!」
「ああ!? 誰がオッサンだっ!」
どうやら、ヴァイスに目隠しをされているようだ。
そんな私は、体ごとポイっと放り投げられ、どすっと硬い壁にぶつかった。
「いったいなんなのよ!?」
その声はヴァイスには届かず、壁を見上げれば、そこには苦笑いのカノさんの顔。
どうやら、壁だと思っていたのは、カノさんだったみたい。
「あの、何があったんですか?」
「いや、知らない方がいい。とりあえずここを離れよう」
言葉が早いか、行動が早いか。
カノさんは私を抱え上げて、見た目からは想像できない速さで走り抜ける。
なにがなんだかわからず、私はお姫様抱っこのまま、パン屋まで運ばれたのだった。
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