悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03 強行突破

公開日時: 2022年1月14日(金) 21:05
文字数:2,333

 暑さでとめどなく流れる汗をぬぐう。

そして目に沁みる日差しを遮るように、手を額に当てながら、私は膝から崩れ落ちるように地面へと座り込んだ。


 暴投で放り投げられたボールを犬のように拾い上げて駆け戻ってきたセイラは、戻ってきてようやく今の状況に気付いた……。という台本だ。

そのままキャッチボールを中断し、彼は心配そうにするでもなく、いつも通りの無表情で私をのぞき込む。



「先生、エリヌス様が……」



 私の様子を確認してから、蚊ほどの小さな声でそう言うが、遠くで他の生徒たちを見ている教師は気付かない。

そりゃそうよ。グラウンドでそんな程度の声量じゃ、聞こえるはずもないわ。

これはあえてそうしているのか、もしくは素でやっているのか……。


 そんな心の声など知るはずない彼は、そのまま教師の元へと駆け寄り、状況を説明しているようだ。そして二人で再びこちらへと駆けてくる。

うーん、倒れたふりとは言え、このあとどう振る舞うのが正解か……。


 事情はあとで説明するという彼の言葉から、二人きりになる状況を作りたいということはわかる。

けれど、二人きりを私が良しとするのは、私の今までの行動からして不自然だ。

なんだか、私が私自身の今までの行動を元に、起こしそうな行動を考えて動くというのは、非常に違和感があるのだけど……。

ともかくそれ自体は考えても仕方ない。だいたいそんなの、昔っからお母様の前でやっていた「貴族ごっこ」に比べれば、大した問題でもないもの。


 とりあえず、悪役令嬢としての私がやりそうなことを脳内でシュミレートし、細かいことはその時の流れでいきましょう。

今はまず、王子様を待つお姫様のように、ただただ横になっていましょうか。

なんて思ってたのに、飛び起きそうなほどの大声が耳に入ってきた。



「エリヌス、大丈夫か!?」



 まったくこの教師は……。憲兵上がりだからって、貴族だらけの学園に、軍隊式のやり方を持ってこないでいただきたいものです。

しかし私も演技力には少々自信がありますので、そのような野蛮な王子様にも華麗に返させていただきますわ。



「うぅ……。少し、めまいが……」


「熱中症か!? ともかく日陰へ!」


「先生、それよりも保健室の方が……」



 共に戻ってきたセイラは、少々教師の圧に押されているように見える。

彼は普段から教室では目立たないようにしているし、友人らしき人もいない。まさに空気と呼べる存在だ。

そんな彼が、憲兵上がりの教師の圧に勝ってしまう方が、違和感があるというものだ。

ともかく、彼としては私を保健室に連れて行きたいらしい。私は気が進まないのだけどね。



「うむ、では保健室まで私が担いで行こう!」


「あの、その……。先生は授業があるので、私が連れて行きます……」


「しかし、君が彼女を担ぐなんてできないだろう?」


「エリヌス様、肩をお貸ししますのでどうぞ」



 ちょっとお待ちなさい! まさかの展開よ!?

そりゃ彼が保健室に連れて行くとなれば、二人きりになるのも不自然ではないけれど、だからって連れられて行くのはあり得ないでしょう!?


 しかし彼の言動から考えるに、その無理を通せということなのでしょうね……。

まったく、無茶振りもやめていただきたいものですわ。



「きっ、気安く触らないでちょうだいっ! 誰の手も借りなくたって、一人で歩けま……」



 ぐっと立ちあがろうとするも、力が入らず再び倒れ込む。我ながらなかなかいい演技だ。

今度お母様の面倒な話に付き合わされる時にも、この手を使ってみようかしら。そんな風に思えるほどにね。



「やはり一人では無理だ。私が……」


「さ、手をお取りください」


「しっ、仕方ありませんわね……。けれど、借りを作ったなどとゆめゆめ思いませんように……」



 セイラの手を取り、立ち上がる。そして肩に寄りかかりながら、私達は歩き出した。

少々強引だとは思いつつも、これ以外に方法がないのだから仕方ない。

まったく、暗殺仕事の指示は的確なのに、こういう時はポンコツなんですから、困ったものです。



「では、失礼いたしますわ……」



 手持ち無沙汰になった教師にそう言い残し、私達はグラウンドをあとにした。




 建物の中へと入り、無人の廊下を歩く。授業をする教師の声は聞こえるけれど、静かなものだ。

その沈黙を破ったのは、私の方だった。



「それで、わざわざこんなことをした理由を聞かせていただけるかしら?」


「その前に、ヴァイスは」


「いないわ。さっきの小芝居は、教室の窓越しに見ていたようだけどもね」


「そう」


「まったく、面倒ったらありゃしませんわ。これで妙な勘ぐりを入れられては、今後に影響しますでしょう?

 だからこそ学園では近づかないようにしていたのではありませんこと?」


「事情が変わった。昼の間も動かなければ、対処できないほどになっている」


「昼も動く? 前にも昼の間に仕事をしたことはありますけれど」


「私も油断していた。この世界の状況は、私が思っていたよりも良くない」


「あら、全てを知っているような素振りでしたのに、随分弱気になりましたのね」


「私が知っているのは、二つの物語に書かれていたことだけ。

 この世界は、書かれていないことも複雑に絡み合っている」


「それは当然ですわ。本に世界の全てを書き記すなんて、無理な話ですもの」


「そう。そして次に私が相手するのは、特に厄介」


「あら、あなたが相手いたしますの?」


「ゲームでの攻略対象は、私が関わる必要がある」


「なるほど、悪事を働く者は私が。ゲームで関わりのある人はあなたが。そういうわけですわね?」


「そう。そして次の攻略対象は、保健医のフリード」



 今までの行動から、なんとなく予想はしていた。

けれど改めて言葉にされると、なんとも居心地が悪いものだ。



「フリード様ね……。あまりお会いしたくない方ですわ」



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