悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

18忘れ物をとりに

公開日時: 2021年10月6日(水) 21:05
文字数:1,810

 いくら誰にも視認されていないからといって、窃盗犯ヴァイスの共犯者になるつもりはない。

なんて発想は、当時の私にはなかった。けれど、それは「いけないこと」という認識はあったのだ。

だからこそヴァイスの境遇に同情しながらも、同じような行動をするつもりはなかった。


 それに、いつも父にはお金の大切さを教えられていたし、使うあてのないお小遣いも貰っていたのだ。

ただただ溜まっていく、金色で小さな円盤だとしか、私には見えていなかったけれどね。


 屋敷と街との往復で、すでに疲れていたけれど、私は再び屋敷の扉を開けた。

そこでは、バタバタと走り回る使用人が何人も見え、明らかに異常事態であることを告げている。



「いったい、何があったのかしら?」


「さあな。んなことどうでもいいから、さっさと金取りに行こうぜ」


「いえ、少し話を聞いてから……」


「お前さ、こっそり抜け出してるっての分かって……」



 ヴァイスが言いかけた時、廊下の角から父がやって来るのが見えた。

駆け回っていた使用人たちも、父の登場にさっと列を作り、頭を下げる。



「いったい、なんの騒ぎだ?」



 父の静かな声は、先ほどのまの喧騒が嘘のように静まり返った廊下に響く。

そして並んだ者たちはみな、お互い譲るように……。いえ、押し付け合うように、誰か状況を代わりに説明してくれと目配せをするのだった。


 その中で、一人のメイドが今にも泣きそうな面持ちで、言葉を紡ぐ。

いつも私の遊び相手をしてくれている、まだ若いメイドだ。



「それが……。お嬢様の行方がわからなくなりまして……」


「…………」



 静かに父は並ぶ人々を眺め、沈黙を貫く。

その中に紛れていた私たちとも目があったように感じたが、おそらく気のせいだろう。

ただ、みなの態度を見て、ことの重大さを推しはかったのだと思う。



「状況を話せ」


「は、はい……。お嬢様がかくれんぼを提案されまして……」



 その先は、朝の出来事だった。

ただかくれんぼをして、そこそこ楽しませてから、困り果てた顔で見つける。

彼女らには、そういう筋書きがあったのだ。


 だが、屋敷中を探しても、庭中を探しても見つからず、これはおかしいと気づいたのが、ついさっきとのこと。



「もう一度探し直し、それでも見つからなければご報告に上がるつもりでした……」


「そうか……」



 父は意外にも冷静に、悩むように顎を撫でながら一言呟いた。

娘の一大事かもしれないというのに、妙に冷静なものだと今なら思う。

けれどそれが、父の官僚としての素質のひとつであるのだろう。

どのような事態にも取り乱すことなく、冷静で合理的な判断を行う。

まずそのためには、状況の把握が第一なのだ。



「普段エリヌスは、隠れる側をやらないと前に言っていたな?」


「はい。ですが、今日は様子が違いまして……」


「なるほど。どうやらあの子は、君たちを欺く、とっておきの隠れ場所を見つけたのだろう。

 ならば、もう少しその遊びに付き合ってやってほしい」


「しかし、万一なんらかの事件に巻き込まれていたとしたら……」


「ふふっ……。心配しすぎだ。屋敷の警備が万全なのは、君たちも知っているだろう?

 それに、あの子だって何もわからぬ子供じゃない。

 暗くならないうちには……。そうだな、夕食前にはちゃんと自ら出てくるはずだ。

 それまでは、かくれんぼを楽しむといいだろう」


「かしこまりました」



 父の言葉に、一様に安堵の空気が流れる。

もしこのことで罰せられるようなことがあればと、みな怯えていたのだ。

寛大な処置ではないが、少なくとも問題は先送りにされた。それだけで、多少は安心したのだ。



「では、私は執務室へ戻る。エリヌスが見つかり次第、報告を上げるように」


「はい」



 並んでいた者たちは合わせたように深々と礼をし、その様子を見届けた父は、コツコツと靴を鳴らし部屋へと戻る。

今思い返せば、もしこの現場に居合わせたのが母だったなら……。想像するだけで全身を悪寒が走る。



「やったな。これで、夕方までは遊んでられるぞ」


「えっ……。ああ、そうですわね」


「そんじゃ、部屋に行って取るもん取ったら戻るか」


「ええ。そういたしましょう」



 走り回るのをやめた使用人たちの目の前を通り、私たちは部屋へと向かう。

けれど、誰一人として幼い二人の姿を見つけることはできなかった。

その異様な光景に、少しばかりの恐怖を覚えながらも、非日常感に胸が高鳴ったのは、今でもよく覚えている。

そして罪悪感というものを初めて覚えたのもまた、この時だった。

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