「その手紙についても、もちろん気になっています。
ですが、わたくしめが最も気をかけねばならないのは、誰が我々の敵になるかです」
「ふーん。物騒な発想だね」
記号を書き写しながら、目も合わせずに返すセイラ。
どうでもいいと言いたげな態度に、少々苛立ちを感じながらエイダは続けた。
「物騒、ですか」
「そうだよ。相手を敵か味方か、そんな風に二分するなんて、物騒だなって」
「しかし、お嬢様の行く末があの本の通りならば、今すぐにも行動せねばなりません。
ならば敵味方をはっきりしておくのは、なんら不思議はございませんでしょう」
「まあ、その気持ちは理解できるけどね」
「では、答えていただけますね? あの情報屋は、敵なのでしょうか」
「うーん……」
動かしていたペンを止め、セイラは椅子に大きく身体をあずけ、天井を仰ぎ見た。
腕を組み、ぐるりとストレッチするように首を回してから、エイダへと向き直る。
「敵、味方ってのは判断が付かないな。けれど、彼の役割なら知っているよ」
「役割にございますか」
「うん」
「では、その役割をお伺いいたしましょう。
あなたが判断できないなら、わたくしが敵か味方か見定めましょう」
「あー……。敵認定しても、消さないでね?」
「ふふっ……。それはどうでしょう……」
めずらしくクスクスと、いたずらじみた笑いを浮かべるエイダ。
その様子に、彼女の暴走を心配しながらも、少し可愛いとセイラは頬を緩めた。
「それで、彼の役割とはなんでしょう」
「んー、説明が難しいけど……。
乙女ゲーによくある、攻略対象のことを教えてくれる人だね」
「…………。それは、情報屋と何が違うのでしょう?」
「その説明が難しいんだってば……。
ただの情報じゃない。相手からの好感度も教えてくれるんだ。
それもあやふやな表現じゃなくて、数字で」
「数字?」
「そそ。親密度をテストの点数みたく教えてくれるのさ。
そういう、普通は見えないものを見えるようにしていないと、ゲームとして難しくなりすぎるからね」
「いまひとつ腑に落ちませんが……。
つまり彼は、あなたに問われれば、オズナ王子からどう思われているかを教えてくれると?」
「他の攻略対象もだけど、そういうことだね」
「なるほど……」
今までセイラがヴァイスの肩を持つような発言をすることがあった理由が、その時エイダの中にすとんと落ちてくる。
利用価値があるからこそ、ほぼ確実に敵として動くことになる男を、セイラは手元に残していたのだ。
なんとも抜け目ないという思いとともに、同じようにエリヌスが言っていたことを思い出す。
どれほど自身が嫌っている相手であっても、二人の合理的な判断を覆すこともできず、ひいては排除も難しいと、エイダはため息をついた。
「なぜ平民であるあなたに、みな気をかけるのやら……」
「あ、それも知りたい?」
ただ単純に、疑問が口をついただけだった。
エリヌスも、ヴァイスも、セイラを特別視している。
オズナ王子でさえ、昼のプールでの様子から、おそらくそうであろうとエイダは分析していたのだ。
実際のそれは、オズナ王子の誰に対しても変わらぬ優しさと、エリヌスに対する不信感からくる行動だったが、エイダは知るよしもない。
しかし、なんの気ない言葉によって、一番謎の多い人物の真相を知る機会を得たことに、エイダは喜んだ。
「聞かせていただけるなら、是非」
「ところで君も、ロート連邦出身なら聞いたことあるんじゃないかな?
連邦の中心であるロート国、その国の王女が幼くして暗殺された事件を」
「ええ……。まだ2歳くらいでしたので、当時のことは覚えていませんが……。
父に聞かされた話では、反政府勢力の炎魔法で、護衛の者ともども骨も残らぬほどに焼き尽くされたと……」
「そう、それだよ」
「情報を揉み消そうとしていたようですが、父は宮廷に近かったのもあって、色々噂は耳にしたようです。
連邦内での派閥争いではないかというのが、最も有力な話だとか……」
思い出すのは、数少ないロート連邦での記憶。
当時は何も知らず、まさか国から逃亡するなどと思っていなかったと、少し懐かしさに浸る。
だが、思い返してみれば、思い出の中にも不穏な空気はそこかしこにあったのだと、エイダは気付いた。
「まあ、事実は宮廷内の噂話とは違うよ」
「まさかその事件についても、あなたはゲームとやらでご存知なのでしょうか?」
「まあね。実際は、魔法を使えない王女の処分。これが目的だったのさ。
魔法至上主義の国で、魔法の使えない者が次の統治者になる。そんなの許されるはずないだろう?」
「なんと……。そのようなことのために幼い子を……」
「忘れてるかもしれないけど、同年代だよ?」
「そういえばそうでしたね……。
それで、その話がどうあなたに……。まさか……」
ふとエイダの頭に、あり得ない発想が浮かぶ。
そんなのは都合のいい話。できすぎた妄想だと吐き捨てるような、そんな発想。
けれど、話の流れを読むことにも長けた彼女には、今の会話から、その結論以外は出てこなかった。
「お察しの通りさ。僕……、いえ私は、ロート連邦の第一王女ですの」
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