悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

第一王子と夏休み

01暗号解読

公開日時: 2021年8月28日(土) 02:05
文字数:2,365



36d(21/53k√3)-22n+21+44j+3=112p/34+1q(16+34m/11)+55w-11

167c+32(46u-9)-77y-32=44h-22+78f/24

206a+14+79t(12+77v+4)=56u-9(78r+13)+14g√9




 一見すれば意味不明な数列。もしくは、計算用紙の一部だと思うだろう。

これは、彼から渡される「謝罪文」の裏面に記されたものだ。

いえ、正確に言えば、こちらが本来伝えたいこと。ならば謝罪文こそが、裏面だと言えるだろう。


 暗号化された指令。教養のない者からすれば、意味の分からない英数字の羅列。

逆に数学の知識がある者ならば、この意味不明な数式の違和感に気付くかもしれない。

そしてその違和感から、これが暗号だと気付いたとして……。



「お嬢様、間もなく到着いたします。お荷物をお預かりしてもよろしいでしょうか?」



 暗号文を眺める私に、執事は言葉を投げかけた。

いつもなら隣にいるエイダは、今日は居ない。代わりの執事は、白髪の古株だ。

そして彼は、普段の私を詳しくは知らないのだろう。荷物を持たせない公爵令嬢の存在を。



「そんなに急がなくてもいいじゃありませんの。まだ馬車も止まってませんのよ?」


「左様にございますが……」


「馬車の中って、考え事するにはちょうどいいのよ。だから、もう少しこのままでいさせていただけないかしら?」


「かしこまりました……」



 ため息交じりにそういえば、相手は引き下がる。

普段から阿吽の呼吸と言える間柄のエイダと違い、自分は代打でしかないと彼も分かっているのだ。

だからこそ強くは言わないし、屋敷を出る前から、こちらの様子をうかがいながらの行動だった。

だが、正直言って邪魔だ。彼にずっと付いて回られるのは、なんとか回避したかった。



「そういえば、学園は夏休み中に強力な結界を張ったらしいですわね」


「はい。最近、よからぬ魔術師が活動しているとの報告があります。

 学園の生徒は、この国の未来を担う人材。当然、優先されるべきかと思います」


「ええ。スキルによって発展した国ですもの、スキル保持者を集めた学園は、最重要施設ですわ。

 それに、二学期からは王子も通われるんですもの、当然の施策ですわね」


「ええ。お嬢様におかれましても、安心していただけるかと思います」


「そうね。おかげで、護衛を兼業していたエイダには、遅い夏休みを与える事ができましたもの。

 これであの子も、少しは気分転換できるといいのですけど……」



 今日は夏休みが明けて、初の登校日。

本来ならば、同じく学園の生徒であるエイダも登校すべきなのだが、一週間の休暇を与えることにしたのだ。

夏休み中も、ずっと私のそばから離れず、護衛とメイドの仕事をこなしていたのだから、休まる時はなかっただろう。

そういったことの積み重ねで、最近は少々疲れているというか、苛立ちを見せることもあった。

なので、いっそ休ませてはどうかと父に提案したのだ。

おかげで現在、少々窮屈な思いをすることになっているのだが……。



「お嬢様、到着いたしました」


「はぁ……」



 ため息に、執事は少し困った顔をする。

気付かぬふりをして、さっと暗号文をカバンへとしまい、私は席を立った。



「お嬢様、お荷物を……」


「しつこいですわよ! この程度も持てないほど、貧弱だとお思いなのかしら!?」


「いえ、そうではなくっ……!」



 逃げるように馬車を降り、扉を閉める。そして外から鍵をかけてやった。

彼は顔を青ざめさせ、扉を開けようとガチャガチャとならし、あがいている。



「お嬢様! いったいなんのおつもりですか!?」



 声は響くも、何も聞こえない様子で私は御者へと目をやる。

御者も馬も、何が起こったのかとこちらへ振り向いていた。



「このまま出しなさい」


「…………。よろしいのですか?」


「なっ! なりません! お嬢様!! お待ちくださいっ!!」



 後ろでは、未だに抵抗し、必死に声を上げている。

そんな執事を無視し、私は続けた。



「ええ、これは命令よ。それともあなたは、私の命令を無視できる立場なのかしら?」


「めっそうもございません。では、出発いたします。お嬢様、良い一日を」


「ええ。あなたもね」



 あえて笑顔で馬車を送り出す。小さく手を振れば、御者は軽く会釈を返した。

御者の方が、よほど執事より空気が読めているというものだ。

なんてことを思いながら、私は学園へと歩みを進めようと振り向く。

そこに、いつも通り声がかけられた。ヴァイスだ。



「よー、エリーちゃん。朝からご機嫌ナナメだねぇ?」


「そんな相手に遠慮なく声を掛けるなんて、とばっちりを受けたいのかしら?」


「いんや、そうじゃねえさ。ただ、いつものメイドも居ないようだし? 俺がボディーガードしてやろうかなってね」


「お気遣いありがとう。けれど、学園内は王宮の次に安全な場所よ」


「今のところは、そうかもしれねえな」



 含みのある言い方、そして意味深な笑み。

悪魔の方がまだかわいいと思える腹黒情報屋は、二学期も健在のようだ。

そしてわざとらしく、前を歩く二人組を彼は目を凝らして見つめた。



「ん-? あれって……。お前さんの王子様じゃねえの?

 んで、隣に居るのは……。おっと、これは見てはいけないモノだったかな?」



 その先に見えた二人組の後姿は、私の良く知る人物たちだった。

彼の言う通り、一人は許嫁であるオズナ王子。そしてその隣には、ピンク色の髪の女。



「平民が王子と同伴登校とは、いったいどんな手を使ったんだ?」


「…………」



 ヴァイスの言葉に、私は答えない。なぜなら、全てを知っているから。

二人がなぜ知り合ったのか。そして、この先どうなるのかも全て……。



 暗号文には『オズナ王子には消えてもらう』と書かれていたのだから。



これは、私のミスが招いた結果。

だから見届けなければならない。それが、最悪の結末だったとしても。

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