悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

11悪役令嬢は演技派女優

公開日時: 2021年9月20日(月) 20:05
文字数:2,225



「ぷっ……。あははははっ!!」


「セイラ君! 大丈夫かい!?

 エリヌス、笑っている場合じゃないだろう!?」


「ふふっ……。ごめんなさい、あまりに無様だったもので……」


「無様って……」



 オズナ王子は、さっとセイラを抱き抱え、プールを上がる。

そしてパラソル下のベンチへと寝かせ、執事と共に介抱しはじめた。

ミー先輩は、私の顔色を伺いながらも、その後をついてゆき、心配そうに寝かされたセイラを覗き込んでいた。

残されたエイダは、小さく耳打ちする。



「これでよろしかったのですか?」


「ええ。二人の出会いとしては上出来よ」


「ですが、それではお嬢様の立場が危うくなるかと……」


「私の立場なんて、いまさらの話ですわ。

 あの二人がうまくいく方が、私には重要ですもの」


「さようにございますか」


「ま、でも一応心配するフリはしておきましょうかね」


「かしこまりました」



 静かな作戦会議の後、プールから上がり様子を見れば、セイラは鼻血を出したのか、鼻に布を当てられていた。

その姿があまりに主人公というふうではなく、そしてあまりに間抜けな様子に、また笑いが込み上げてきた。



「ふっ……。くふふっ……」


「エリヌス! 笑い事じゃないだろう!?」



 声をこらえきれない私に、オズナ王子は声を荒げる。

彼にとってみれば、自身のミスで怪我をさせておいて、それを笑っているのだから怒るのも当然だ。

逆に言えば、悪役令嬢としてはこれ以上ない展開と言えよう。



「もうしわけ……、ありません……。

 しかし、なんだかおかしくなっちゃって……、ぷふっ……」


「エリヌス……。君には心底失望したよ」



 そう言い残し、オズナ王子は背を向ける。

そして、執事にセイラを抱えさせ、立ち去ろうとするのだ。



「オズナ王子、お待ちください! どこへ行かれるのですか!?」


「彼女を保健室まで連れて行く。君たちは遊んでいるといいよ」


「でしたら、私もついて行きます!」


「来ないでくれ! これ以上僕を怒らせないでくれ!」


「そんなっ……」



 ツカツカと歩みを進め、オズナ王子とセイラを抱えた執事は校舎の方へと姿を消した。

その後を追い、彼らが完全に見えなくなってから、私はプールサイドのミー先輩たちの元へと戻る。



「さっ、邪魔者はいなくなりましたし、続きをしましょうか!」


「ええ……。なんでそんなに晴れやかなんですか……」


「だって、やっと肩の荷が降りたんですもの! これで憂いなく遊べますわよ!!」


「穏便に済ますって話はどこへ……」


「うふふ……。そうでしたっけ?」



 王子に愛想をつかされ、必死に弁明しようとしていたはずなのに、今では満面の笑み。

あまりの豹変っぷりに、心底あきれたのかミー先輩とエイダのため息が重なった。


 私自身、ここまでうまく演技できたことに驚いているほどだ。

もしくは、これが悪役令嬢としての素質があるというものなのかしらね。



「でもさすがに、さっきのことで周りの目もあるのでやめておきましょう」


「え……?」



 ふと周囲を見回すと、プールを使っている人たちの視線が、さっと逃げるのを感じた。

つまり、今までは注目の的だったということだ。



「…………。そうですわね、場所を変えましょうか」



 そうして、私たち三人も水着から着替え、プールを後にする。

そういえば、さっきの一件で騒がしくなったのに、面白がってる姿が見えなかったわね……。



「あら、ヴァイスはどこ行きましたの? 彼なら、きっとさっきのを面白がっているはずですのに」


「え? そういえば、いませんね。面白がるかは知りませんけど。

 でも、いつもふっと消えるんで、気にもしてませんでした」


「考えてみれば、王子が来てから姿がなかったですわ……。

 なにか、とてつもなく嫌な予感が……」


「でも、あの人を探すなんて無理ですよ?」


「それもそうですわね。気にしないでおきましょうか」



 あの騒ぎでしゃしゃり出てこないということは、近くにはいなかったのだろう。

少なくとも、あの一件に関しては私の判断だし、彼の策略の一部ではないはずだ。

まあ、私の行動を彼が読んでいたのなら……。

それはそれでヴァイスの評価を変えなければなりませんけどね。



「それにしても、王子の相手も終わりましたし、暇になりましたわね」


「えぇ……。気にしてないどころか、暇を持て余してるんですか……」


「気にしても仕方ないですもの。でも、今から屋敷に戻る気にもなりませんのよね……。

 屋敷の中は、色々と面倒事が多くて嫌になりますもの」


「はあ……。貴族も大変なんですね」


「そりゃもう、大変も大変ですわよ?

 そうだ! これからどこか遊びに行きませんこと!?

 学園内だと王子と鉢合わせかねないですし、外へ行きません?」


「貴族様が勝手にうろうろしていいんですか!?」


「いいんですのよ。護衛にはエイダが居るんですもの。

 それに制服なら、平民特待生と思われて、狙われることもそうそうありませんわ」


「えぇ……。なんか今日のエリヌス様、少しテンションが高いですね……」


「だって夏休みですもの!」


「はあ、そうですか……。それで、どこに行きたいんです?」


「そうですわねぇ……」



 あたまのなかをぐるり一周思案する。

かといって、私は街の中に詳しくないので、考えたって思いつくことはない。

けれどただひとつ、行きたい場所がふっと湧いてきた。



「商店街! リンゼイ商店街に行きましょう!」


「えっ!?」



 ミー先輩の驚きの意味。それは、リンゼイ商店街という場所こそ、彼女の働いている店がある所なのだ。

つまりセイラの家であるパン屋が、そこにあるということだ。

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