じろじろと見てくるヴァイスに対し、エイダは冷たい視線を送る。
そして同じく冷たい口調で短くいった。
「なんでしょう?」
「いんや? お前さんは何を着ても、無駄にお堅いと思ってな」
「身だしなみは人を表すものです。たとえ仕事でないとしても、恥ずかしくない格好でいなければなりません」
「ほー。マジメちゃんだねぇ……」
にやにやと言葉を続けるが、貴族に雇われる身であれば当然の心持ちだろう。
というよりも、ヴァイスも一応は貴族なのに、彼がだらしなさすぎるのだ。
さすがに学園で会う時は制服を着崩すなんてことはないが、今ではボタンをはだけさせ、シャツの裾はひらひらとカーテンのようにゆらめいている。
それが「いいとこのお坊ちゃん」であることを隠す、この商店街で堂々と歩くための変装であるなら理解はできるが……。
いえ、彼は変装なんてしなくていいスキルを持っているのだから、ただただものぐさなだけね。
ため息をつく私に、恐る恐る発せられるミー先輩の声が届く。
「あの、どうしてお二人はあんななんでしょうか……」
「え? ああ……。そうね……。ライバルだから、かしら?」
「ライバル?」
「ええ。二人とも魔法とスキル、違うものとはいえ制御に苦労した同士だもの。
どちらが先にそれを成しえるか、競争してたところがありますのよ」
「なるほど、それで張り合っていると……」
「勝敗なんてつくものでもないし、誰が付けるものでもないのに……。
そのうえ、二人ともそれぞれの立場を持って、そのための勉強もしていたのよ。
エイダはメイドとしての勉強、ヴァイスもスキルを制御してからは、それ相応の勉強をね……」
「お二人とも苦労されてるんですね」
「競争相手がいるからこそ、やってこられたのかもしれませんわね」
ヴァイスはスキルをある程度制御できるようになってからは、それなりに貴族としての振る舞いというものを躾けられたのだけど……。
今でこそ盗みを働かなくなった程度で、言動はどちらかというと庶民よりなのよね。
貴族としての振る舞いの勉強は、ある意味で情報屋としての勉強になってしまったところがある気がするわね。
なにせ情報を買ってくれる相手は、信用のない人物など相手にしない。ゆえにかりそめのものだとして、貴族としての振る舞いや、実際に男爵家であるという事実は、情報屋としてはこれ以上ない武器になったようだもの。
もしくは、今の貴族らしからぬ身なりも、商店街の一角にあるパン屋に合わせたものなのかもしれない。
そういえば、どうしてここにいるのかしら……。
「ヴァイス様も、学園の生徒としての自覚をお持ち下さい。
このようにみすぼらしい格好では、学園の品位が疑われます」
なんだかんだ言って、二人はそんなに険悪ではないのかもしれない。
言葉こそきついものだけど、エイダはだらしないヴァイスの服を整えてあげているんだもの。
ただ、シャツの第一ボタンをぎゅっと締め付けて止める仕草は、首を絞めているように見えたけど……。
たぶん気のせいね。そういうことにしておきましょう。
「おいおい、世話係根性が染み付いてんじゃねえのか?
んな学園の品位なんぞ、気にしてるやつなんていねえだろうに」
ヴァイスは締め付けられたボタンを即座に外し、へらへらと笑っている。
本当に首を絞められていたのかと心配になるが、よく考えればこの男、その程度で死ぬ程度のヤワな男じゃない。
むしろ殺しても死ななそうなんてのが、私の評価だもの。
「じゃ、俺は帰るわ。もう用もないしな」
「待て、お前……」
「別に悪いようにはしねえよ。俺の邪魔さえしなきゃな」
「っ…………」
手をひらひらさせながら、ニヤついた表情を崩さずそう言って店を出るヴァイス。
苦々しい表情のカノさんは、何か言いたげだが言えず、その背を見送った。
いったい、二人に何が……。
そんな疑問を代弁してくれたのが、ミー先輩だ。
「あの、彼と何を話していたんですか?」
「いや、ミーちゃんには関係ない話だ」
「そうですか……」
「悪いな。とりあえず上がってくれ」
ごまかされ、居住スペースへと案内される。
気になりつつも、ミー先輩に話さないことであるなら、私が聞いても仕方がないと諦めた。
案内された先は平民らしく質素で、特段何か目につくようなものはない。
あの男の住む家であるなら、この世界にはありえないもので溢れていると思ったのだが……。
いえ、それはそれで先客のヴァイスに見られてしまうことになるのだから、これでよかったのだけど……。
けれど、そこで聞かされた話は、父親であるカノでさえ、娘をセイラとしか認識しておらず、その上スキルもまだ分かっていないと言うのだ。
つまりあの正良という男の存在を、父であるカノも知らされていないということだ。
あの自称異世界人は、いったい何を考えているのか……。
そしてその父に接近したヴァイスもまた、何を企んでいるのだろうか……。
私の家庭訪問は、よくわからないということがわかっただけだった。
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