悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

32突撃先輩の職場見学

公開日時: 2021年11月8日(月) 21:05
文字数:2,160



「こんにちは~」



 セイラの住むパン屋はひと気がなく、カランカランと来客を知らせるベルだけが寂しく響いた。

カウンターにも店主はおらず、棚は空っぽで店内は休業日の様相だ。

それもそのはずで、今日売るはずのパンは全てヴァイスが買い上げ、その上で無料配布したと聞いている。

そんなことをすれば、人が殺到して店ごと持っていかれかねない状況になったのは、想像に難くない。


 そんな静かな店内に、ミー先輩の遠慮気味な声だけが響いていた。

しかし奥の扉のほうから、ドシドシと少しテンポの速い、重い音が響く。その音から、男の足音だと勘の良い人物なら察するだろう。

そして扉を開け放ち、焦り気味な様子で男は言葉を放つ。



「すまんが、張り紙の通り今日は売り切れ……。ってなんだ、ミーちゃんか」


「はい。近くまで来たので、様子を見に来たんです」


「そうか。まあ、見ての通りパンは捌けたさ。おかげで、渡す分もないんだよな」


「いえいえそんな、もらいに来たわけじゃありませんから!」


「ははは、正直ウチで食べる分もないのは、初めてのことだ。

 なんで、今日の夜はどこかに食べに行こうと思うんだが……」



 二っと笑いながら頭をかくその男は、大柄で筋肉質な男だった。

ただのパン屋にしてはガタイが良すぎると思うのは、私の偏見だろうか。



「おっと、お友達もいたのか」


「あ、はい。こちら、同じ学園のエ……」


「エリーと申します。こちらはエイダです」


「おう、俺は見ての通りパン屋のカノだ。と言っても、今はパンがないんだがな。

 いつもミーちゃんと仲良くしてもらってんなら、ご馳走してやりたいところなんだが……」


「お気持ちだけで十分ですわ。それに、前にサンドイッチもご馳走になりましたし」


「おっ、そうなのか。にしても、えらくお堅い喋り方なんだな」


「あっ、それは……」


「ええ。学園には貴族も多いですので、失礼のないように普段から気を付けているんです」



 快活で人が良さそうなカノには悪いが、ここで貴族だと明かす気はない。

それに、一応嘘はついていないわ。学園には貴族が多いというのは本当だもの。

ただ私が公爵令嬢だという情報を伏せただけ。ただそれだけだ。


 しかしカノと言う男は、目が良いようだ。

私のことを疑う様子こそ見せなかったが、引っかかることがあるといった表情で私たちを見る。



「ほう……。貴族どもの中でやっていくのは大変なんだな。

 それに……、そっちのエイダって子は前に見かけた気がするんだがな」


「あら、二人は前にあった事があるのかしら?」


「おそらく、お嬢様からのご指示で、商店街の火事を消した時でしょうね」


「そん時は確か、メイド服を着ていた気がするな。それも、かなりいいトコのな」


「よく覚えていらっしゃるのね。でも、あまりその件は触れないでいただけるかしら?

 エイダはメイドですけれど、貴族ではありませんわ。お休みの時くらい、ここに居たっていいでしょう?」


「おっと、メイドだからって貴族みたいに煙たがってるわけじゃねえぞ?

 ただ、前に見た気がしたから気になっただけさ。それに、商店街を救った英雄だしな。

 この辺の奴らだって、エイダちゃんを悪く言う奴はいねえさ」


「そう言っていただけると助かります」



 私の言葉に、少々カノは言い訳がましい早口言葉を口にした。

それに対するエイダは、いつもと変わらぬ冷静さだ。優雅に頭を下げ、余裕を見せる。

今回の腹の探り合いは、こちらの勝ちとなりそうだ。



「ま、立ち話もなんだ。家の方へ入ってくれ。茶くらいは出すよ。

 あ、すでに先客が居るんだが、かまわないか?」


「先客ですか?」


「ああ、ちょっとした用事でな……」



 カノは振り返り、扉に手を掛けながらそう言う。

少々口ごもっていたのは、何か問題があるからだろうか。

そう考えていれば、カノが開ける前に扉は開かれ、扉の先からは見慣れた顔が見えた。



「んあ? エリーちゃんじゃねえか。なんでこんなトコいんだ?」


「ヴァイス……。あなたこそ、またカノさんにご迷惑をかけているのかしら?」


「えっ……。お前ら、知り合いなのかよ」



 私たちの反応に、カノはぽかんとした表情で固まる。

まさか先客と顔見知りだなんて、思ってもみなかったのだろう。ただ、それは面倒な事態の引き金になりかねない。

私はひと睨みし、ヴァイスに余計なことは喋るなと圧力をかけた。



「ええ。昔からの、腐れ縁というやつですわね。ただそれだけの仲ですわ」


「まったく、冷たい反応なこって。にしてもエイダちゃんよ、今日は珍しい恰好じゃねえか」


「…………」



 無言の圧力は通じなかったようだ。それでも、私を「お嬢様」と呼ばなかった事だけは褒めておこう。

なんて考えている私をよそに、ヴァイスはつかつかとエイダに近づき、にやけづらで制服姿を足先から頭の先までじっとりと眺める。

まったく、こんな場所でもこの二人は……。



「はぁ……」


「あ、あの……。お二人は仲が良くないのですか……」


「まあ、そうね……」



 ヴァイスの圧に、逃げるように寄ってきたミー先輩は恐る恐る問う。

この二人は、出会いから一緒であったにも関わらず、犬猿の仲と呼ばれるものだ。

大抵はエイダの「大人の対応」で済まされるけれど、メイドの立場がなければヴァイスに勝ち目はないというのが私の見立てだ。

せいぜい「誰にも見えないスキル」を使って逃げ帰るくらいしか彼にはできないだろう。

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