「ちょっとだけ、ほんのちょっと目を離すだけで良いんですわね?」
「んあ? なんか作戦でもあんの?」
ヴァイスは、あまり真剣に悩んでいなさそうな、気の抜けた声だ。
それも当然で、皆が彼を気に留めないように、彼もまたそのような人たちを気に留めていないのだ。
それは今でも変わっていない、昔っからの彼の性格である。
そして私もまた、困っている人が居ると首を突っ込みたくなる性分は、彼と同じようにあまり変わっていない。
「あの二人の頭の上、お祭りの飾りがあるでしょう?」
「あるな」
「あれを落とせば、ちょっとは気が引けるんじゃないかしら?」
「まあ、そうかもしれないけど……。どうやって?」
「石でもなんでも、ぶつければ落ちるでしょう?」
「どうだろ? まずもって、当てられるかな?」
「やってみないとわかりませんわ」
キョロキョロと、周囲にちょうどよく投げられそうなものがないか探す。
けれど、商店街は石畳みだ。舗装されていない道と違い、投げやすく、飾りを落とせるほどの力を込められる大きさの石など落ちていなかった。
「あっ、これでいいですわ!」
「おい! ちょっと!」
ふと視界に入った、ヴァイスがいつまでもしゃぶりついているスペアリブの骨を抜き取る。
若干ヨダレが付いているのが気になるが、投げてしまえば関係ない。
勢いよく全力で、私は振りかぶり骨を放り投げた。
手から離れた骨は、くるくると回りながらも、ゆるやかな放物線を描きながら冬空を掛ける。
そして「カンッ」と軽い音を鳴らし、飾りをこづいて地面へと落ちた。
「ん?」
「なんだこれ?」
足元に落ちた骨に気付き、言い寄っていた男たちは振り向く。
けれどそれは一瞬で、到底エイダの父を助けられるほどの時間稼ぎにはならなかった。
「当たったのはすげえけど、落ちねえじゃん」
「あら……」
落胆した私をよそに、そうなることを予見していたのか、ヴァイスは冷たい言い草だ。
だが、その先に起こったことは、この場の誰もが予想していなかっただろう。
「バウっ!!」
ひと吠えと共に、落ちた骨めがけて裏路地から野良犬が飛び出す。
「きゃっ!」
それに驚き、通りがかった少女がよろめき、手に持っていた飲み物を隣を歩く、出店で出すフルーツを紙袋に入れ運んでいたおじさんへとかけてしまう。
「わわっ……」
突然のことに紙袋から手を離してしまい、中のオレンジがばらまかれてしまった。
そこへ祭りに浮かれた男の子が走ってきて……。
「うわあっ!?」
盛大にころび、とっさに出店の柱を掴んで堪えようとしたものの……。
「おい! 危ないぞ!」
柱は耐えきれず、テントごと大きく傾く。
ミシミシと音をたて、災難な通行人たちへと崩れようとしていたテント。
だが幸運なことに、その方向には街路樹が植っていた。
ガンッ! というけたたましい音はすれど、テントが崩壊することもなく、形を保ったまま、街路樹へと体を預けた。
「お洋服を汚してしまってごめんなさい」
「いやいや、お嬢さんこそ怪我はないかい?」
「ボウズ、大丈夫か?」
「うん。お店倒しちゃって、ごめんなさい」
それぞれ惨事に至らず安心し、声を掛け合っていた。
そんな様子をちらりと見ながらも、エイダの父へ文句を言う二人は、意識を逸らしていない。
「もうちょっとでいい感じに気を逸らせられたのにな」
「そんな都合よくいくわけ……」
そう言いかけた時、ことは起こったのだ。
街路樹に寄り添った出店のテントを元に戻そうと、周囲の人達が押した瞬間、木に結ばれた飾りの紐が解ける。
それは男二人の頭上の飾りが吊るされた紐であり、その紐が解けるということは……。
「痛ってえ!! 誰だんなモンぶつけたヤツは!!」
飾りは振り子のように見事な弧を描き、男へと追突したのだ。しかも二人のうちの口が悪く、気の短そうな男の方へ。
男は振り返り、テントを持ち上げようとしていた者たちへと突っかかる。
「あぁ!? お前ら何してくれてんだ!?」
耳をつんざく声に、手伝っていた人達は震え上がり手を止める。
先ほどまで因縁を付けられている店主を憐れみながらも、それを止めなかったツケが、まさかの形でこちらに返ってきたのだ。
そして見ていたのだから、わざとではないと言っても通じない相手であろうこともまた、皆がわかっていた。
だが、ひとつ違うことがある。それは彼らの目的が、祭りを台無しにすることではないという点だ。
標的はあくまでエイダの父であり、二人にとって他の祭りの参加者は、どうでもいい存在なのだ。
「まあまあ、そう声を荒げなくとも」
「けどよ、アニキ……」
「我々がここに来た目的を忘れては困りますね」
「ちっ……。お前ら、命拾いしたな!」
捨て台詞に肩を撫で下ろす人たち。
そして振り返り、当初の目的を果たそうとする二人組。
「あぁ!? アイツ、どこ行きやがった!?」
けれどそこには、すでに標的の姿はなかった。
その時にはもう、最低限の荷物と共に、エイダの父は「見えない人たち」の一員となっていたのだ。
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