『デュフッ……。御令嬢サマがターゲット選ぶなんて、めずらしいでござるな』
狙撃位置に向かう途中、無線からは気持ち悪い声が聞こえてきた。
今回私が標的を指名した時、彼もまたいずれは処理するつもりだった相手だと言っていた。
それもあって理由は聞かれなかったのだが、やはり気にはなるのだろう。
けれど、彼に反対する理由がないのなら、わざわざこちらの事情を話す必要もない。
なにより、私たちの間にそんな義理はないのだから。
「ま、そういうこともありますわよ。
もっと穏当な手段で、解決したかったのですけれどね」
『フヒヒッ……。何があったかは聞かないでおくでござる。
どうせゲームのシナリオ上では、端折られる部分でしょうしな』
「あなたの言うことが本当なら、えらく血生臭い恋愛ゲームですわね」
『血生臭くしてるのは、令嬢でござるよ』
「そう。それも一興よ」
何を隠そう、彼こそが私に『この世界はゲームだ』と伝えた人物。
そして私に、銃という外の世界の武器を渡した人物だ。
『では、作戦通りに。定位置からの狙撃で終わらせるでござるよ』
「わかりましたわ」
無線を終え、私は闇夜を駆ける。
今回の狙撃位置は、屋敷からは遥か彼方と言っていい、教会の鐘の屋根だ。
もちろん、魔術による狙撃ならば遥か彼方というだけで、アイツがライフル銃とか呼んでいたこの筒であれば、軽くやれる距離だ。
そこ場所ならば、フレックスの執務室の窓が目の前に見える。
指令の下見はいつも完璧なので、今回も何の問題もないはず。
あとは、私がうまくやりぬくだけ……。
フレックスは、毎日同じ時間に金庫から借用書を取り出し確認する。
私と父が訪れた時待たされたのも、その時間にかぶっていたためだった。
そして、他人を信用しない彼は、その瞬間だけは絶対に一人きりだ。
なぜなら、借用書がなければ借金を無しにできるから。
身近に置く人間さえも、誰かの回し者だと疑っているのだ。
その瞬間を狙撃する。
銃なんてものがないこの世界、遠くから引き金を引くだけで人が死ぬなど、誰が想像できるだろう。
だから油断するのだ。窓際の椅子に座り、紙を数えるなど、殺してくれと言っているようなものだ。
スコープから覗く、でっぷりと太りきった男の手元には、多くの紙の束。
その数と同じだけ、被害者がいることを指し示す。
丸々と太った豚を撃ち抜けば、それらは父の管轄へとやってくる。
そうすれば、私の進言に従って、父は適正な処理をするだろう。
特記事項のない、余裕のある返済計画という、適正な処理を。
だけど、それでいいのだろうか……。
父は「死神を恐れる娘」のために、彼の二の舞にはならないだろう。
けれど、それでも借金はなくならない。取り立てる者が、父に変わるだけなのだ。
あの紙さえ、あの紙さえなければ……。そう考えた瞬間、私は駆け出した。
そして、フックガンを取り出し、フレックス邸の屋根へと放つ。
私の技術があれば、銃だろうがフックガンだろうが狙ったところに必ず命中する。
放たれたかぎ爪は屋根をがっちり掴み、一本の道を作った。
『デュフッ……。命令違反は認められませんぞ』
ロープを渡る途中、またも無線から声が届く。
まさに今、めいっぱいの力でロープを引っ張り、無様にもずりずりと這っている状態なのに、口出しするだけのアイツは気楽なものね。
まあ、動きやすく引っかからない服を支給してくれている点は感謝するけど。
なんていう文句は言わず、落ちないよう手に力を込めながら返事をした。
「悪いわね。今回は私がやりたいと言い出した仕事なのよ。
私のやりたいようにやらせてちょうだい」
『フヒヒッ……。お嬢様もこちら側にどっぷりですな。サポートは対応外ですぞ?』
「かまわないわ」
『デュフフ……。ご武運を』
フレックスのいる部屋の上へと移動すれば、ロープを垂らす。
彼の居る部屋は3階。4階建ての屋敷なら、上から入る方が近い距離だ。
窓の前までぶら下がり、窓を引いてみた。なんの引っかかりもなく開いてしまう。
鍵もかけないなんて、不用心よ。
まさか、三階の窓から出入りする人なんていないと思ってたようね。
「誰だっ!?」
ふっと窓から入る風に、びくりと身体を震わせ豚が振り向く。
目出し帽を脱げば、金色の髪が夜風になびいた。
「ごきげんよう、フレックス様」
「!? エリヌスお嬢様!?」
「そして、さようなら」
彼は私の手に握られた、黒い筒がなにかわかっていない。
それは拳銃。バンっとけたたましい音が鳴れば、次の瞬間には、豚の屠殺は終わった。
それと重なるように、屋敷の玄関方向でも爆発音が鳴り響く。
振り向けば、窓の外には赤い炎と共に、煙が上がるのが見えた。
どうやらサポート対象外と言いつつも、彼はおまけしてくれていたようだ。
発砲音より、爆発音の方が大きい。必ず意識は、そちらに向くはずだ。
なにより、炎が上がるのを見れば、使用人たちはまず消火に向かうだろう。
水瓶を大量に置くほど、炎を恐れている主人のために。
こちらに人が来るのを遅らせるために、彼は玄関ホールを爆破したのだ。
使用人たちが主人の異変に気付くのは、何事だと問い詰める姿がないことに気付いた後だろう。
そのころには、私はすでに証拠を消し、この屋敷を出て行った後だ。
『フヒヒッ! サービスでござるよ。さっさと撤退ダー!』
「悪いけど、もうひとつやることがあるのよ」
『手短にお願いするでござる』
「すぐ終わるわ」
私は銀色の、手のひらサイズの小箱にしか見えない道具を取り出す。
パカっと二等分するかのように開き、中のネジを親指で勢いよく回せば、シュボッと火が点り、光が顔をじわりと熱くさせた。
「これで、ミーさんは自由よ」
ライターを借用書に落とせば、瞬く間に燃えひろがる。
もうもうと登る煙を背に、私は屋敷をあとにした。
「ミッションコンプリート、ですわ」
仕事の本番はあっけなく終わる。そんなものなのかもしれない。
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