「ぷっ……。あははははっ!!」
「セイラ君! 大丈夫かい!?
エリヌス、笑っている場合じゃないだろう!?」
「ふふっ……。ごめんなさい、あまりに無様だったもので……」
「無様って……」
オズナ王子は、さっとセイラを抱き抱え、プールを上がる。
そしてパラソル下のベンチへと寝かせ、執事と共に介抱しはじめた。
ミー先輩は、私の顔色を伺いながらも、その後をついてゆき、心配そうに寝かされたセイラを覗き込んでいた。
残されたエイダは、小さく耳打ちする。
「これでよろしかったのですか?」
「ええ。二人の出会いとしては上出来よ」
「ですが、それではお嬢様の立場が危うくなるかと……」
「私の立場なんて、いまさらの話ですわ。
あの二人がうまくいく方が、私には重要ですもの」
「さようにございますか」
「ま、でも一応心配するフリはしておきましょうかね」
「かしこまりました」
静かな作戦会議の後、プールから上がり様子を見れば、セイラは鼻血を出したのか、鼻に布を当てられていた。
その姿があまりに主人公というふうではなく、そしてあまりに間抜けな様子に、また笑いが込み上げてきた。
「ふっ……。くふふっ……」
「エリヌス! 笑い事じゃないだろう!?」
声をこらえきれない私に、オズナ王子は声を荒げる。
彼にとってみれば、自身のミスで怪我をさせておいて、それを笑っているのだから怒るのも当然だ。
逆に言えば、悪役令嬢としてはこれ以上ない展開と言えよう。
「もうしわけ……、ありません……。
しかし、なんだかおかしくなっちゃって……、ぷふっ……」
「エリヌス……。君には心底失望したよ」
そう言い残し、オズナ王子は背を向ける。
そして、執事にセイラを抱えさせ、立ち去ろうとするのだ。
「オズナ王子、お待ちください! どこへ行かれるのですか!?」
「彼女を保健室まで連れて行く。君たちは遊んでいるといいよ」
「でしたら、私もついて行きます!」
「来ないでくれ! これ以上僕を怒らせないでくれ!」
「そんなっ……」
ツカツカと歩みを進め、オズナ王子とセイラを抱えた執事は校舎の方へと姿を消した。
その後を追い、彼らが完全に見えなくなってから、私はプールサイドのミー先輩たちの元へと戻る。
「さっ、邪魔者はいなくなりましたし、続きをしましょうか!」
「ええ……。なんでそんなに晴れやかなんですか……」
「だって、やっと肩の荷が降りたんですもの! これで憂いなく遊べますわよ!!」
「穏便に済ますって話はどこへ……」
「うふふ……。そうでしたっけ?」
王子に愛想をつかされ、必死に弁明しようとしていたはずなのに、今では満面の笑み。
あまりの豹変っぷりに、心底あきれたのかミー先輩とエイダのため息が重なった。
私自身、ここまでうまく演技できたことに驚いているほどだ。
もしくは、これが悪役令嬢としての素質があるというものなのかしらね。
「でもさすがに、さっきのことで周りの目もあるのでやめておきましょう」
「え……?」
ふと周囲を見回すと、プールを使っている人たちの視線が、さっと逃げるのを感じた。
つまり、今までは注目の的だったということだ。
「…………。そうですわね、場所を変えましょうか」
そうして、私たち三人も水着から着替え、プールを後にする。
そういえば、さっきの一件で騒がしくなったのに、面白がってる姿が見えなかったわね……。
「あら、ヴァイスはどこ行きましたの? 彼なら、きっとさっきのを面白がっているはずですのに」
「え? そういえば、いませんね。面白がるかは知りませんけど。
でも、いつもふっと消えるんで、気にもしてませんでした」
「考えてみれば、王子が来てから姿がなかったですわ……。
なにか、とてつもなく嫌な予感が……」
「でも、あの人を探すなんて無理ですよ?」
「それもそうですわね。気にしないでおきましょうか」
あの騒ぎでしゃしゃり出てこないということは、近くにはいなかったのだろう。
少なくとも、あの一件に関しては私の判断だし、彼の策略の一部ではないはずだ。
まあ、私の行動を彼が読んでいたのなら……。
それはそれでヴァイスの評価を変えなければなりませんけどね。
「それにしても、王子の相手も終わりましたし、暇になりましたわね」
「えぇ……。気にしてないどころか、暇を持て余してるんですか……」
「気にしても仕方ないですもの。でも、今から屋敷に戻る気にもなりませんのよね……。
屋敷の中は、色々と面倒事が多くて嫌になりますもの」
「はあ……。貴族も大変なんですね」
「そりゃもう、大変も大変ですわよ?
そうだ! これからどこか遊びに行きませんこと!?
学園内だと王子と鉢合わせかねないですし、外へ行きません?」
「貴族様が勝手にうろうろしていいんですか!?」
「いいんですのよ。護衛にはエイダが居るんですもの。
それに制服なら、平民特待生と思われて、狙われることもそうそうありませんわ」
「えぇ……。なんか今日のエリヌス様、少しテンションが高いですね……」
「だって夏休みですもの!」
「はあ、そうですか……。それで、どこに行きたいんです?」
「そうですわねぇ……」
あたまのなかをぐるり一周思案する。
かといって、私は街の中に詳しくないので、考えたって思いつくことはない。
けれどただひとつ、行きたい場所がふっと湧いてきた。
「商店街! リンゼイ商店街に行きましょう!」
「えっ!?」
ミー先輩の驚きの意味。それは、リンゼイ商店街という場所こそ、彼女の働いている店がある所なのだ。
つまりセイラの家であるパン屋が、そこにあるということだ。
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