悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03パン屋と情報屋

公開日時: 2021年11月17日(水) 21:05
文字数:2,120

 彼のスキルは、大変便利なものだった。

どれほどの人混みであっても、彼が進めば海を割るかのごとく、相手が道を開けるのだ。

それはまさに、王の乗る馬車に対し、誰も邪魔だてせぬよう避けるかのように。

もちろん夕飯の材料を買いに来た、商店街にひしめき合う人々も例外ではない。


 だが、情報屋ヴァイスにとってはそれが日常である。

そして、王のような気分に浸るためだけに、わざわざ貴重な時間を割いて商店街へとやってきたわけではない。



「邪魔するぜ」



 からんからんと来客を知らせるベルがなる、ひと気のないパン屋。その戸を彼は開いた。

カウンターで暇そうに本を読む店主は、思わぬ人物の登場に目を丸くする。



「いらっしゃい。残念だが、売るパンはないぞ。

 どこかの誰かが買い占めたおかげで、今日の分は全部はけちまったからな」


「いったい、どんな物好きがそんなことしたんだろうな?」


「ホント、物好きも居たもんだ」



 くっくと笑いあう二人。

もちろんその物好きとは、目の前のヴァイスという青年だ。



「それで、その物好きさんが何の用だ?

 ミーちゃんもセイラも、今は学園に行ってるぞ?」


「ああ、二人が楽しそうにしてたってのの報告さ」


「そりゃどうも。交代で休ませてはいるんだがな。

 二人揃っての休みってのはないし、一緒に楽しんでるならありがたい限りだ」


「あの二人は人畜無害のカタマリみたいなもんだ。仲良くもやれるだろうよ」


「ミーちゃんはともかく、セイラは喋らないだけだがな」


「口は災いのもと。沈黙は金。それだけで十分優秀だろ?

 なんたって、うっかり自身の出生を喋っちまったら、国際問題だ」



 その瞬間、店の空気が冷え固まった。

店主のカノは即座に隠し持っていた短剣に手を取り、今にも目の前の男に投げんとしている。



「ただの平民の娘に、どんな国際問題が転がってるのかねぇ?」


「まあまあ、その物騒なモノから手を離しな。

 悪いようにはしねえし、お前さんの考えてることなら、こんなトコ来ずにすでに実行してるぜ?」


「ほう、物騒なモンとはこれかなっ!?」



 その瞬間、短剣が投げられた。

それは的確に、ヴァイスの頭を貫かんとひと筋の軌跡を描く。

けれど、ニヤつく顔に刺さるかと思われたその瞬間、そのニヤけづらは、ふっと視界から消える。

短剣はそのまま空を斬り、入り口の戸へとタンっという心地よい音で着地した。



「そうカッカすんなよ。短気は損気って言うだろ?」


「おまっ……」



 カノが呆然とした次の瞬間、声は背後からかけられる。背には冷たいものが流れた。

即座に背後を取れる……。否、実際に取られてしまった。それはつまり、死を意味するのだ。

だが、背後の男から突き立てられたのはナイフではない。



「ひゃっ!?」



 つつっと指で背を撫でられ、カノは無様にも悲鳴を上げたのだ。



「ぷっ……。なにおっさんが、歳ゆかねえ乙女みてえな声出してんだよ。

 しっかし、さすが騎士様。鍛えられた身体ですこと」



 クスクスと笑い、耳元でささやく。

カノは別の意味で危ない相手だと、再び冷たいものを感じたのだ。



「なんてな。俺にそっちのシュミはねえさ」


「人をバカにすんのも大概に……」


「バカにはしてねえさ。ちょっと試しただけだ。

 まあ、これで分かっただろ? お前じゃ俺を殺せない」


「…………」



 店に入った時から変わらぬニヤけづらが、どす黒いものへと変わる。

それと同時に、その男が敵わぬ相手だと、カノは悟ったのだ。



「俺たちの事を調べたのか」


「ああ。そういや言ってなかったな。俺は情報屋をやってんだ。

 なんで人よりちょっとだけ、調が得意なのさ」


「…………。目的はなんだ?

 俺たちのが目的なら、すでにやれているだろう?」


「へへっ、よくお分かりで。俺にその気はねえよ」


「なら、口止め料が目的か?」


「おいおい、俺は貴族専用の情報屋だぜ?

 ただのしがないパン屋を餌にするほど、安くはねえよ」


「お前さんが誰を相手にしてるかなんて興味ないな。

 何が目的か、さっさと言ってくれ」


「なに、簡単な話さ。ちょっとばかし、協力してくれねえか?」



 まゆを釣り上げ、怪訝な顔をするカノ。

相手はいまだに、貼り付けた営業用の笑みを浮かべていた。



「協力……?」


「そ、協力。俺にはちいとばかし叶えたい願いがあってね。

 そのためなら、汚い手でもなんでも使うつもりさ」


「ほう……。それは、セイラに関わることか?」


「間接的に、な」


「ふん……。その願いってのは、俺に言えることか?」


「ま、あんまり口外できる話じゃねえが……。

 教えてやった方が、互いに弱みを握れんで、そっちもちっとは安心か」


「そうだな。俺とセイラの件もある。だから俺たちは裏切れねえ。

 なんで、互いに知られちゃマズい秘密を握り合っている方がフェアだな」


「俺は別にフェアプレイ精神なんざ持ってねえがな」



 ケラケラと笑うヴァイス。

そして笑い声からシームレスにため息をつけば、その心のうちに灯した野望を吐き出した。



「俺はオズナ王子の婚約者、公爵令嬢のエリヌスを手に入れる。そのためには、どんな手でも……。

 たとえエリヌス本人を不幸に陥れる手であっても、なりふり構う気はねえ」



 その時の表情だけは、作られたものではなかった。

ただひたすらに真剣で、真っすぐで……。そして深い闇を思わせる男の目だった。

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