悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

28めぐる思考

公開日時: 2022年5月30日(月) 22:05
文字数:2,128

「気持ちの整理か……」



 バンヒに相談して一日。色々考えてみても、自分自身の気持ちなんて、モヤがかかっているようで、よくわからない。なんでこんなに、エリヌス様に対して引っかかるんだろう……。


 眠れず目の下のクマを飼いならしながら、ベンチに腰掛け、一人昼食のパンを食べながら考える。

バンヒめ、色々話をして誤魔化したいのに、今日に限って逃げたわね。というか、多分一人で考えろってことなんだろうな……。

もしくは、そんな面倒事に関わりたくないという無言のアピールかのどっちかね。


 でも昨日の冗談交じりの話では、私が突然のモテ期で戸惑ってるんだとか言ってたっけ・

いや、モテ期ではないでしょ、どう考えたって。そりゃ、学園に入学して一年、周りは貴族ばかりで、数少ない特待生以外とはほとんど話したことなかったし? そういう意味で疎外感MAXな日々ではあったわよ?

でもだからって、貴族から声を掛けられたからって舞い上がるほど、現実が見えてないわけじゃないよ。しかもその相手ってのが、あのヴァイスなんだから。

だって本人に対して「手駒」と言葉を濁すことなく言っちゃう相手よ? モテてんだったら、さすがにもうちょっと言葉選ぶでしょ!?


 それならまだ、鉄の死神の方がそれっぽい反応ってモンよ。

信念ある行動のついでという感じではあったけど、邪魔をした私を見逃してくれたし、私の質問に対しても真摯に答えてくれた。そしてなにより、屋根から落ちそうになった私を助けてくれたのだ。

ターゲット以外は狙わない、ターゲット以外ならばその力をもって助けることすらある。彼の方がヴァイスよりよほど私に良くしてくれたと言えるのよ。

まあ、それもこれも気まぐれの行動かもしれないけれど……。



「って、違う違う! 私がどう思ってるかってことが重要なのに!!」



 ブンブンと頭をふっても、結局昨日から頭の中をぐるぐる巡る考えは、一方向へと進まない。

同じ場所を回り巡り、ふらふらと違う方向を彷徨ってしまうのだ。まったく、自分自身の考えさえ制御できないなんて、困ったものだ……。


 二人のこと、もう一度考えてみよう。

ヴァイスは……。口も性格も悪いけど、きっと根は悪い人じゃない……、と思う。

鉄の死神を追うのだって何か目的があるみたいだし、本当に危ない所には私をまきこもうとしてないし……。

信用はしてないけど、信頼はできる。そのくらいの感覚。


 鉄の死神は……。正直わかんない。

だってやってることは極悪非道なんでもん。でも彼も、この世界の悪を許さないという信念はあるみたいで……。私利私欲にまみれた相手しか狙っていないようだ。

個人的には、ヴァイスよりよほど人間として信頼できる気がするのは、気のせいじゃないよね……。



「なんだか結局また、同じ考えが巡ってるだけの気が……」



 ぽつりと独り言をつぶやこうとした瞬間、視界が闇に包まれる。

そして耳元に、無邪気な声が優しく響いた。



「だーれだ?」


「ひゃっ!?」



 びっくりして変な声が出る。といっても、本当にびっくりしたわけじゃない。

誰かがいたずらで目隠しして驚かせようとしたというのはすぐにわかったから。

そして私にそんなことをするのなんて、バンヒくらい……。


 そう思ったのだけど違和感があった。だってバンヒは、お昼ご飯をさそった私をほっぽってどっか行っちゃったわけで、いまさら構いにくるとは思えないもの。

それに視界が真っ暗になる瞬間、ふわりと花の香りがしたのだ。それは、香水の香りだ。

けれど、貴族の学生たちが自らを特別な存在だと示すために付けるような、いやらしい香水ではなく、ほんの一瞬感じ取れるかどうかくらいの、主張しすぎない淑やかさのある香り。


 こう言うと本人は怒るかもしれないけど、平民であるバンヒが香水なんて付けられるほど裕福なはずないし、よしんば香水を持っていたとして、そんなもの付けるような性格でもない。

なら、いったい誰が……?



「あの、どなたですか?」


「あら? 降参ですの?」



 ぱっと顔から外された手を追うようにふり返れば、そこには日の光を浴び、キラキラと金髪をなびかせる、一人の女子生徒の姿があった。エリヌス様だ。



「えっ、エリヌス様!?」



 ばっと立ち上がり、頭を下げる。貴族、それも公爵様相手に、平民が堂々と座っているのなんて、誰かに見られれば一大事だ。それこそ、ヴァイスのセッティングした密会であれば別だけど。



「なんだかお久しぶりですわね、ミー先輩」


「えっと、その……」


「まあ、立ち話もなんですから座りましょう? お隣よろしいかしら?」


「はっ、はい」



 流れるようにエリヌス様は歩みを進め、すっとベンチへと腰掛ける。

そしてその長くつやめく髪をかきあげ、微笑んだ。その瞬間、さっきと同じ優しい花の香りが鼻をくすぐる。

……あれ? この香り、どこかで……。



「ミー先輩? いつまでも立っていないで、どうぞお座りになって?」


「あ……。はい、失礼します」


「ふふっ、おかしなことおっしゃいますのね。先にいらしてたのは、先輩の方でしょう?」


「あ、そうでした……」



 ぐるりと頭の中を巡った考えは、エリヌス様の微笑みによってどこかへと飛んでしまった。

今さらになって、やっぱりエリヌス様への気持ちは変わってないと、ようやく私は確信できたのだ。

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