悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

17秘密の大冒険

公開日時: 2021年10月4日(月) 21:05
文字数:2,009

 英雄リンゼイを讃えた祭り。それに行くためには、いくつか超えなければならない壁があった。

その中でも一番高い壁こそ、屋敷を抜け出すという大仕事だ。



「今日は久しぶりに、庭でかくれんぼしますわよ!」



 朝起きてすぐ、私は使用人たちに宣言する。

身支度をしてくれていたメイドは、目を丸くしていた。

今思えばきっと、妙にテンションの高い私に驚いていたのだろう。

それを悟られないよう、落ち着いた声色で彼女は話す。



「お嬢様、この寒さではお体にさわります。部屋の中で過ごされてはいかがですか?」


「いいえ! 今日はかくれんぼしますの! 寒いのなら、暖かい服を着ればいいでしょう!?」


「…………。かしこまりました。お召し物を交換いたします」



 そうして、外用の服を用意させることに成功したのだ。

第一段階はこれでクリア。次にやることの布石も、すでに打っていた。



「では、私たちは隠れさせていただきます」


「いいえ! 今日は私が隠れますわ! 頑張って見つけてくださいましね!」


「えっ……。はい、かしこまりました」



 いつも鬼しかやらない私が隠れる方に回ると言い出したのだから、彼女らは相当戸惑っただろう。

だが、そんな様子を見せることなく、顔を手で覆い隠し、ゆっくりと10秒数え始める。

それが屋敷を抜け出すための作戦だとも知らずに……。



「1……、2……、3……」



 ゆっくりと数える声を聞きながら、私は約束の場所へと向かう。

それは、自室のクローゼットの中。当然、メイドたちと遊んでやるつもりはない。

そこにはすでに先客が居るのだ。



「よう、うまくいったか?」


「ええ、作戦通りですわ!」


「しっ……。まだ大きな声を出すなよ」


「あらら、ごめんなさい。楽しみで楽しみで、つい……」


「そうかい。あとは任せな」



 中に居たヴァイスは、得意げな顔を見せる。

彼にとってみれば、この屋敷の警備などざる同然だ。

だが、私という荷物を連れて抜け出せるほどのざるだとは、幼い私も思っていなかった。



「ところで、どうやって抜け出しますの?」


「んなもん、堂々と玄関からだぞ?」


「へ? そんなの、見つかってしまいますわよ!?」


「ま、見てなって」



 そういうと、ヴァイスは私の手をとり、クローゼットの扉を開ける。

目の前には、私を探し回るメイドの姿があった。

ビクリと肩を震わせ、立ち止まる私。それを気にすることなく、手を引くヴァイス。

驚きながら静かに目の前を通り過ぎても、彼女が私たちに気づくことはなかった。


 そしてそのまま廊下へと出て、数多くの従者たちとすれ違ってもなお、誰一人として私たちに視線を送るものはない。

驚きよりも戸惑いが勝った頃には、玄関ホールを抜け、庭を抜け……。いつの間にか、街までやってきていたのだ。


 周囲には店々が立ち並び、路面に向かい商品が陳列されている、賑やかな場所。

初めて来る喧騒の中、新しく目にするなにもかもよりも、私は別のことに驚いていた。



「なっ、なんで気づかないんですの!?」


「当たり前だろ? 俺のことに気付けるのなんて、お前くらいなもんだ」


「だからって、私が気づかれない理由には……」


「そりゃ、俺の周りも気付かれない範囲に入ってるからだ。こんな感じにな」



 そう言うと、ヴァイスは通りがかった八百屋で、山積みにされている林檎をひとつ手に取り、店主の目の前でかじる。

けれど店主は、その行為に怒るでもなく、捕まえようと動くでもなく、威勢のいい声での客引きを続けるだけだった。


 そして、もう一つ林檎を手に取り、私へと差し出す。

だが、私はそれを受け取るわけにはいかなかった。



「ちょっとあなた! それは盗みではなくて!?」


「今さらどうした? 俺はいつもこんな感じだぞ?」


「まさか……。あなた、盗人でしたの!?」


「そう言われてもな……。俺が金払おうとしても、相手にされねえし。

 というか、それ以外の方法で食いモン手に入れられねえしな」


「そんな……」



 いままで見てきたものも驚愕だったが、彼の普段の生活がそのようなものだということもまた、ひどくショックだった。

それは彼が日常的に盗みをしていた事実にではない。

彼が、誰にも視認されていないがゆえ、食事も与えられていないということに対してだ。


 彼と初めて会った時、その時彼は何をしていたか……。

屋敷に忍びこみ、私用にと用意されていたお菓子を食べていた。その時に気付くべきだったのだ。

彼は、盗まなければ生きてゆけない、そのような生活をしていたのだと。

彼の日常を考えると、それはあまりに寂しく、残酷だと感じたのだ。



「…………。けれど、だからといって私も同じようにするのは許せませんわ」


「じゃあ、どうすんだよ? お前、金持ってるのか?」


「ええ。屋敷には私のお小遣いがありますわ。

 一度取り戻って、りんご分をお支払いいたしましょう」


「けっ……。マジメちゃんかよ」



 彼はあきれたように言うが、それを無視して私は屋敷へと彼の手を引き戻る。

まさか、屋敷では今一大事になっているとは、つゆとも知らずに……。

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