悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

13鳩肥ゆる昼

公開日時: 2022年4月11日(月) 21:05
文字数:2,236

 あの夜から何日たっただろう。多分一週間くらいかな?

毎日エージェントたちをへ向かわせ、お昼休みとパン屋さんが閉まったあとに様子を聞く。ただただその繰り返しだった。

まあ、時々カノさんがエージェントNを撫でまわす日もあったから、カノさんの有無によってエージェントにとっては当たりはずれのある、スリリングな毎日だったかもしれないけど。



『嬢ちゃん、昼の定例報告だぜ』



 少しは過ごしやすい午前が終わり、ジリジリと暑さが増してくる昼前。窓には、コツコツとガラスをくちばしで叩く、エージェントPの姿があった。

同時に、昼を告げる鐘の音が町中に響く。



「よし、昼休みにすっか。お疲れさん」


「お疲れ様です」



 昼を知らせる鐘と、次の鐘の間の一時間。その時間は、商店街も全ての店を一旦閉める。その間が、エージェントたちの報告を聞くチャンスだ。

私はカノさんが用意してくれたサンドイッチと、パンのミミを細かく刻んだエージェントP用のごはんを持って外へ出る。


 前からお世話してたことになってるとはいえ、バレたらバレたでエージェント用のご飯を用意してくれるなんて、やっぱりカノさんはいい人だなぁ……。あの二人(正確には一羽と一匹)は何を怖がっているのやら。

なんてことを前に聞いたら「野生の勘が緊急速報を爆音で鳴らしてるんだ!」なんて力説されたっけ……。


 そんなエージェントとは、店の裏の空き地で公然の密会をするのが、日課になっていた。



「おまたせ」


『おう、嬢ちゃん! さ、出すもん出してもらおうか!?』


「カツアゲかな? というか、報告……」


『んなもん、食いながらでもいいだろ!?』


「はいはい、喉を詰まらせないでね?」


『ひゃっはー! このために一日動き回ってるってもんだぜ!!』


「ホントは監視だし、そんなに動き回ってないよね?

 それになんだか、前より体がふっくらしたような気がするのは、私の気のせいかなぁ?」


『ぐっ! そっ、そんなワケねえだろ!?』


「どうだか。太りすぎて、飛べなくなるなんてことにならないといいね」


『…………。ちょっとばかり、運動量増やすか』



 そう言うと、ついばんでいたパンくずをポロリと落として唐突に羽をバタつかせ、ひょこひょこと歩いてみせる。

運動のつもり……、なのかはわからないけれど、一応本人にも危機感はあるようね。運動の様子は無様の一言に尽きるけど……。



「それで、今日も変化なしなのね?」


『ああ、そうだな。あの野郎がボーッと居眠りでもしてない限り、特に変なところはないってよ』


「そっか、ありがと。やっぱり狙われてるっていうのは、ヴァイスの勘違いなのかしら」


『さあな。まあでも、一昨日みたいな程度のことでも報告はするぜ』


「一昨日……、おととい? なにかあったっけ?」


『おいっ! ちゃんと俺は報告しただろ!?』


「ええと、おととい一昨日……。だめだ、お店の仕事が忙しかったことしか思い出せないわ……」


『ま、ここのパン屋はいつも千客万来だからな!

 ってちげぇ! アレだアレ! いつもと違うニオイがしたってやつだよ!』


「ああ! あれね!」


『やっと思い出したか』



 そこまで言われて思い出す。

どうもエージェントNは猫なので鼻が効き、私たちが気づかないようなニオイも敏感に感じ取るようだ。



「たしか、いつもと違うパンの匂いがしたんだっけ?」


『ああ、そうだ』


「でも、お昼ごはんのパンとか、そういうのじゃないのかなぁ?

 たまには別のパンを買ってくることもあるでしょ」


『まあな。けど、アイツはそれに隠れた、違う人間のニオイを感じたんだとよ。

 どうも見張ってるトコは、見知った人間しか出入りしねえらしい。なんでアイツは気になったんだとさ』


「パンの匂いのする、知らない人ねぇ……」



 ちょっとした変化も伝えてくれるのは嬉しいんだけど、そんなの今回の件と関係しているようには思えないのよね……。

これがもし鉄の匂いだとか、違和感のある魔力の流れだなんて話なら、事件に関わりそうなものだと思うんだけど。


 カノさん印のサンドイッチを齧りながら考えてみる。

もし本当にそれが事件に関係する……、つまり鉄の死神の匂いであるなら、きっとその場の魔力にも変化があると思うのよね。

だって相手は、数百メートル先から魔法で鉄の球を飛ばすって話なんだもの。



「その時、魔力の流れに変化があったとかないの?」


『さあな。俺もアイツも、同族より知恵が付いてる分、魔法の類には疎くてな』


「そっか。まあ、私も魔法適正が低いから、あまり敏感には感じ取れないんだけどね」


『おい! 無茶な注文するくせ、テメェも同じなのかよ!』


「へへへ、ごめんね」


『ま、しかし、Nの野郎はマジメちゃんだからな。シマの中で魔法が得意なヤツを、少し離して待機させてるらしいぜ?』


「え!? ほんとに!?」


『ああ。Nいわく、ソイツもなんにも感じ取れなかったんだとよ』


「なら大丈夫か」



 一瞬期待してしまったのは否めない。

もしこれで相手が鉄の死神のような強力な魔術師が放つ魔力を纏っていたなら、確定だって言えたんだもの。



『だからこそ、逆にあやしいとかなんとか』


「え? なんで?」


『そりゃおめえ、普通の人間なら多少は魔力のニオイもさせるはずだからな。

 それがなかったってことは』


「魔力を完全に隠蔽できる人物……」


『そういうこったな』



 強力な魔法を使い、完璧な隠蔽ができる相手……。

もしそれが本当なら、憲兵たちが追いかけても捕まらないというのも納得だ。

そして同時に、素人である私や、ヴァイスが捕まえられる相手ではないと確定したと言ってもいい。

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