36d(21/53k√3)-22n+21+44j+3=112p/34+1q(16+34m/11)+55w-11
167c+32(46u-9)-77y-32=44h-22+78f/24
206a+14+79t(12+77v+4)=56u-9(78r+13)+14g√9
一見すれば意味不明な数列。もしくは、計算用紙の一部だと思うだろう。
これは、彼から渡される「謝罪文」の裏面に記されたものだ。
いえ、正確に言えば、こちらが本来伝えたいこと。ならば謝罪文こそが、裏面だと言えるだろう。
暗号化された指令。教養のない者からすれば、意味の分からない英数字の羅列。
逆に数学の知識がある者ならば、この意味不明な数式の違和感に気付くかもしれない。
そしてその違和感から、これが暗号だと気付いたとして……。
「お嬢様、間もなく到着いたします。お荷物をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
暗号文を眺める私に、執事は言葉を投げかけた。
いつもなら隣にいるエイダは、今日は居ない。代わりの執事は、白髪の古株だ。
そして彼は、普段の私を詳しくは知らないのだろう。荷物を持たせない公爵令嬢の存在を。
「そんなに急がなくてもいいじゃありませんの。まだ馬車も止まってませんのよ?」
「左様にございますが……」
「馬車の中って、考え事するにはちょうどいいのよ。だから、もう少しこのままでいさせていただけないかしら?」
「かしこまりました……」
ため息交じりにそういえば、相手は引き下がる。
普段から阿吽の呼吸と言える間柄のエイダと違い、自分は代打でしかないと彼も分かっているのだ。
だからこそ強くは言わないし、屋敷を出る前から、こちらの様子をうかがいながらの行動だった。
だが、正直言って邪魔だ。彼にずっと付いて回られるのは、なんとか回避したかった。
「そういえば、学園は夏休み中に強力な結界を張ったらしいですわね」
「はい。最近、よからぬ魔術師が活動しているとの報告があります。
学園の生徒は、この国の未来を担う人材。当然、優先されるべきかと思います」
「ええ。スキルによって発展した国ですもの、スキル保持者を集めた学園は、最重要施設ですわ。
それに、二学期からは王子も通われるんですもの、当然の施策ですわね」
「ええ。お嬢様におかれましても、安心していただけるかと思います」
「そうね。おかげで、護衛を兼業していたエイダには、遅い夏休みを与える事ができましたもの。
これであの子も、少しは気分転換できるといいのですけど……」
今日は夏休みが明けて、初の登校日。
本来ならば、同じく学園の生徒であるエイダも登校すべきなのだが、一週間の休暇を与えることにしたのだ。
夏休み中も、ずっと私のそばから離れず、護衛とメイドの仕事をこなしていたのだから、休まる時はなかっただろう。
そういったことの積み重ねで、最近は少々疲れているというか、苛立ちを見せることもあった。
なので、いっそ休ませてはどうかと父に提案したのだ。
おかげで現在、少々窮屈な思いをすることになっているのだが……。
「お嬢様、到着いたしました」
「はぁ……」
ため息に、執事は少し困った顔をする。
気付かぬふりをして、さっと暗号文をカバンへとしまい、私は席を立った。
「お嬢様、お荷物を……」
「しつこいですわよ! この程度も持てないほど、貧弱だとお思いなのかしら!?」
「いえ、そうではなくっ……!」
逃げるように馬車を降り、扉を閉める。そして外から鍵をかけてやった。
彼は顔を青ざめさせ、扉を開けようとガチャガチャとならし、あがいている。
「お嬢様! いったいなんのおつもりですか!?」
声は響くも、何も聞こえない様子で私は御者へと目をやる。
御者も馬も、何が起こったのかとこちらへ振り向いていた。
「このまま出しなさい」
「…………。よろしいのですか?」
「なっ! なりません! お嬢様!! お待ちくださいっ!!」
後ろでは、未だに抵抗し、必死に声を上げている。
そんな執事を無視し、私は続けた。
「ええ、これは命令よ。それともあなたは、私の命令を無視できる立場なのかしら?」
「めっそうもございません。では、出発いたします。お嬢様、良い一日を」
「ええ。あなたもね」
あえて笑顔で馬車を送り出す。小さく手を振れば、御者は軽く会釈を返した。
御者の方が、よほど執事より空気が読めているというものだ。
なんてことを思いながら、私は学園へと歩みを進めようと振り向く。
そこに、いつも通り声がかけられた。ヴァイスだ。
「よー、エリーちゃん。朝からご機嫌ナナメだねぇ?」
「そんな相手に遠慮なく声を掛けるなんて、とばっちりを受けたいのかしら?」
「いんや、そうじゃねえさ。ただ、いつものメイドも居ないようだし? 俺がボディーガードしてやろうかなってね」
「お気遣いありがとう。けれど、学園内は王宮の次に安全な場所よ」
「今のところは、そうかもしれねえな」
含みのある言い方、そして意味深な笑み。
悪魔の方がまだかわいいと思える腹黒情報屋は、二学期も健在のようだ。
そしてわざとらしく、前を歩く二人組を彼は目を凝らして見つめた。
「ん-? あれって……。お前さんの王子様じゃねえの?
んで、隣に居るのは……。おっと、これは見てはいけないモノだったかな?」
その先に見えた二人組の後姿は、私の良く知る人物たちだった。
彼の言う通り、一人は許嫁であるオズナ王子。そしてその隣には、ピンク色の髪の女。
「平民が王子と同伴登校とは、いったいどんな手を使ったんだ?」
「…………」
ヴァイスの言葉に、私は答えない。なぜなら、全てを知っているから。
二人がなぜ知り合ったのか。そして、この先どうなるのかも全て……。
暗号文には『オズナ王子には消えてもらう』と書かれていたのだから。
これは、私のミスが招いた結果。
だから見届けなければならない。それが、最悪の結末だったとしても。
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