男子生徒たちは、熱心なことに放課後も球技大会に向けて練習するようだ。
その中心に立つのがオズナ王子。まったく、普段から皆がこのくらい彼を慕っているのなら、王位継承問題なんて起こらないでしょうに。
なんて、風見鶏よりもくるくる回る、日和見貴族に期待したって無駄ね。私は関わらず、さっさと立ち去るのが吉よ。
かといって、完全にシカト決め込んで教室を出るわけにもいかず、軽く令嬢としての立ち振る舞いだけ披露しなければならないわね。一応これでも、私とオズナ王子は許嫁の関係なんだから。
輪の中に入ると、空気の読めていない人間を見るような視線が刺さったけれど、端的に今日は一緒に下校できないことを確認すれば、一礼して円陣の中から逃げる。
まったく、何もしないで出ていく方がおかしいのだから、そんな視線を受ける筋合いはないはずなのに、失礼な人たちね。
けれどこれで、はれて自由の身だ。いつもの気まずい空気の流れる、王子との下校シーンがないだけで、気分が軽い。
夜の地下室での訓練メニューを考えながら、のんびり夢うつつの、乗り慣れた馬車での帰宅になるのだから。
なんていう晴れやかな気持ちが、一瞬で書き消える声が廊下に出た瞬間耳に届いた。
「だから、練習しないと球技大会に間に合わないんだって!」
そこには見覚えのある女子生徒たちが群れを成していた。
その中心に立つ赤髪の子を私は知っているし、どちらかといえば今すぐ知らなかったことにして、昇降口へと走り抜けたい思いに駆けられた。
なんていう一瞬の妄想も、その神と同じ赤い瞳がこちらを向いた瞬間崩れ去るのだけど。
「あっ、エリヌス様!」
今まで口論していたようで、曇っていた彼女の顔がぱっと明るくなる。
つまりそれは、私が問題解決の糸口になると考えてのことでしょう。
そうであって欲しくないという気持ちと、そんな人じゃないと期待したい気持ちと、おそらくそれらを打ち砕く現実と。
そんな見えない諸々を背負って、彼女は私の前へと駆け寄る。
「…………。ニスヘッドさん、どうされましたの?」
顔が引きつらないよう、必死に表情筋を押さえつけてでた言葉は、周囲にはいつも通りの公爵令嬢の姿に写っているだろうか。
少なくとも目の前の彼女の様子からは、いつも通りだという判定を受けているのだろう。
さて、問題はこのあとをどう切り抜けるかなのよね……。
「よかった、まだ帰ってらっしゃらなくて!」
「ええ、今から帰ろうかというところですわ」
「その、このあとご予定がなければなのですが、球技大会に向けて練習しませんか?」
「予定ですか……」
すっとエイダの方を向けば、手帳を取り出し調べるそぶりをする。
それはまさに多忙を極めた者の隣につく者の立ち振る舞いであり、この様子を見ただけで、他の者なら「無理にとは言いませんので」と引いてくれるのだが……。
だが、その後もニスヘッドはそのような言葉を紡ぐことはない。ただ待てをされた犬のように、期待する目でエイダの方を見つめるだけだ。
その様子に苛立ちを持って発言したのは、先ほど私より先に教室を出た、同じクラスの伯爵家の令嬢だった。
「お待ちになって。エリヌス様はあなたのような下級貴族と違って、お忙しいんですの。
少しは相手のお立場を考えて発言されてはいかがかしら?」
素晴らしいアシストだわ。というか、これが普通の反応なんだけれどね。
高位の貴族たるもの、自身の予定を外部に漏らすのは、防犯の意味でもあまり推奨されないもの。
もちろんわざと、どこかのお偉い様との会談があるとかなら、自身の優位性を広めるためにわざと口にしたりはするでしょうけれど。
ともかく、これで無事ニスヘッドの提案からは逃れられるはずね。
「えっ……。そうなんですか、申し訳ないです……」
「気になさらなくて結構よ。私も、球技大会に向けての練習が必要と事前に分かっているのなら、予定を空けておくべきでしたもの」
「そっ、それでしたらまた明日以降、お願いできませんか!?」
「それは……」
この女、リップサービスというものを理解していないようね……。
辺境の地の領主の娘とあって、こういった言葉の裏を読まなければいけない会話は苦手な様子だ。
というよりこういう交渉事は、授業の時に横についていた青髪の方、カミーユの方に任せるべきじゃないのかしら。
「貴女、図々しいですわよ! 公爵家のご令嬢ともあれば、毎日忙しくされているだろうというのは、少し考えれば理解できますでしょう!?」
「えっ、でも……」
よし、いいわ! 伯爵令嬢は交戦姿勢ね!
このまま私が何も言わず、うやむやのうちにことが流れてくれるのが、一番私にとってはありがたいわ!
「だいたい、たかだか学園のイベント程度でなにをそんなに熱心になっていらっしゃるのかしら!?
貴女、チームリーダーに選ばれたくらいで、階級を無視して命令できるほどの力を得たとお思いなのかしら!?」
「そっ、そんなことないけどっ! でも、やっぱりちゃんと練習しないと」
「さっきからも言っているでしょう!? わたくしたちは貴女とは違い、忙しい身分ですの!
そんなことも分からないなら、さっさと地元へお帰りなさいな!」
あー、なんかさっきから口論してたような雰囲気は、そういうことだったのね。
この子も、練習練習と暑苦しい説得にウンザリしてたから、口調が荒くなっているようね。
まったくニスヘッドさんも、もうちょっと穏便に済ませられないのかしらね。
それはともかく、このまま黙って見ていれば、このまま帰れそうだ、なんて思っていた所に、思いもよらぬ伏兵が待ち受けていたようね。
「たかだか学園のイベント? そりゃ聞き捨てならねえな」
その声の方向へ振り向いた時、さすがに歴戦錬磨の私の表情筋でさえ、ポーカーフェイスを崩さざるを得なかった。
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